113話 【螺界】探索行②~非常時とかは、王女をバカ呼ばわりしても、許される。
──レイ──
【螺界】施設の深度14階層。
ロックされた扉と、防御壁の間の通路に閉じ込められた。天井からは、水が流れ込んで来る。
密閉された通路内を水が満たせば、溺死は確実。
しかも、リリアスは暴走し始めた。脳内に潜り込んだ、蟲黑蟲のせいだ。
レイは考える。これを絶体絶命と言わずして、何を言うのだろうか、と。
メアリがロックされた扉を指さして、言った。
「スタンフォード殿! この扉、通路などとは質感が異なるようだ。もしや、建材はヴェヲでないのではないか?」
レイは、ハッとした。
(ロックされた扉がヴェヲ建材でないのならば、破壊も可能か?)
レイは、〈風殺剣〉を放った。ロック扉に斬撃が当たるなり、大きな疵ができる。ヴィヲ建材では起こりえぬ現象だ。
「いいぞ。この扉は、破壊可能だ」
ただし、いまのレイでは破壊できない。MPがほとんど無いため、〈風殺剣〉は放てても、〈魔装〉は発動できないからだ。
『〈魔装〉+〈風殺剣〉』による攻撃力ならば、破壊も可能だったかもしれないのに。
「いまのおれでは、攻撃力が足りない」
「スタンフォード殿。リリアスの聖剣を奪って、使ってはどうだ?」
レイは素早く考える。
「いや、聖剣なら、所有者以外は使えない。所有者から許可を得られれば、別だろうが」
肝心の所有者であるリリアスが、正気を失っているのが、現状だ。
「だが、メアリ王女。聖剣を使う、というのは悪くない案だ」
「うむ。伊達に王女ではないからな──しかし、どうするのだ?」
このとき、すでに水嵩は膝まで達していた。だいぶ動きづらくなっている。
「リリアスに聖剣スキルを発動させ、扉を壊す」
「しかし、リリアスは正気ではないから、スキルを放つよう頼むことはできないのだぞ──まさか?」
「ああ、それしかない」
いま、リリアスは聖剣エクスカリバーを片手にして、立っているだけだ。暴れたのは一瞬で、すぐに静かになった。意識はないだろう。
レイは、リリアスへ水をかけた。
「どうだ、ほら」
メアリが呆れた声だ。
「スタンフォード殿、水遊びをしている場合ではないぞ」
「バカ。リリアスを刺激して、聖剣スキルを発動させようとしているんだ」
一刻の猶予もない事態のため、レイは自国の王女を『バカ』呼ばわりしたことに気づかなかった。
実は、メアリは気づいたが、大人の対応で不問に付したのだ。
レイは、手を止める。
「水をかけられたくらいでは、刺激にならないか。仕方ない。メアリ王女、短剣を貸してくれ」
「何をするつもりだ?」
「脳内の蟲黑蟲のせいで、リリアスは正気を失っている。だからこそ聖剣は、所有者のリリアスを守ろうとするだろう。つまり、リリアスを攻撃しようとすれば、聖剣が反応する。そうやって聖剣スキルを発動させるしかない」
メアリは躊躇いがちに、短剣を差し出した。
「決して、リリアスを傷つけないように」
「もちろんだ。メアリ王女は、発動される聖剣スキルに当たらないよう、気を付けてくれ」
レイは、受け取った短剣を鞘から抜いた。
このとき水嵩は腰まで達していた。
レイは、リリアスの近くまで移動。
短剣の切っ先を向けて、突こうとした。
刹那、リリアスが握る聖剣が動き、短剣を弾いてくる。
さらに聖剣の刃が、高出力エネルギーを纏いだす
レイは後ろへ跳んだ。
「メアリ王女、来るぞ!」
聖剣が水平に一閃され、強烈な斬撃が放たれる。
「王女、かがめ!」
屈んだレイとメアリの頭上を、斬撃が通過。そしてロック扉に激突。
斬撃は、ロック扉を向こう側へと、吹き飛ばしてしまった。
レイは驚嘆する。
(なんて威力だ。〈翔炎斬〉並みだぞ──)
「あ、しまった」
ロック扉が吹き飛んだことで、通路の水が一気に、隣の区画へと流れ込みだしたのだ。
レイは水圧に耐えたが、メアリは倒され、流されて行ってしまった。
「王女──!」
ふいに殺気を感じ取り、レイは身を伏せた。
その頭上を、聖剣の刃が通過する。
とっさに伏せていなかったら、首を刎ね飛ばされていたところだ。
(まずい。刺激しすぎたか)
さらに聖剣が、レイへと襲いかかってくる。
一方、リリアスは柄を握っているだけで、意識は喪失したままだ。
聖剣の強烈な斬撃を、レイは短剣で受け止めていく。
(おかしいな──斬撃を捌くのが、簡単すぎるぞ)
ラプソディと出会ってから、レイは格段にレベルUPした。
とはいえ、いまの武器は人から借りた短剣だ。それで、聖剣の斬撃を軽々と弾いている。
ここまでレベルUPした覚えはない。
レイは、ようやく気付いた。
この短剣自体に秘密があるのだ。
(この短剣の剣身は──魔法金属か。おそらくミスリルだな。どうりで、おれの実力以上のものが出るわけだ)
レイが感心していたところ、聖剣の動きが止まった。
リリアスの体調が急変したためだ。
聖剣が所有者を守ろうとしても、その所有者が危篤では意味がない。
いまやリリアスは、全身を激しく痙攣させ、悲鳴を上げている。
とっさにレイは、リリアスの下あごに指を当て、軽く上げた。これで、痙攣によって舌を噛まないはずだ。
「メアリ王女、手を貸してくれ! おい、王女……?」
レイは、隣の区画に視線を向けた。
メアリは、激流に飲まれて、そちらの区画へと押し流されてしまった。そして、いまは返事がない。
レイの位置からでは、メアリの姿が確認できない。
「メアリ王女!」
やはり返事はない。
レイはリリアスを抱きかかえ、警戒しつつ、隣の区画へ入った。
その先にも通路が伸びているが、ここらの光源は弱い。おかげで視界良好とはいかない。
それでも、レイは目撃した。
何者かによって、メアリが引きずられていくのを。
メアリ自身は気絶しているらしく、抵抗していない。
メアリの身体は引きずられて、角を曲がって行った。よって連れ去っていく犯人の姿は、確認できなかった。
「まて!」
レイが走り出そうとしたときだ。
上方から、影が急降下してきた。
レイは横っ飛びで、影の直撃を回避。
「こんどは、なんだ」
現れたのは、深度10階層でも妨げとなった、甲冑を着た蟷螂の怪物だ。
ただし、10階層で遭遇したのとは、別個体。そうと分かるのは、甲冑の形状が違うためだ。
レイは、ゾッとした。MPが切れているのに、ミケでさえ手こずる蟷螂甲冑と、戦うはめになるとは。
そのときだ。
聖剣エクスカリバーがリリアスの手を離れ、レイの眼前へと漂って来た。
エクスカリバーは所有者であるリリアスを守るため、レイに使われる決意をしたようだ。
レイは、エクスカリバーの柄を掴んだ。
「任せろ。リリアスは必ず助ける」
ふいに聖剣スキルのリストが、レイの脳内を駆け巡った。
聖剣スキルならば、所有者のMPは関係なく放てる。
レイはリストの中から、最強の聖剣スキルを選び、発動。
「〈忌み嫌われし者を切り裂く刃〉!」
レイはリリアスを抱えたまま、〈忌み嫌われし者を切り裂く刃〉で、エクスカリバーを一閃。
蟷螂甲冑を一刀両断にする。
相性の悪さから蟲黑蟲の群れには敗北したが、やはり聖剣の威力は相当なものだ。
レイはそのまま、連れ去られたメアリを追う。
通路の角を曲がると、その先に扉があった。
これまでと違うのは、その扉が木製ということ。
扉を開けると、部屋に続いていた。
監禁部屋の殺風景さとは違って、この部屋には生活の温もりがある。木製の家具類があり、雑多な生活用品があちこちにある。
しかし、メアリの姿はない。
レイは警戒心を解かず、室内を見回した。
テーブルの上に、写真立てがあった。
写真は、念写魔法によって撮られる。王都でも、念写魔法に特化した魔導士が、撮影スタジオを運営していた。
レイが注意を引かれたのは、一枚の写真だ。
その写真には、少年が写っていた。両手が異様に長い、いびつな少年が。
(これは……子供のころの〈地獄梟〉か?)
「その子は、余の『息子』だ」
背後からそう言われ、レイは後ろを振り返った。




