122話 〈殲叩き〉。
──レイ──
レイは、パーティの再結成を決意。
すなわち、それは魔王城攻略パーティとなる。
この時点で、パーティ・メンバーで揃っているのは、レイとリリアスの2人だけだ。
「ハニ、サラ、クルニア、リガロン。残りの4人を集めないとな。まずは、クルニアだ。ベンゲン伯爵、クルニアとは、どこで会ったんです?」
ベンゲン伯爵を戦力に計算できないのは、残念な話だ。
とはいえ、アデリナに敗北したベンゲン伯爵は、いまや手のひら大のカニ。
ミケから逃げ延びるので、精一杯(それはそれで、凄いことだが)。
「婿殿。クルニアは、シーゲル町に宿を取っているはずですぞ」
「シーゲル町。キリガ要塞から、馬で4時間の場所だな」
翌朝、レイはリリアスと共に、シーゲル町へと出立した。
メアリは同行する気満々だったが、護衛官サトに捕まり、厳重注意を受けていた。旗頭の王女なのだから、不用意に外出するものではない。
シーゲル町に到着。
乗って来た馬を、町の厩舎に預けてから、2人は宿へ向かった。
道中で、レイは言った。
「クルニアがキリガ要塞に現れなかったのは、まだ理解できる。基本、人間が好きではないからな。まぁ、魔族だから仕方ないが」
それを考えると、キリガ要塞を堂々と訪ねたベンゲン伯爵が、実に図太いといえる。
「だが、なぜ封書の差出人に、『卍』という偽名を使ったのか。これは大いに謎だ」
リリアスが答える。
「本人に聞けばいい」
「それもそうか」
目的の宿に入ろうとしたところ、偶然にも、クルニアが出て来たところだった。
亜麻色の髪をした、長身の美女。戦闘時は軽装鎧に身を包むが、さすがに今は庶民服だ。
レイは気軽に声をかけた。
「クルニア、久しぶりだな。おれが【螺界】施設に監禁されていると、リリアスに教えてくれて感謝する」
しかし、クルニアが向けてきたのは、敵意のある眼差しだった。
「レイ・スタンフォード」
刹那、レイは頭を下げる。
紙一重だった。
0.1秒前まで頭のあった空間を、後ろから飛んできた戦闘槌が、通過したのだ。
そのまま戦闘槌は飛び、クルニアの右手におさまった。
「クルニア、危ないだろうが! 危うく、おれの後頭部が粉砕するところだ!」
クルニアは冷淡な口調で言う。
「当然だ。貴様の頭を狙ったのだからな」
レイは怒気を隠さず言う。
「おい、いい加減にしろ。ベンゲン伯爵から、ラプソディの現状も聞いているんだろ? おれたちは、魔王城の攻略に乗り出すんだ。ラプソディを助けるために。こんなところで、仲間割れしている場合か?」
「──そうだ。私は魔王城に行き、姫殿下をお救いする。だがな、レイ。貴様は、仲間ではないぞ」
「なんだと?」
「姫殿下が苦境に立たされるに至った、すべての元凶は、誰なのか。アデリナは当然だが、もう一人いる。それは貴様だ、レイ・スタンフォード」
クルニアは、レイを戦闘槌で示した。
レイは慎重に言った。
「クルニア、冗談じゃないようだな。説明くらいしてもらおうか」
「貴様のせいで、姫殿下は冒険者などになられたのだ。敵国の王都にいては、姫殿下の守りが手薄になるのも致し方ないこと。その結果が、これだ。姫殿下は、アデリナの手に落ちてしまった」
レイは、頭に血が上るのを、感じた。
クルニアは痛いところを突いてくる。
だが、レイにも言い分はあった。
「クルニア。確かに、おれは自分自身に怒りを感じている。ラプソディの足を引っ張ってしまった、自分の弱さに。だが、それはお前も同じことだぞ。親衛隊員でありながら、みすみすラプソディを奪われるとは。なんて体たらくだ」
とたん、クルニアの殺気が膨れ上がる。
レイはレイで、クルニアの痛いところを突いたのだ。
レイは命の危険を感じた。
クルニアが戦闘槌を振り上げる。
「この冒険者ごときが!」
「こんなところで、やめろ──」
「問答無用、〈崇爆斬〉!」
「くそ、〈魔装〉!」
闇黒騎士となったレイは、〈崇爆斬〉に対峙。両手剣を抜いて、防御のため振り上げる。
しかし、〈崇爆斬〉発動の戦闘槌を食らい、両手剣は呆気なく破壊される。
「やはり武器庫の安い剣では、無理か!」
クルニアは流れるようにして、必殺技コンボを発動。
「〈破城槌〉!」
高出力エネルギーを纏った戦闘槌が、レイに襲いかかる。
「ぐぁっ!」
レイは両腕を交差して、〈破城槌〉の一撃を受け止める。
〈破城槌〉の攻撃力は高かったが、何とか持ちこたえた。
暗黒騎士の防御力だからこそだ。
戦闘槌を押し返してから、レイは後方に跳んだ。
〈魔装〉を解除する。
「やめろ。こんなところで戦ったら、町民に迷惑だ」
クルニアは嘲笑う。
「まるで、他の場所でなら戦う、と言っているようだな?」
「その通りだ」
クルニアは眉間にしわを寄せた。
「なんだと?」
レイは覚悟を決めた。
「クルニア。場所を選べ。周囲に人がいなければ、どこでも構わない。おれは、新しい両手剣を装備してくる。そして、勝負しようじゃないか」
「なにが目的だ?」
「あんたは、おれを半殺しにしないと、気が済まないようだからな」
「進んで痛めつけられようというわけか」
レイは首を横に振った。
「あいにくだが、そうじゃない。魔王城の攻略は、最強のパーティで臨まないとダメだ。ラプソディのために、あんたの力が必要なんだ。だから、こうしよう。おれが勝ったら、改めてパーティに加われ。もちろん、パーティ・リーダーは、このおれだ」
クルニアは笑った。
「バカも休み休み言え。魔王城でのブート・キャンプを忘れたのか? 貴様が〈魔装〉スキルを身に付けた後も、私の連勝だっただろうが?」
「だからといって、いま負けるとは限らない」
ここまで静観していたリリアスが、レイの手を掴んで引っ張った。
「レイお兄ちゃん、さすがに自殺行為」
「いや、そんなことはない」
レイの頭には、ムジャルの存在があった。
今では、ラプソディを倒したのは、このムジャルだという確信がある。
この世には、ムジャルのような、得体の知れない化け物がいる。
だがラプソディならば、2度も敗北はしないはずだ。
次に戦うことがあれば、勝つのはラプソディだ。
レイは、そう信じている。
だからこそ、レイ自身もこんなところで、立ち止まっているわけにはいかない。
ラプソディの夫が、いつまでも親衛隊員に負けているようでは、ダメなのだ。
「さぁ、どうするんだ、クルニア? それとも、おれに倒されるのが、怖いのか?」
「……いいだろう、レイ。明日、戦おう。場所は、あとで使い魔を送って知らせる。せいぜい貴様は、マシな剣でも探しておくんだな」
それだけ言うと、クルニアは歩き去った。
レイは、クルニアを見送る。
リリアスが心配そうに言った。
「レイお兄ちゃんでは、クルニアお姉ちゃんには勝てない。レベル数値には、300以上の開きがある。これは致命的!」
「致命的ではないさ。レベル数値は目安に過ぎないと、ラプソディも言っていた」
「しかし──」
「リリアス。確かに、おれはクルニアより格下だ。だが格下には、格下の戦いかたというものがある」
「では、レイお兄ちゃんには、勝機が見えている? レベル数値の大差を跳ね返す作戦か、何かが?」
とりあえず、レイは不敵に笑っておいた。
実のところ、勝機は見えていないのだ。
たとえばリリアスの場合、弱点がハッキリしている。
生身の弱さや、MP消費の早さなどだ。
これは、『時を止める』という、圧倒的チート・スキルがある反動だろう。
そこいくと、クルニアには分かりやすい弱点は皆無だ。
(だが、それでもやるしかない。だいたい、おれは魔王城を攻略しようというんだ。これまで何百人もの冒険者が失敗してきた、難易度MAXのクエストだ。ならば、クルニアなんかに負けている場合ではない)
「とにかく、いったんキリガ要塞に戻ろう。まともな両手剣も、入手しないといけないし」
持ち主のレベルが高ければ、装備する武器の性能も上がる。とはいえ、もちろん限界はある。
キリガ要塞の武器庫から持ち出した両手剣は、安価な大量生産品。
クルニアの戦闘槌と対峙できるはずもなかった。
「そういえば、クルニアの戦闘槌は、なにか特別な代物なのか?」
リリアスはうなずき、あっさりと答えた。
「戦闘槌の名は、〈殲叩き〉。精霊が造り出した〈精霊兵器〉の一つ」
「……おい、とんでもない代物じゃないか」




