125話 決闘終了。
──レイ──
レイは渾身の右拳を、クルニアの腹部に叩き込む。
クルニアが装着している鎧は、軽装タイプ。よって腹部のガードはないので、じかに拳が入った。
とはいえ、クルニアの高い防御力を考えれば、大ダメージとはいかないだろう。
だが、レイも生身ではなく、闇黒騎士での殴打だ。大岩をも粉砕する破壊力がある。少しはダメージがあるはず。
(さらに、連続パンチで畳みかけて──)
瞬間、レイは後方へと吹き飛ばされる。
クルニアに蹴り飛ばされたのだ。
レイは再度、〈竜殺し〉を呼んだ。飛んで来た〈竜殺し〉の柄を、右手で握る。
それから体勢を立て直しつつ、クルニアを観察する。
腹部への一撃でダメージを負っていたとしても、顔には出していない。
クルニアならば、たとえ死にそうなダメージだとしても、表情に出すことはないだろうが。
クルニアが動く。
「小細工を弄してくれたな、レイ──〈魔月壊叩〉!」
レイはハッとした。
(ベルグの闘技場で見せた、あの技か)
クルニアの眼前に、球体が出現した。この球体を、クルニアが戦闘槌で破壊することにより、衝撃波が発生するのだ。
レイは素早く考える。
衝撃波の威力は、距離さえ取っていれば、さほど恐ろしいものではない。
(おれのいる位置ならば、問題ないな)
クルニアの戦闘槌〈殲叩き〉が、球体を叩く。
刹那、球体は衝撃波を発生するかわりに、消滅した。
レイは驚く。
(なんだと、球体が消え──)
瞬間、レイの間合いに、球体が出現した。
(しまった! この球体は、空間転移させることも可能なのか──)
球体が、破裂。
至近距離からの衝撃波が、レイに襲いかかる。
「ぐっ!」
吹き飛ばされたレイは、持ちこたえられず地面を転がった。
そのさい、〈竜殺し〉の柄を離してしまう。
通常の剣ならともかく、〈竜殺し〉は巨大だ。衝撃波を食らいながら把持し続けるのは、難しかった。
レイは立ち上がるなり、何とか体勢を立て直そうとする。
(まず、〈竜殺し〉を装備し直さねば──)
〈竜殺し〉を呼ぼうとしたが、クルニアが許さない。
すでにクルニアは飛びかかって来ており、レイの眼前まで迫っている。
レイが衝撃波で吹き飛ばされたと同時に、クルニアは突撃に入ったのだろう。
すべてクルニアの作戦通りということだ。
(まずい──)
〈竜殺し〉も〈プリンセス〉もない。いまのレイに、クルニアの攻撃を防御する手段はないのだ。
当然ながら、クルニアも承知していることだろう。
「これで終わりだ、レイ! 〈崇爆斬〉!」
超高密度エネルギーを纏った〈殲叩き〉が、レイめがけて、振り下ろされる。
瞬間、レイは脳内で検索した。
〈崇爆斬〉に対抗できる、技はないのか、と。
素質がないため、魔法は使えない。だから、可能性があるとしたら、必殺技スキルだけだ。
武器がない以上は、拳を使った必殺技スキルとなる。
そして、レイがこれまで目撃してきた中で、最も強力と思えるもの。
それは──
「〈魔轍〉!」
レイの右拳が、真っ赤に輝きだす。
〈魔轍〉が発動したためだ。
かつて竜人オルが、ラプソディへと放とうとしたのが、この〈魔轍〉。
レイは記憶の中から、〈魔轍〉を見出し、瞬時に会得したのだ。
〈魔轍〉の右拳を振り上げ、迫り来る〈崇爆斬〉へと激突させる。
刹那、二つのことが起きた。
〈崇爆斬〉発動の戦闘槌を、弾き返すことに成功。
その代償として、レイの右拳が砕け散った。
「うがぁ!」
〈崇爆斬〉の一撃を弾き返せたとはいえ、やはり〈崇爆斬〉のほうが、格は上だった。
(だが、まだ左手が残っている──)
瞬間、レイの視界は天を向いた。
クルニアの足払いを食らい、仰向けに倒れたのだ。
(防御が、間に合わない──)
決闘の最後にレイが見たのは、振り下ろされる戦闘槌だった。
暗転。
──リリアス──
リリアスは驚いていた。
クルニアは、リリアスが知る中でも、5本の指に入る強者だ。
そんな強敵に対し、レイは善戦したのだから。
いまのレイ・スタンフォードは、リリアスが初めて会ったときとは、比べものにならないほど強い。
(ふーむ。レイお兄ちゃんの成長速度は、想定を超えている)
だが、そんなレイも、最後には敗北した。
リリアスは、決闘の場となった空地に、駆け込んだ。
決着が付くまでは、樹林から見守っていたわけだ。
「クルニアお姉ちゃん! レイお兄ちゃんは──」
「殺してはいない。戦闘槌を顔面に振り下ろすとき、加減したからな」
「……」
リリアスは、気絶したレイを、見下ろした。誰だか分からないほど顔が潰れている。
とはいえ、息はあるので、〈ゴッド・ヒーリング〉で復活するだろうが。
(命は取らなかったとはいえ、さすがクルニアお姉ちゃん……容赦がない)
ただ本当のところ、クルニアは優しいのだ。
なぜなら、クルニアは〈天落槌〉を使わなかった。触れたものを消滅する〈天落槌〉を使われては、いまのレイのスキルでは対処できなかっただろう。
クルニアが呆れたように笑う。
「以前から思っていたが、この男は、なにかと惜しいな。私の腹部に右拳を叩き込んだとき、〈魔轍〉を発動できていたならば──勝敗は変わっていたかもしれんのに」
その時点では、レイは〈魔轍〉を会得していなかったのだ。
これも、リリアスが驚いた点だ。
極限状態が、能力を伸ばすのに役立つことはある。しかし、まさか戦闘中に、新たなスキルを身に付けるとは。
以前にも、こういうことがあったそうだ。
それは闘技大会でのこと。やはり戦闘中に、レイは〈風殺剣〉を会得したとか。
(死線を潜るほど強くなるのは当然。しかし、レイお兄ちゃんは、強くなる上昇率が、すごく高い……本当に人間?)
リリアスが小首を傾げていると、クルニアが言った。
「レイに伝えておけ。魔王城の攻略を始めるときは、私にも知らせろ、と」
「では、クルニアお姉ちゃんも、パーティに参加してくれる?」
「単身突入より、パーティで挑んだほうが、姫殿下を救出できる可能性は高まる。初めから、私はパーティに参加するつもりだった」
リリアスは納得できない。
「では、なぜレイお兄ちゃんと決闘を?」
「レイが戦力として役に立つか、改めて確認する必要があった。これまで、レイは姫殿下に守られてばかりだったからな」
「レイお兄ちゃんは、合格?」
クルニアは笑みを浮かべた。
「ギリギリ及第点だ」
歩き去ろうとしたクルニアだが、なにかを思い出したように、立ち止まる。
「そうだ。もう一つ、レイに言伝だ。リガロンは、殺されてしまった。仇は、私が取った。リガロンは最後まで立派に戦った。以上だ」
クルニアは立ち去った。
リリアスは、リガロンの死について、考える。
リリアス個人は、あまり知らない相手だ。
ただリガロンは、パーティの初期メンバーという話。レイは、悲しむだろう。
しばらくして、リリアスは「あっ」と思った。
クルニアが『卍』だったのは、確実。
しかし、なぜクルニアは、レイが【螺界】施設に囚われていると、知っていたのか。
そのことを尋ねるのを、忘れたのだ。
(次回に会ったとき、忘れずに聞こう)
それからリリアスは、用意しておいた伝書鳩を、キリガ要塞へと放つ。
レイは目覚めそうにないので、迎えを呼んだのだ。ヒーラーも頼んでおく。
役目を終えたリリアスは、気絶しているレイのそばに、座った。
これでパーティ・メンバーは、リリアス、レイ、クルニアまで揃った。
リガロンは死んでしまった。よって残るは、ハニとサラ。
とくにヒーラーのサラは、なんとしても必要な人材。
(ハニお姉ちゃんも、優しいから、必要な人材。しかし──2人は、いまどこにいる?)
──サラ──
そのころ、サラは隣国レーベにいた。
丘の上に立ち、農民軍を振り仰ぐ。
その数、800人といったところ。
サラは〈天使の杖〉を掲げた。
「皆さん、わたしに続いてください! いまこそ抑圧から解放されるときです!」
農民たちが、錆びた剣や斧を振り上げて、「おー!」と声を発する。
サラは思うのだ。
(うーん。わたしは、こんなところで何をやっているのでしょうか?)
これから何をやるかといえば、領主館に突撃するわけだが。
 




