117話 【螺界】探索行⑥~ルールを説明しないゲーム・マスターほど嫌なものはない。
──レイ──
レイは、MAPを再確認した。
ベラルーシの現在位置は、変わらず深度68階層にある。
このMAP情報を信じるとして、ベラルーシが動けない状況にいるのは確実だ。
現在、レイ達は、深度42階層にいた。
深度25階層で巨人乱戦と遭遇したのちは、これといって事件は起きていない。
乗り継ぐべき3台のエレベーターのうち、いまは2台目から降りたところだ。
次のエレベーターがラストなので、それで68階層まで降りることができる。
だが、そこまでの道のりが、遠い。
というのも、ラストのエレベーターに乗るためには、深度42階層から深度46階層まで、階段を使って降りなくてはいけないからだ。
メアリも横で、MAPを確認しながら、なぜか声を弾ませた。
「階段の位置も、各階層で違うのだな。これでは随分と歩くことになる──そこでリリアスよ。幼女には、この距離は疲れるだろう。私が、おんぶしてあげよう」
リリアスはレイを指さす。
「断る。疲れたら、レイお兄ちゃんにおんぶしてもらう」
メアリから、殺意の眼差しを向けられるレイ。
「……とにかく、先へ進もう」
深度42階層の通路を進むと、広い場所に出た。
中央には回転椅子があり、背もたれがこちらを向いている。誰も座してはいないようだ。
天井はドーム状で、壁には複数の機具が嵌め込まれていた。
この機具はすべて同一であり、形状は真四角。
真四角の中では、【螺界】施設の通路などが表示されていた。
ミケが、真四角の一つを指さす。
「これはモニターというものだよ。監視カメラという機具とリンクして、この施設内を、リアルタイムで見ることができるのさ」
「これも【螺界】が保有する『技術』の一つか」
効果は監視魔法と同じだろうが、モニターは魔導士でなくとも使える強みがあるようだ。
ふいに椅子が反転した。
誰も座っていないものと決め付けていたが、間違いだった。
椅子には、女児が腰かけていたのだ。
「──!」
レイはとっさに、短剣を抜いた。
女児は、漆黒の髪をとても伸ばしていた。身長よりも長いだろう。それどころか、顔のすべても、黒髪が覆っている。
レイは、ミケに聞いた。
「誰だ?」
ミケの答えは簡潔だった。
「彼女こそが、リボルザーグだよ」
リボルザーグの人相は、事前に聞いていなかった。
しかし、この女児が〈管理者〉の一人と聞いても、驚きはしなかった。
レイの直感は、リボルザーグの危険性を伝えてきている。
「……可能ならば、ここは話し合いで解決したい。そこで、だ」
レイは、リリアスの肩を叩く。
「リリアス。お前から話しかけてみろ。女児には、女児だ」
しかし、リリアスはレイの後ろに隠れた。
「リリアスは、子供が嫌い」
「……」
メアリが挙手する。
「スタンフォード殿。では、わたしが代表して、リボルザーグという幼女と話そうではないか。まずは、顔を拝見することから──」
「おれが話しかける。メアリ王女は、とりあえず5歩後退しろ」
「なぜだ!」
レイはリボルザーグに一歩近づき、声をかけた。
「おれの名は、レイ・スタンフォード。リウ国の冒険者だ。ある男を助けるため、深度68階層を目指している。君に危害を加えるつもりはない。だから、通してはくれないか?」
リボルザーグは、発声しなかった。
だが、レイの脳内には、声が響いた。
〔その方らは、私の宿敵であるキャリバンに、送り込まれた〕
レイは気づいた。
これは〈テレパス〉だ、と。
レイのほうは、普通に声で答える。
「おれたちは、キャリバンの手先ではない。キャリバンからMAP装置を借りたのは、事実だが──キャリバンに利用されているだけだ」
〈テレパス〉による、脳内へのダイレクトな返答が来た。
〔その方らの目的は、承知している。キャリバンのために、私から〈エーテル〉を奪いに来たのだろう〕
レイは内心で舌打ちした。
このリボルザーグという女児は、まったく聞く耳を持たない。
そうと決め付けたら、考えを変える気はないようだ。
(キャリバンは、〈エーテル〉というものを狙っているのか。そのせいでリボルザーグに、おれたちが〈エーテル〉を奪いに来た、と思い込まれてしまった)
「まってくれ。〈エーテル〉なんて、聞いたこともない。すべて誤解なんだ」
〔誤解だと? その方らは、すでに私の所有物を破壊している。明らかな敵対行為だ〕
レイは素早く考える。
所有物とは何か、と。
唯一、考えられるのは深度25階層。そこで足を切断した巨人だ。
「巨人のことか? あれは自己防衛のためで──」
〔問答無用!〕
リボルザーグが右手を上げる。
レイは短剣を構えながらも、攻撃するべきか迷う。敵がただ者でないことは分かる。だが外見は、子供だ。
ミケが跳んで、リボルザーグの前に着地する。
「レイ君、これはカツオブシ5キロ分の貸しだよ!」
それから高出力エネルギーを纏ったミケは、リボルザーグにタックルしようとした。
しかし、ミケの身体は、タックルの途中──空中で固定されてしまう。
(ミケの攻撃が阻止された──)
脳内で、リボルザーグの声がする。
〔無駄だ。すでに私の魔法、〈ゲーム・マスター〉は発動している。私への攻撃は、ゲームのルールに反するのだ。ルール外のことは、できぬ。それがゲームというものだ〕
ミケは床に落ちた。とりあえず、空中への固定は解除されたようだ。
「ゲームのルールだと?」
レイは仲間の様子を確認し、ふと有りえないものに気づいた。
リリアスの頭の上に、一個の林檎が浮かんでいるのだ。
(林檎、だと? どこから現れたんだ? どうして、リリアスの頭の上に浮かんでいる?)
メアリも気づいたらしく、その林檎に手を伸ばした。
「この林檎は一体──」
メアリの指先が触れたとたん、林檎は消滅した。
別の場所で、重たいものが転がる音がした。
「なに──!」
音のしたほうへ視線を向けると、そこにはミケが転がっていた。全身を石化して。
「これは、石化魔法か!」
レイは改めて、短剣の切っ先をリボルザーグへと向ける。
今度は、攻撃を加える覚悟がある。パーティのリーダーとして、躊躇ってはいられない。
「リボルザーグ、ミケへの石化魔法を解け!」
〈テレパス〉の返答が来る。
〔愚か者が。私が石化魔法を使ったわけではない。ゲームのルールに則り、ペナルティが発動した。その結果、その方らのネコは石化したのだ〕
「さっきから、ゲーム、ゲームと──」
とたん、レイはゾッとした。
リボルザーグの〈ゲーム・マスター〉という魔法が、強制的にゲームに参加させられるものだとしたら。
そのゲームには、歴としたルールがあり、そのルールに反することはできない。だから、先ほどのリボルザーグへのミケの攻撃も、強制的に阻止されたのか。
レイはさらに考える。
(ミケが石化してしまったのも、リボルザーグへ攻撃しようとしたことへの、ペナルティなのか? いや、石化が起きたのは、攻撃が阻止された直後ではなかった。あれは、どちらかというと──メアリが林檎に触れたとき、か?)
「リボルザーグ。ゲームのルールを教えてもらわなきゃ、不公平だ」
リボルザーグの身体が浮き上がる。
〔その方は、まだ理解できていないようだ。私のゲームは、ルールを読み解くところから始まるのだ。では、良いゲームを〕
とたんリボルザーグの身体が消えた。
リリアスが、ミケを抱き上げる。石化しているので、重たそうだ。
「レイお兄ちゃん。ミケの石化を解くため、リボルザーグを倒す」
レイは首を横に振った。
「いや、リボルザーグを倒す必要はない。このゲームをクリアすればいいんだ」
メアリが不安そうに言う。
「だが、スタンフォード殿。肝心のゲームとやらのルールが、まったく不明なのだぞ」
レイは考える。
(先ほどの林檎。メアリが触れたとたん、林檎は消えた。ミケが石化したのは、それと同時だった。因果関係があるとみて、間違いないが──)
ふいにレイの眼前に、葡萄が現れた。
「林檎の次は、葡萄だと? どうしろというんだ、これを──?」
 




