124話 レイvsクルニア。
──レイ──
レイは〈魔装〉を発動し、漆黒鎧を装着。
闇黒騎士と化す。
【螺界】施設では空っぽになったMPも、いまは全回復済みだ。
またMP容量は、ルードリッヒ戦のころより、だいぶ増えている。
これは有難い。なぜなら、クルニアの攻撃に耐えられるのは、闇黒騎士の防御力だけだからだ。
クルニアも、そのことは承知しているだろう。
よってクルニアの最善の作戦は、逃げ回ることだ。レイがMP切れを起こし、〈魔装〉が解除されるまで。
しかしクルニアが、そんな卑怯な戦法を取るはずはない。
その点は、レイも信頼していた。
クルニアは、真っ向から戦い、叩きのめしに来るだろう。
(まてよ。クルニアのそんな性格を、利用できるか?)
レイは言った。
「クルニア。魔王城ブート・キャンプでの、最初の模擬戦を覚えているか? あんたは、おれの実力を確かめるため、おれの攻撃をわざと無防備で受けたよな。そして、あんたは無傷も同然だった。しかし、断言する。今なら、おれの一撃だけで、あんたを倒すことができると。試してみるか?」
クルニアは冷笑しながらも、戦闘槌〈殲叩き〉を下げた。
「低次元な挑発だな。だが、いいだろう。その挑発に乗ってやる。さぁ、貴様の最高の一撃を入れてみろ。防御はしないと約束しよう」
レイは、内心で勝利を確信した。
これが戦場ならば、クルニアもこんな挑発には乗らなかっただろう。
しかし、これは決闘という名の、力比べ。しかもクルニアには、対戦相手は格下という余裕がある。
これらが、クルニアが挑発に乗る要因となった。
(そして、それが命取りだ、クルニア)
「なら、遠慮なくいくぞ!」
レイは〈竜殺し〉の柄を両手で握り、クルニアへと駆ける。
〈竜殺し〉は大きい分、小回りは利かない。だが、そのぶん射程は長い。
クルニアの〈殲叩き〉の間合いの外から、攻撃が可能だ。
射程内に入ったところで、レイは〈竜殺し〉を振り上げる。
ここで発動するのは、〈翔炎斬〉だ。
闇黒騎士による攻撃力UPに、〈竜殺し〉自体の攻撃力も加算される。
(この一撃では倒せずとも、大ダメージは与えられるはずだ)
「〈翔炎斬〉!」
〈竜殺し〉の刃が、魔炎に包まれる。
クルニアへと振り下ろした。
刹那、クルニアの姿が消える。
レイの刃が届く前に、超高速で動いたのだ。
「悪くないが、大振りがすぎるな」
その声は、レイの背後からだ。
(くっ、背後に回られた──)
レイは〈翔炎斬〉を解除し、回避行動へ移ろうとした。
だが、遅かった。
「〈崇爆斬〉!」
レイの背中に、超高密度エネルギーを纏った戦闘槌が、叩き込まれる。
「ぐぁぁぁ!」
〈魔装〉の漆黒鎧が損壊するほどの、大打撃だ。
レイは前方に転がり、激痛に耐えつつ、どうにか立ち上がる。
そして、振り向きざま、手刀を一閃する。
「〈嵐戮剣〉!」
〈嵐戮剣〉は、手刀斬撃スキル〈風殺剣〉の進化版だ。
発射される斬撃の威力は、〈風殺剣〉の8倍。
クルニアは〈破城槌〉を発動して、〈嵐戮剣〉の斬撃にぶち当て、破壊した。
この隙に、レイは体勢を立て直す。
「……卑怯だぞ、クルニア。おれの一撃目は、大人しく受けてくれるはずじゃなかったのか」
クルニアは戦闘槌を肩にのせる。
「間抜けか、貴様は。私が、敵の力量を見誤ると思ったか」
「なんだって?」
「レイ。貴様は、魔王城での模擬戦のときより、強くなった。さては、どこかで死にかけたな? 死線を越えることで、大きな経験値を得るものだ。そして、その上で貴様がいま装備するのは、剣聖が持っていた〈竜殺し〉──私の〈殲叩き〉と同じ、精霊兵器だ」
「知っていたのか」
「当然だ。ローラとは少しのあいだ、共闘したのだからな。とにかく、その〈竜殺し〉が有する攻撃力と、成長した貴様自身の攻撃力。さすがの私も無傷では済まない。ゆえに、無抵抗で受けるはずがあるまい」
「まて。無抵抗で攻撃を受ける気がないのなら、なぜ受けてやると、嘘をついた?」
クルニアは愉快そうに笑った。
だが、すぐに笑みを消し、冷ややかに言う。
「貴様を騙し討ちするために、決まっているだろう?」
「だから、それが卑怯だと──」
レイの言葉を打ち消すようにして、クルニアが言う。
「貴様、勘違いしているな? この私が、決闘では正々堂々と戦うことに拘る性格だ、とでも。そう誤解しているのなら、それは貴様がこれまで、あまりに弱すぎたからだ。だからこそ、以前の模擬戦では、貴様の渾身の一撃を無防備で受けてやった。だが、いまや状況は変わった。貴様は強くなった。だからこそ、私も本気を出そう。そして、本気の私は──」
クルニアが戦闘槌を振るう。すると、破壊の塊が射出された。だが、威力は、たいしたことはなさそうだ。
なにより狙いを外している。
射出された破壊塊は、レイの1メートル前方の地面に、着弾した。
とたん、大地が粉砕し、土煙が巻き起こる。
(そうか、煙幕が狙いか)
クルニアの声がする。
「本気の私は、手段を選ばんぞ!」
その声は、土煙の向こう、すなわち前方からした。当然ながら、レイもそちらへと防御の構えを取る。
だが、実際にクルニアが攻撃を仕掛けてきたのは、レイの真横からだった。
(土煙を迂回して──くそ、対処が遅れた)
クルニアが間合いを詰め、〈崇爆斬〉を放ってくる。
(まずい。この必殺技を、もう一度、食らうのは──)
レイは〈竜殺し〉の刃で、〈崇爆斬〉の一撃を弾こうとした。
だが〈崇爆斬〉発動の攻撃力は、途轍もない。通常の防御では、いくら〈竜殺し〉でも持ちこたえられないだろう。
こちらも必殺技で返すしかない。
(間に合え──)
「〈翔炎斬〉!」
魔炎を纏った〈竜殺し〉の刃が、超高密度エネルギーを纏った〈殲叩き〉と激突。
それによって起こった衝撃波で、レイとクルニアは、反対方向へと吹っ飛ばされた。
レイは両足で踏ん張り、なんとか転倒を免れる。
(クルニアの必殺技スキルの中で、〈崇爆斬〉は最強クラス。それを〈翔炎斬〉で弾き返せたのは、大きい。だが──)
クルニアは、〈崇爆斬〉を連打できるだろう。
一方、レイには、〈翔炎斬〉連打など不可能だ。MP残量の問題がある。
そもそも、〈魔装〉を発動しているだけで、MPは消費し続けているのだから。
そしてMPが切れて、〈魔装〉が強制解除されれば、勝機はなくなる。
MPは節約して使わねばならない。
だというのに、クルニアの〈崇爆斬〉を弾くには、MP使用量の高い〈翔炎斬〉が必要ときた。
(分かってはいたことだが、クルニア、なんて強敵だ。……少し工夫してみるか、危険ではあるが)
レイは〈竜殺し〉の切っ先を、大地に突き刺した。それから柄を離すと、〈竜殺し〉は大地に佇立した。
レイは5歩横に移動してから、今度は〈魔装〉を解除した。
クルニアが苛立たしそうに言う。
「なるほど。降参するのか。まぁ、賢明だろう」
レイは、せいぜい不敵に笑った。
「降参? そんなことはしない。ただ、ふと思ったわけだ。模擬戦のときのお返しをしないとな、と。クルニア。あんたの攻撃を一撃だけ、無防備で受けてやる」
クルニアの口調には、怒気が混じり出す。
「舐めた真似をするな。とっとと〈魔装〉を再発動しろ。貴様、殺すぞ」
「いや、断る」
クルニアは舌打ちした。
「いいだろう。ならば、お望みどおり、殺してくれる!」
クルニアが地を蹴り、レイに向かって突進する。そして、必殺技スキルを発動。
「〈破城槌〉!」
〈破城槌〉が纏うエネルギー密度は、〈崇爆斬〉の濃さには及ばない。
すなわち〈破城槌〉の威力は、〈崇爆斬〉に比べれば、弱い。
クルニアが〈崇爆斬〉ではなく、〈破城槌〉を選んだのは、なぜなのか。
生身のレイなど〈破城槌〉で充分と考えたのか、無意識にレイの身を案じたのか。
いずれにせよ、レイは賭けに勝った。
(〈崇爆斬〉だったら、この隠し玉でも、防ぎようがなかった。だが〈破城槌〉ならば──)
レイは、短剣〈プリンセス〉を、抜き放つ。
「悪いな、クルニア。無防備で受けるというのは、嘘だ」
「無駄だ! そんな短剣では、防げんぞ!」
〈プリンセス〉の刃を、〈破城槌〉発動の戦闘槌に、ブチ当てる。
「なに──!」
〈プリンセス〉は隠し玉だった。何といっても、ただの短剣ではない、魔法金属ミスリル製の短剣だ。
ミスリルの力が、〈破城槌〉と拮抗。
瞬間、〈破城槌〉の戦闘槌を、弾き返した。
同時に〈プリンセス〉も、レイの右手から、遠くへと弾き飛ばされる。
(上出来だ──)
レイは〈魔装〉を再発動し、同時に左手を出して、〈竜殺し〉を呼んだ。
大地に刺さっていた〈竜殺し〉が跳ね上がり、レイの左手を目指して、飛んで来る。
だがクルニアの動きのほうが、速い。
「させるか!」
戦闘槌を振るい、飛んで来た〈竜殺し〉を叩き飛ばしてしまう。
(だが、それでいい──)
クルニアは、レイの左手に届く前に、飛んで来た〈竜殺し〉を叩き飛ばした。
その結果、クルニアの守りは、がら空きとなったのだ。
すでにレイは、〈魔装〉によって、闇黒騎士となっている。
すなわち、通常攻撃の攻撃力は、格段に跳ね上がっている。たとえ、剣がなくとも、クルニアにダメージを与えられるほどに。
レイは己の右拳を、クルニアの腹部に叩き込んだ。




