120話 【螺界】からの脱出。
──レイ──
ベラルーシを示す輝点があるのは、深度68階層の中央通路だ。
レイが先陣を切り、気絶したリリアスを抱えてメアリが続く。しんがりはミケだ。
だが肝心の中央通路に辿り着くも、そこには蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
レイは周囲へ視線を走らせる。
「この蜘蛛の巣も、リボルザーグの新手のゲームか?」
ミケが指摘する。
「違うね。これはイーゼルの〈魔改造〉した蟲だよ。ベラルーシという男が空間転移されたとき、くっ付いて来たのかもね」
「なら、その蟲が蜘蛛であることは、間違いなさそうだな」
メアリがうなずく。
「【螺界】に入る直前、リリアスも巨大な蜘蛛を斬り殺している。あのとき、わたしは蜘蛛を見て、気持ち悪さに泣きたくなったものだ。しかし、今なら分かる。数えきれない蟲黑蟲よりは、まだ蜘蛛のほうがマシだと」
「……そうか、経験を積んだんだな……とにかく、進もう」
レイは、通路上に張られた蜘蛛の巣を、ミスリル短剣で排除していく。
聖剣とも切り結んだ短剣だが、蜘蛛の巣とは相性が悪いようだ。苦労しながらも、先へと進む。
やがて、繭のようなものが見えて来た。
「蜘蛛の繭なのか? とにかく、始末するか」
「まて、スタンフォード殿。これは──蜘蛛の糸によって、捕まった生物がグルグル巻きにされているのでは?」
レイは、改めてMAPを確かめた。
ベラルーシを示す輝点とほぼ同じところに、いまレイ達は立っている。
「どうやら、そのようだ。ならば──」
レイは短剣を一閃し、繭を切り裂いた。
裂け目からは、男の姿が覗かれた。これがベラルーシのようだ。
レイは短剣をしまい、ベラルーシを繭内から引きずり出す。
それから、ベラルーシの容態を確認した。
「ベラルーシは、仮死状態のようだ」
レイは、ベラルーシを肩に背負ってから、周囲を見回す。
「空間転移の装置を探すんだ──どんな形をしているか知らないが」
「見つけたよ、レイ君! これだよ!」
ミケが嬉しそうに示すのは、床面にある五芒星だ。
五芒星を造り出しているのは、床にはめ込まれた、色彩豊かな結晶体。
「これこそが、ワープ装置さ。ミケも、起動しているところは、初めて見たよ」
レイは考える。
このワープ装置によって、ベラルーシはこの階層まで運び込まれたのだろう。
「このワープ装置は、【螺界】の好きな階層に行けるのか?」
「残念だけど、そこまで高性能ではないよ。ワープ装置で行けるのは、ほかの階層に設置された、別のワープ装置だけさ」
レイは素早く考えた。
(つまり、空間転移先は決まっているわけか。やろうと思えば、敵は待ち伏せできる。まぁ、難点には目をつむるしかない)
「よし、さっそく上階層へ、ワープするとしよう」
刹那、上方から黒い影が襲いかかってきた。
巨大な蜘蛛だ。
レイは短剣を振るい、蜘蛛の腹を掻っ捌いた。
メアリが称賛する。
「お見事だな、スタンフォード殿」
「蜘蛛は何匹来ようと対処できる。それより、問題はリボルザーグだ。果物ゲームはクリアできたようだが、また新たなゲームを始めてくるとも限らない」
レイは、リボルザーグの倒し方について、一考する。
ゲームが始まる前に討つか、またはゲームの中でルールに則って、勝利するか。
後者の場合、ゲーム内でリボルザーグと対戦する必要がある。
(どちらにせよ、進んで戦いたいとは思えないな)
レイは、ベラルーシを肩に担いだまま、五芒星の上へと移動した。
リリアスを抱いたメアリと、ミケも続く。
「ミケ。これ、転送、とか言うのか?」
「自動だよ、レイ君」
ふいに空間転移が行われた。
久々のワープ酔いを、レイは耐える。
一方、メアリなどは平然としていた。
「スタンフォード殿、顔が真っ青だな」
「……気にするな。それより、ワープに成功したが、ここはどこの階層だ?」
レイからしてみると、どこの階層の通路も大差はない。
ミケが周囲を確認してから、喜んだ。
「ここは深度2階層だよ!」
「ありがたい。キャリバンの縄張りなら、リボルザーグが追って来ることはないだろう。それに何より、深度68階層から、一気にショートカットできた」
「地上はもうすぐだよ、付いて来て!」
ミケの案内で、レイたちは階段を使い、深度1階層まで上がった。
メアリが血の気の引いた顔で尋ねる。
「まて、ネコ殿。地上に出るためには、蟲黑蟲ゾーンを通過せねばならないのか?」
ミケは、毛を逆立てた。蟲黑蟲が嫌いなのは、ミケも同じだ。
「そんな所に行くくらいなら、ミケは三枚おろしにされたほうが、マシだね! けれど、心配はないよ。地上への出口は、一か所だけじゃないからね。君たちが来たのとは、別の場所から出るとしよう」
10分後、レイたちは地上にいた。
鉤爪山脈から少し離れた廃村に、【螺界】施設からの地上への出口があったのだ。
レイは拍子抜けしていた。
イーゼルからの妨害が、最後にあるものとばかり思ったのだ。
だが、何も起きなかった。
レイは、【螺界】で得た知識を、整理してみる。
まず、ムジャルという『包帯の者』と、イーゼルは取引関係にある。
そのためレイの身柄は、【螺界】へと引き渡された。
イーゼルは、毎日のように、レイから採血していた。
レイの血に、何か興味を引くものがあったようだ。
一方、1200年前に創設されたという、【螺界】。
ここの〈管理者〉は3人いて、そのうちキャリバンとリボルザーグと、遭遇した。
キャリバンは、リボルザーグが所有する〈エーテル〉というものを、奪おうとしている様子。
どうやら、その囮として、レイ達は深度68階層まで、送り込まれてしまった。
案外、キャリバンの作戦は失敗し、いまごろリボルザーグと戦っているのかもしれない。
レイは、メアリに尋ねる。
「ここからは、どうする?」
「キリガ要塞へ急ごう。騎士団員の中には、腕利きのヒーラーもいるはずだ。リリアスとベラルーシ殿を治癒してもらわねば」
レイは素早く考える。
「メアリ王女。ひとまず、【螺界】のことは、おれ達の秘密にしておこう。王都奪還には、関係がない連中だ。多くの人間が知ることで、【螺界】を刺激してしまうのは避けたい。今は」
メアリも初めから、同じ考えだったようだ。
「うむ。【螺界】を放置するつもりはないが、それは、わたしが女王となってからの仕事だ」
メアリたちは馬で来たというので、まずは放した馬を探すことにした。いつ戻るか分からないので、繋いでおかなかったのだ。
幸いなことに、馬たちはすぐに見つかり、時間のロスにならずに済んだ。
その後、最初の宿場で伝令を雇い、先にキリガ要塞へと連絡に行かせた。
おかげで帰路の半分ほどで、キリガ要塞から出た一行と、合流できた。
その中には要請したヒーラーもいて、リリアスとベラルーシの回復に当たる。
メアリは、ホッとした様子だ。
「これで、2人とも助かる」
レイはうなずいた。
「ああ、良かった」
「スタンフォード殿。改めて、話しておこう。我々は、王都奪還を計画している。そなたも参加してくれるな?」
「メアリ王女。助けてもらった恩は、返すよ」
レイは、ラプソディの身を案じながらも、メアリに約束した。




