115話 【螺界】探索行④~深度68階層に、『餌』を置かれる。
──レイ──
レイは驚愕の思いで、ミケの言葉を繰り返した。
「キャリバンが、1200年前の創設メンバーだって?」
ミケは肉球をぺろぺろしながら言った。
「そう、そう」
ミケの話が真実ならば、キャリバンは1200年前から生きていることになる。長命で知られるエルフでさえも、そこまでは生きられない。
(1200年といったら、不老不死のレベルじゃないか?)
レイは、ミケに尋ねる。
「お前は、キャリバンとは友人なのか?」
「うーん。友達とは言えないかなぁ。顔見知りではあるけど。ミケも、この【螺界】施設には長くいるからね。ここはさ、見たとおり人が少ないから。自然と、交流関係は限定されてくるわけだよ」
「たしかに、がらんとしているな。これほどの規模にする必要があったのか?」
「遠い昔は、もっと賑わっていたようだよ。《削除日》に、99%の人員がいなくなったとか──昔、イーゼルがそんな話をしていたね」
レイは腕組みして、考える。
(《削除日》ということは、誰かが人員を、文字通り削除したということなのか?)
リリアスが会話に割って入る。
「いまは、【螺界】昔話をしている場合ではない。ベラルーシ団長を救出せねばならない」
レイはうなずいた。
「そうだな。おれを救出するため、ベラルーシという人は危険を冒してくれたわけだし。恩義に報いる必要がある」
「恩義云々は、どうでもいい。とにかく、ベラルーシに死なれては困る。ベラルーシ亡きあと、騎士団の実権を握るのは、いまの副団長。この副団長が、騎士団の方針を変えて、コヒムに寝返るとも限らない。不確定要素を排除するためにも、ベラルーシは必要」
「なんか、発想がシビアだな」
「これぞ、ラプソディお姉ちゃんの教え」
「……ラプソディ、幼女に何を教えているんだか」
リリアスが言いにくそうに話す。
「それでレイお兄ちゃん……報告しておかないといけないことがある……ラプソディお姉ちゃんは、いま行方不明」
「そうか……」
実のところ、レイはある程度は覚悟していた。
ラプソディの身に、何かよからぬことが起きたことを。
ラプソディが自由に動ける状況なら、真っ先に救出に来てくれたのは、彼女だったはず。結婚してから、ずっと助けてくれていたように。
そうと言い切れるのが、夫婦の絆というものだ。
しかし、ラプソディは来なかった。
それができない状況だからだ。
「リリアス。ラプソディなら、大丈夫だ。ラプソディが、負けるはずがない。それでも、万が一のことがあったというのなら──今度は、おれ達がラプソディを助けに行けばいい」
リリアスは強くうなずいた。
レイ、リリアス、メアリ、ミケの3人と1匹は、隣の部屋に戻った。
キャリバンは先ほどと同じく、ひじ掛け椅子に腰かけている。
一行の代表として、レイが口を開いた。
「キャリバン。もう一度だけ、手を貸してもらいたい。だが、その前に、明かさねばならないことがあるんだ。やはり、フェアにいきたいからな。あんたの息子だが──」
キャリバンが訂正を入れる。
「遺伝学的には、だ」
「……遺伝学的の息子だが。彼は〈地獄梟〉と名乗り、暗殺業を行っていた。それで結論を言えば──おれの嫁に、殺された」
キャリバンの表情からは、哀しみや怒りは読み取れなかった。
ただ溜息をついただけだ。
「余の遺伝子構造を基に作られたのが、ジャスだ。すなわち、其方らの言う、〈地獄梟〉なる男のことだ。そして、ジャスは失敗作だった。余の能力を、一つも受け継がなかったからな。ただし、右腕の〈虚無手〉だけは、悪くない出来だったが──とにかく、ジャスは25年前、この施設を出て行った。そのあと暗殺業に手を染めていたとは、知らなかったが」
「……息子というのは、そういう意味だったのか」
レイは考える。
〈地獄梟〉は、人間と魔族のハーフだったはず。
では、このキャリバンという男も?
キャリバンは尋ねてきた。
「ジャスは死んだという話だが、〈虚無手〉はどうなった?」
「遺体は冒険者ギルドが火葬したはずだ。〈虚無手〉も、そのとき灰になっただろう」
レイは、そう答えた。
この場にいるメンバーの中に、〈虚無手〉がオルに移植された事実を知る者は、いなかった。
「それで、キャリバン。手を貸してくれるか? ベラルーシという男が、この施設内で迷子だ。生きているのなら、見つけ出したい」
「よかろう」
キャリバンが、大義そうに片手を持ち上げる。
その手には、円盤状の物体がのっていた。
ふいに円盤から、ホログラムが投影される。
ホログラムは、この【螺界】施設のMAPだった。
しかし、深度1階層~深度99階層までしか表示されていない。
キャリバンが指先を動かすと、MAP上のある一点がズームされた。
深度68階層だ。そこに輝点がある。
「この輝点が、ベラルーシという男を示している」
メアリが疑わしそうに言う。
「わたし達が別れたときが、深度1階層だった。それから、まだ1時間も経っていない。果たしてベラルーシ団長に、深度68階層まで降りる時間はあったのか? そもそも、なぜベラルーシ団長は、そんなところまで降りたのか?」
レイはメアリの疑問を受けてから、念押しするように言った。
「キャリバン。本当に、68階層にいるのか?」
キャリバンは淡々と答える。
「余の言葉を信じろ。ベラルーシは、68階層にいる」
「──分かった。その装置を借りていいか」
レイは、MAPを表示する装置を受け取った。
「行くぞ、みんな」
それから、キャリバンの部屋を出る。
しばし通路を移動したところで、痺れを切らした様子で、メアリが尋ねる。
「スタンフォード殿。いまのは、どういうことなのだ? ベラルーシ殿は、本当に68階層にいるのだろうか?」
「ああ。ベラルーシが68階層にいることは、間違いないだろう。キャリバンは、虚偽を口にしてはいなかった。それと同時に、ベラルーシを68階層に送り込んだのは、おそらくキャリバンだ。そうだろ、ミケ?」
ミケは、困ったように首を傾げる。
「うーん。キャリバンの考えは読みづらいからなぁ。でも、そうかもね。ちなみに、深度68階層なんかは、もう別の〈管理者〉の縄張りだからね」
「もしかして、3人の〈管理者〉同士は敵対しているのか?」
「まあね」
「まずいな。おれ達は囮にされるのかもしれない」
メアリが問いかける。
「スタンフォード殿、どういうことだ?」
「キャリバンと敵対している〈管理者〉の身になって、考えてみろ。部外者のおれ達が、自分の縄張りに侵入してきたら、当然、意識はそちらに向けられる。その隙に、キャリバンは何らかの工作を行える。敵対している〈管理者〉──ミケ、そいつの名前は?」
ミケは、どことなく暗い声で言った。
「リボルザーグだよ」
「そのリボルザーグとやらに」
メアリは難しい表情で言う。
「では、深度68階層にベラルーシ殿がいる、というのも虚偽では?」
「いや。おれたちを利用するためには、ベラルーシという餌は本物でなくてはいけない。だからこそ、68階層にベラルーシはいるんだ。どのような形でいるのかは、分からないが」
ここまで議論に加わらなかったリリアスが、ぴしゃりと言う。
「ベラルーシを救出せねば、リリアスたちは前進できない。ならば、深度68階層に向かうしかない。たとえ、敵地だろうとも!」
レイは同意の印にうなずいた。
「そうだな。それでミケ、リボルザーグというのは、どんな〈管理者〉なんだ?」
ミケは、尻尾を足のあいだに巻き込んだ。実家の猫も、恐怖しているとき、こんなポーズを取ったものだ。
そしてミケは答えた。
「昔、イーゼルとキャリバンが、リボルザーグについて話したことがあってね。2人は、同じ意見だったよ。つまりね、ある意味では、この世で最も恐ろしい存在。それが、リボルザーグだとさ。レイ君たちが向かおうとしているのは、まさしく死地」
「……ミケ。お前、もう少し、士気の上がることは言えないのか」
 




