114話 【螺界】探索行③~ラプソディの王配。
──レイ──
先ほど確認したとき、そのひじ掛け椅子には、誰もいなかった。
それが今は、男が腰かけている。
レイより少し年上の男だ。特徴的な顔立ちで、紫と赤の混じった髪が目立つ。
レイは写真を示した。
「あんたが、〈地獄梟〉の父親なのか? 年齢的にあわないと思うが?」
暗殺組織〈梟の庭〉四人衆の一人だったのが、〈地獄梟〉。
最終的に、ラプソディに殺されたが。
(そこは黙っておこう……)
ひじ掛け椅子の男は言う。
「遺伝学的には──息子といえる」
レイは、聖剣エクスカリバーの切っ先を、男に付きつけた。
「まて。そんなことは、どうでもいい」
「其方から尋ねてきたはずだが」
「……それより、メアリ王女を連れ去ったのは、あんただな。返してもらおうか」
「自己紹介をしておこう。余は、キャリバン。其方が探している男だと思うが、どうだろうか?」
「あんたが──キャリバン」
ミケは、キャリバンならばリリアスを助けられる、と言った。
しかし、本当にこの男を信じて良いものか。
レイが悩んでいると、腕の中でリリアスが激しく痙攣した。
選択肢はなさそうだ。
レイは、優しくリリアスを床に寝かせた。
「あんたなら、この子を助けられるのか?」
「造作もない。〈摘出〉」
キャリバンが右の指を、空中で動かす。
すると空間に小さな裂け目が生まれ、一匹の蟲黑蟲が引きずり出された。
「その蟲黑蟲は──」
「そこの子供の脳内に居座っていた、虫けらだ。ちゃんと駆除してくれたまえよ」
レイは、聖剣の剣身で蟲黑蟲を叩き潰そうとした。
だが、聖剣は空間に停止して、動かない。
どうやら、蟲黑蟲潰しに使われるのが嫌らしい。
レイは靴で蟲黑蟲を踏み潰しながら、呟いた。
「聖剣というのは、思っていたより、自我を持っているものだな」
「聖剣は所有者のもとで成長する。そのため所有者の性格に似るものだ」
「なるほど」
レイは納得した。
たしかに聖剣エクスカリバーが醸し出す雰囲気は、リリアスに似ているような。
「それで、メアリ王女は?」
「老婆心ながら、あまり彼女が王女であることを、喧伝するべきではない」
「……じゃあ、ただの娘さんのメアリは、どこだ?」
「隣の部屋にいる。気絶していたので、寝かせてある」
「隣?」
キャリバンが指さした先には、ただの壁しかない。
そう思ったとたん、扉が現れた。
(空間を操るタイプの魔導士か。敵に回したら、いちばん厄介なタイプだな──)
「レイお兄ちゃん?」
レイは、足元から呼びかけられ、視線を下した。
リリアスが、つぶらな瞳で見上げている。
正気に戻ったようで、異常は見られない。
レイはリリアスを抱き上げた。
「良かったなぁ、リリアス。治ったんだな」
リリアスを下す。すると聖剣エクスカリバーが浮き上がり、リリアスのもとへ。
リリアスが柄を握ると、一仕事終えた聖剣は、異次元に戻った。
リリアスは、ホッとした様子だ。
「リリアスも、レイお兄ちゃんが無事で嬉しい。これから戦争が起こる。レイお兄ちゃんにも、よく働いてもらう」
「戦争だって? どこの国と戦うんだ?」
「メアリお姉ちゃん陣営と、王位簒奪者のコヒム陣営で」
「……内戦か。監禁されている間に、リウ国が分裂していたとは──まてよ。メアリ王女は、そんな大役を任されているというのに、こんな危ないところに来たのか」
リリアスは、メアリに関しては、あまりコメントしたくないようだ。
「そんなことよりも、レイお兄ちゃん。コヒムの裏では、アデリナが糸を引いている」
「アデリナ──ラプソディの姉か」
アデリナのことを考えると、レイは複雑な気持ちになる。
ラプソディは、アデリナと戦うことになるのだろう。
しかし、それは姉妹での殺し合いを意味する。それは悲しい戦いだろう。
さらにレイには、アデリナに命を助けられた過去がある。
アデリナにとっては、ただの気まぐれだったのだろうが。
リリアスは周囲を見回した。
「ん? メアリお姉ちゃんは?」
「隣の部屋にいるらしい。それと、彼はキャリバンさんだ。お前を助けてくれた人だぞ」
キャリバンについて、レイはまだ信用してはいない。
キャリバンのような男は、腹に一物あるものだ。
とはいえ、リリアスを助けてくれたのも事実。
リリアスは、キャリバンに頭を下げた。
「リリアスは、感謝の意を示す」
レイも頭を下げる。
「おれからも感謝したい。ありがとう」
キャリバンは片手を上げた。
「礼には及ばない」
レイとリリアスは、隣の部屋に入った。
キャリバンの言ったとおり、メアリは寝台に寝かされていた。
リリアスが近づくと、メアリがパッと目覚める。
「幼女の香りがするではないか」
それから起き上がり、リリアスを見つけるなり、抱きしめた。さらに頬ずりする。
「おお、我がリリアス! 元気になったのか!」
レイは心配になった。
この王女とリリアスを一緒にさせていて、大丈夫だろうか、と。
「まぁ、これで全員、無事ということだ」
黒い影が跳んで来て、レイの右肩に着地した。
「ミケを忘れてもらっては困るよ!」
「ミケ。蟷螂甲冑を倒したのか」
ミケは毛づくろいを始めながら、答えた。
「当然だね。あのあと3体追加されたから、殲滅に時間はかかったけどね」
リリアスが慌てた様子で言う。
「しまった。重要な手駒のことを忘れていた! 王国騎士団を動かすためには、彼が必要!」
メアリが呆れた様子で言う。
「リリアス……そこは手駒ではなく、ベラルーシ団長と呼んでやったらどうだ」
レイは驚いた。
「まさか、王国騎士団の団長まで来ているのか? 一国の王女だけでなく、騎士団の長までが? なんて無茶苦茶なパーティ・メンバーだ」
メアリが付け加える。
「もう一人、ヒーラーの者がいたのだが、残念ながら命を落とされた」
レイの中で、恐怖が膨れ上がった。
「……そのヒーラーというのは」
リリアスは、レイの感情を読み取ったようで、素早く言う。
「サラお姉ちゃんではない。サラお姉ちゃんとは、『運命の日』以来、会ってはいない。いま、どこにいるのか謎」
レイは胸を撫で下ろした。
行方不明というのは心配だが、少なくとも犠牲にあったのは、サラではなかった。
(命を落としたというヒーラーは、気の毒だが──)
「『運命の日』か。討伐パーティから襲撃を受けた日のことだな……それで話を戻すと、ベラルーシ団長とは、どこで逸れたんだ?」
「この施設に侵入してすぐ。まず、白衣の男の幻が現れて──」
リリアスの言葉を遮るようにして、レイは言った。
「白衣の男──イーゼルと会ったのか。まぁ、会ったといっても、やはりホログラムだったようだが」
「ホログラム?」
「幻に似ているが、違うようだ。【螺界】の技術という話だが──」
レイはここで、改めて【螺界】について一考する。
鉤爪山脈の地下に、これほどの広大なる地下施設を造り出した。
それも建材に使われたのは、ヴィヲという最硬度の物質だ。
建造のため、どれほどの魔法が注ぎ込まれたのか。
それとも、魔法以外のものか。
たとえば、ホログラムと同系統の『技術』。
(そもそも、リウ国は【螺界】の存在を認識しているのか?)
ふとレイは、目の前に王族がいることを思い出した。
「メアリ王女。お尋ねするが、あなたは【螺界】を知っていたか? この地下施設を所有する組織のことだが」
「知らんな。ところで、スタンフォード殿。先ほどまではリリアスの一大事のため、大目に見ていたが」
「え?」
「臣民として、王女に接する、それなりの態度というものがあるのではないか? ため口は、どうかと思うぞ」
レイが答える前に、リリアスが言った。
「メアリお姉ちゃん。レイお兄ちゃんは、ルーファ国の王位継承者であるラプソディ王女の夫。ラプソディ王女が王位に就いたとき、レイお兄ちゃんの身分は王配となる」
メアリは値踏みするように、レイを見た。
「とすると、我々はお互い、ある意味では国家を背負ってここにいるわけだな」
レイは唖然とした。
ラプソディが魔王位を継げば、レイの立場も変わる。それは承知していたが──。
それを前提として、リウ国の王女と接することになろうとは。
「……おれが言えることは、アレだ。リウ国とルーファ国は、友好関係を築くべきだろう」
メアリは、我が意を得たりという表情だ。
「わたしも、それには賛成だ。しかし、我々が同盟国となるためには、数多くの障害があるだろう。まず、わたしは玉座を取り戻さねばならない。王位簒奪者の兄、コヒムからな」
「何かと大変だな」
「そのためには、王国騎士団を動かせる手駒が必要となる」
リリアスは、幻滅した様子で言う。
「メアリお姉ちゃん。ベラルーシ団長を手駒あつかいとは、酷すぎる」
「なっ! リリアスが先に言ったのだぞ!」
このときミケは、レイの肩の上で、いまだ毛づくろい中だった。
そんなミケに、レイは尋ねる。
「ベラルーシ団長の現在位置とか、分かるか?」
「キャリバンなら、分かると思うよ」
キャリバンは隣の部屋にいる。
こちらの会話を盗み聞かれている可能性は、高い。
「キャリバンとは、何者なんだ? 〈管理者〉の一人と言っていたが?」
ミケは毛づくろいを終えて、満足そうだ。
「〈管理者〉とは、1200年前、【螺界】を創設したメンバーのことだよ」




