116話 【螺界】探索行⑤~ネコアレルギーin巨人階層。
──レイ──
深度68階層を目指し、移動を開始。
直後、幸先の悪い事実が、明らかになった。
頼みのミケが、深度20階層より下までは降りたことがない、というのだ。
レイは確認した。
「つまり、深度21階層から、リボルザーグの縄張りということか? お前、リボルザーグとは仲が良くないわけだな」
「ミケを造り出したのは、イーゼルだからね。イーゼルとリボルザーグは、折り合いが悪いのさ。というのも、昔、イーゼルはリボルザーグの下にいたからね」
「因縁があるのか──」
ちなみに、ミケはいま、リリアスに抱っこされていた。
リリアスはふいに、小動物への愛が芽生えたらしい。
そんなリリアスを、メアリが飢えた眼差しで見つめている。
(……なんだ、この構図は)
やがて、最初のエレベーターに辿り着いた。
キャリバンからもらったMAPによると、深度68階層まで降りるには、3つのエレベーターを乗り継ぐ必要がある。
まずは、このエレベーターで25階層までの降下だ。
「ベラルーシを68階層まで移したのが、このルートとは思えない。キャリバンは、空間操作の魔法を使えるようだし、〈ワープ〉でベラルーシを移動させたのかもしれない」
レイがそう推論するも、すぐにミケが否定した。
「建材ヴィヲの性質上、空間転移の魔法が使えるのは、同フロア内のみだよ。別階層へは転移できない」
「そうなのか──空間転移魔法を封じるとは、恐ろしい物質だな」
「ただし、魔法を使わないのなら、空間転移することは可能だけど」
メアリが小首を傾げる。
「待つのだ、ネコ殿。魔法を使わずして、空間転移などできるわけがあるまい?」
レイは、MAPを投影する装置を眺めながら、言った。
「【螺界】の『技術』を使う、空間転移か」
レイ達を乗せたエレベーター・ケージが、深度25階層に到着。
自動で扉が開こうとするも、メアリが『閉じる』ボタンを押した。
「どうした、メアリ?」
「我々は大切なことを決めずにいたぞ。この即席パーティのリーダーは、誰が務めるのか、だ? わたしはリリアスを推薦する」
推薦を受けたリリアスが、面倒そうに言う。
「リリアスは、レイお兄ちゃんを推す。ラプソディお姉ちゃんが戻れば、どうせリーダーはレイお兄ちゃんということになる。それに最近、リリアスは指揮する立場が多かったので、たまには他人に任せたい」
ミケが「異議なし」と言うので、メアリは諦めた様子で言った。
「我がリリアスがそう言うのであれば──スタンフォード殿、リーダーを頼むぞ」
「……了解」
そう答えつつも、レイは内心で思うのだ。
(こんな個性的なパーティ・メンバーを、正しく導ける気がしないんだが)
とにかく、レイはリーダーとして、さっそく指示した。
「リリアス。いざというとき、すぐに〈タイム〉を発動できるようにしておいてくれ」
ところが、リリアスは首を横に振る。
「MP切れのため、リリアスは当分〈タイム〉を使えない」
「……そうなのか」
リリアスの〈タイム〉を切り札と考えていたので、レイは落胆を隠せない。
(〈タイム〉がないとなると、パーティ全体の戦力が、ガクンと落ちてしまうな)
レイは『開く』ボタンを押して、エレベーターの扉を開けた。
外へと踏み出す。上階層と同じく、通路が続いているものと思い込んで。
刹那、レイの眼前に、巨大な鉄槌が振り下ろされた。
ヴィヲ建材の床は、巨大鉄槌を受けても、疵一つ付かない。
ただし、凄まじい衝撃波は発生したが。
「なんなんだ?!」
巨大鉄槌の使用者は、巨人だった。ざっと30メートルの巨躯はある。
その遥か上に、天井があった。天井までの高さは、50メートルはあるだろう。
さらに巨人は1体ではない。
レイの位置から確認できるだけでも、13体はいて、全員が武装している。
そして互いに死闘を繰り広げているのだ。
巨人どもが乱戦を繰り広げられるほど、深度25階層は広大なフロアだった。ベルグの闘技場が小さく感じられるほどに。
いまのところ巨人たちは、レイ達に気づいていない。
先ほど振り下ろされた巨大鉄槌も、レイを狙ったわけではなかった。
レイは小声で、みなに指示する。
「血の気盛んな巨人どもに見つかると、厄介だ。大声は出すなよ」
メアリが興奮を隠しきれぬ様子だ。
「おお、巨人とは、はじめて見たぞ。絶滅したとばかり思っていたが」
歴史書によれば、巨人族は、約1000年前に絶滅したはず。
巨人たちの領地は、超大国アレギアの植民地だった。独立のための叛乱を起こしたが、アレギアに殲滅されたのだ。
「ミケ。こんなところに巨人がいると、知っていたか?」
ミケはあくびしながら答えた。
「ミケだって、こんな大きい人たちがいるなんて、知らなかったよ。やっぱり、ネコはネコの縄張りから出るものじゃないよねぇ」
レイは状況を、再確認した。
深度25階層に通路はなく、一つの広大なフロアとなっている。
また巨人たちが争っているのは、25階層全域ではなく、このエレベーターの周辺のみ。
レイは指示を出した。
「巨人たちの乱戦を大きく迂回して進むぞ」
レイを先頭にして、エレベーターから出、乱戦の迂回に入った。巨人たちが目線を下げない限りは、気づかれることはないだろう。
ある巨人の傍を、足音を殺して通過しているときだ。
上方から、破砕音がした。
(何かが破砕した音か? 違う。いまのは──アレか。クシャミの音か。巨人だから、クシャミの音も凄いな……なんだ?)
クシャミの巨人は、鋼鉄の鎧に身を包み、大樹なみの手斧を装備していた。
そしてクシャミが止まらなくなっている。
メアリが面白そうに言った。
「召使いのシャリーも、近くに猫がいるとクシャミが止まらなくなったものだ。ネコアレルギーなのだよ」
レイは唖然として、ミケを見た。
「まさか、冗談だろ。ネコ──」
ミケを抱いているリリアスが、巨人を見上げて、続けた。
「──アレルギー」
クシャミを連発しながら、戦斧の巨人が、キョロキョロし出す。ついに目線を下げ、レイたちを視界に納めた。
さらに巨人の意識は、リリアスの腕の中に向けられたことだろう。
そこにいるミケ、すなわちネコに。
ネコアレルギーの巨人がなにやら怒鳴った。
あいにく共通語ではなく、巨人族の言語のため、レイには理解不能だ。
ただ、ネコを見て喜んでいるわけではないことだけは、確かだ。
「逃げろ!」
アレルギー巨人が手斧を振り下ろして来る。
レイは、ミスリルの短剣を抜き放った。
落下してきた巨大な斧刃を、短剣で弾き返す。
メアリが驚嘆の声を上げる。
「おお、スタンフォード殿。伊達に、リーダーをやっているわけではないな。いまのは見事だった」
「おれの実力というより、ミスリルの短剣のおかげだ。そういえば、メアリ王女の装備品だったな。悪い、借りたままだった」
レイは短剣を鞘に戻してから、メアリへと差し出す。
メアリは片手を突き出して、拒否した。
「いや、いや。この場面で返却されても困る。その短剣は、スタンフォード殿に差し上げよう。いくらミスリル短剣に力があるとしても、わたしの実力では、巨人の手斧を弾き返せるとは思えない。やはり、スタンフォード殿の力があってこそだ」
「そうかな」
リリアスが会話に割って入って、指摘する。
「レイお兄ちゃんは、自分の攻撃力を過小評価している。Fランク時代から、攻撃力にだけは特化していたという話。それが数々の激闘や、魔王ブート・キャンプで鍛えられた。そこにミスリル短剣の効力も加算され、かなりの力を発揮するようになった」
「言われてみると、そんな気がしてきた──」
などと会話をしている間に、頭上から手斧の第2撃が降って来た。
レイは改めて、短剣を鞘から抜き放ち、巨大な斧刃を弾き返す。
軽々と。
「ふむ。巨人だからといって、恐れることはないな。パワーだけが売りじゃないか。そして肝心のパワーも、クルニアあたりと比べたら、軟弱なものだ」
レイの言葉が理解できたとは思えないが、アレルギー巨人が激怒する。
ミケが面白そうに言う。
「レイ君。怒らせてどうするの」
レイは改めて指示した。
「よし、走れ、走れ! こんな階層、とっとと出るぞ!」
いまやアレルギー巨人だけでなく、ほかの巨人たちも、レイたちを狙いだしていた。
珍しい獲物ということで、標的にされているらしい。
レイは、高みから振り下ろされてくる攻撃を、すべて短剣で弾き返していく。
やがて、ある感覚が体内で起こった。スキル発動が可能、という感覚だ。
「だいぶ、この短剣にも馴染んできたからな。いけそうだ」
MPが切れかかっているといっても、まだ底を尽いたわけではない。
〈魔装〉や〈翔炎斬〉といった、強力な必殺技スキルを放つことはできないが。
「〈茨道改〉くらいなら、いけるか」
ハンマーを武器にした巨人が、レイに攻撃を仕掛けて来た。
レイは、その巨人の足元へ滑り込み、短剣で〈茨道改〉を放つ。
刹那、放たれた斬撃が、巨人の右足首を切断。
その巨人は後ろに倒れ、近くにいた2体も巻き添えにした。
巻き添えで倒された巨人たちが、足を切断された巨人を殴り出す。
これがキッカケとなって、またも巨人同士での争いへと戻っていった。
おかげで、レイ達は悠々と、深度25階層を突破できたのだ。
その中でも、レイは一考する。
すでにリボルザーグの縄張りということは、いまの巨人たちも、リボルザーグが管理しているのだろう、と。
(絶滅したはずの巨人どもを、保護している。というより、放し飼いにしている、のか? どういう奴なんだ、リボルザーグとは?)




