103話 吸血鬼と守護獣。
──リリアス──
王国騎士団の原型は、〈大鷲の騎士団〉という。
かつてリウ国には、複数の騎士団があった。その中、この〈大鷲の騎士団〉が、他の騎士団を併呑していき、今の姿になったという。
そして、王直属の騎士団となった。
リリアスは、小首を捻る。
「それなのに、国王ポップスターを守ることができなかった?」
メアリが答える。
「うむ。実は、崩御された国王オーウェンと、いま王国騎士団を統べる15代目団長ベラルーシは、不仲らしくてな。それと、リリアス。国王の名を知らぬからと、適当に呼ぶな。誰だポップスターって」
リリアスは、(死んだ国王の名前など、テキトーで良し)、と判断。
しかし、ベラルーシという騎士団の団長は、別だ。
現団長と不仲というだけで、騎士団全体が国王の危機を無視した。
それだけ団長ベラルーシの、騎士団内での影響力は圧倒的。
「メアリが、ベラルーシを屈服させる。これで騎士団そのものが、メアリの麾下に入る」
メアリは疑わしそうだ。
「簡単に言ってくれるなよ、リリアス。ベラルーシの実力は、相当なものと聞く。それに『屈服させる』というが、具体的にはどうするのだ?」
「メアリ王女が、ベラルーシをボコる」
「……」
王国騎士団の本拠地は、キリガ要塞という。有事には軍事拠点となる。
リリアスは、(好都合きた)と思った。
メアリがベラルーシを屈服させた後は、メアリ陣営の主力戦力を、キリガ要塞へと移すのだ。
というのも、いまリリアス達がいるベルグは、城郭都市とは名ばかり。周囲を囲う防御壁は頼りなく、守りの要にはなり難い。
また、コヒムの軍勢がベルグに攻め入っては、無関係の市民も巻き込まれる。
ならば、いっそメアリ軍をキリガ要塞へと移してしまえば良い。ベルグが攻め込まれる理由がなくなるからだ。
こういう戦略は、他国の軍相手では取れない。他国軍ならば、守りのなくなったベルグは落とされ、市民は奴隷にされるところだ。
リリアスは色々と考えたが、取らぬ狸の皮算用かも、とは思わなかった。
メアリがハッとする。
「まて、まて。さすがに、わたしの独断では決められぬ。サトやボール侯爵とも相談しなくては」
「リリアスは、お部屋で待っている」
数十分後。リリアスが昼寝していると、話し合いを終えたメアリが戻って来た。
「我がリリアスよ。なぜか、2人には猛反対されたのだが」
リリアスは欠伸しながら思う。
(賛成してもらえると思っていたとは、このロリコン王女が)
それから、窓を指さした。
「夜になったら、抜け出す」
メアリは、あんぐりと口を開けた。
「一応、わたしはこの勢力の旗頭なのだぞ。それが勝手にいなくなったら、皆が困るだろう」
リリアスは、溜息をついた。
「メアリ王女。騎士団の戦力がなければ、どうせコヒムには負ける。よって、現状維持ならば、そもそも旗頭に意味はない」
メアリは、はじめショックを受けた様子だった。
だが、すぐにリリアスを抱き上げて、頬ずりし出す。
「さすが、わたしの宰相だ。なんと的確な指示だろうか。よし、一緒にお風呂に入ろう」
リリアスは暴れながら思った。
(100年生きてきて、初めての貞操の危機……)
その夜、リリアスとメアリは、ボール侯爵邸を抜け出した。厩舎から馬を一頭盗み、2人乗りで移動。
城郭都市ベルグから出るときが、難しかった。出入りの門には、すべて見張りが付いている。
そこでメアリは、衛兵の一人を買収し、脱出に成功した。
馬上でリリアスは呻いた。
「はした金で買収される衛兵……ベルグの守備は、やはり不安すぎる」
メアリも溜息まじりに同意。
「まったくだ。今回は、おかげで助かったが。まあ、気を取り直そう。我がリリアス、目指すキリガ要塞までは、馬で2日の距離だ」
翌日の、昼すぎ。
馬で移動しながら、メアリが東のほうを指さして言う。
「あの雑木林の向こうに、白壁が見えるだろう?」
馬上で転寝していたリリアスは、目覚めてから、白壁とやらを見た。
「ん」
「古代神殿ルマだ。冒険者ギルドが壊滅していなければ、来月にも、ルマの探索クエストが行われただろう」
リリアスとしては、古代の神殿などに興味はなかった。
ただ視力の良いリリアスは、白壁の上を、黒い影が飛んで行くのを見た。
蝙蝠のようだ。
(ふむ……昼間に蝙蝠とは)
※※※
──ルティ──
ルティは、古代神殿ルマの敷地内に入ったところで、蝙蝠化を解いた。
ヒトの姿に戻ってから、周囲を観察する。
まず厳密には、まだ神殿ではない。神殿を中心にして造られた、小さな都市の中なのだ。神殿都市といったところか。
白亜の建物が、碁盤の目状に並んでいる。
そして中央に、ひときわ大きな建造物がある。
この建造物こそが、中核たるルマ神殿だ。
守護獣も、この神殿の中にいる。
神殿の入口前には、2体の巨像があった。高さ10メートルほどで、剣を持つ、英雄の巨像だ。そこからは魔力が感じられる。
トラップだろう。
近づけば巨像は動き出し、侵入者を攻撃するのだ。
いわば、守護獣の前座だ。
ルティは刀を鞘から抜いた。
かつては〈砂漠梟〉が装備していた、オリハルコンの妖刀〈鬼月〉を。
「うむ。血昼食後の運動でもするのじゃ」
5分後。
2体の巨像の残骸の中、ルティは立っていた。呼吸を整える。
想像通り、近づくなり巨像は動き、剣で攻撃してきた。歯ごたえはあったが、ルティの敵ではなかった。
とはいえ、ルティもその先へと進むつもりはない。
守護獣が相手では、たとえルティでも瞬殺されるのが落ちだ。
ルティの役目は、下見にあった。
最悪のシナリオである、守護獣との決戦に備えて。
守護獣と戦うことになったら、こちらもフル・メンバーで挑むことになるだろう。
ルティ、エトセラ、トルテの『死人の軍』、マラヴィータ。
そして、魔王アデリナ。
だが、〈聖白石〉さえ入手できれば、話は別だ。守護獣と戦う必要はなくなる。
〈天蘭石〉、〈雷護石〉、〈浮遊石〉、〈闇翠石〉、そして〈聖白石〉。
この5種類の魔石が揃っていれば、守護獣をコントロールすることができるのだ。
〈天蘭石〉は、ベル墓地内にあった。
ある貴婦人の棺の中に、納められていたのだ。
アデリナは、ゾンビ・マスターのトルテに、〈天蘭石〉を持って来させた。
そのさいトルテが、〈天蘭石〉の貴婦人をゾンビ化したため、ベル墓地でのゾンビ討伐クエストが発生した。
〈雷護石〉は、暗殺組織〈梟の庭〉が所持していた。
また〈浮遊石〉のほうは、冒険者ギルドが闘技大会より入手。
冒険者ギルドと〈梟の庭〉。両陣営とも、魔石を集めていたわけだ。
そこにアデリナが現れ、両陣営から頂戴することにした。
〈雷護石〉は、〈梟の庭〉本部を襲撃したエトセラが、奪取。このとき、〈梟の庭〉の〈四人衆〉を、ラプソディが片付けてくれたので、楽だった。
〈浮遊石〉は、冒険者ムジャルから、アデリナが譲ってもらった。
そのさいアデリナは、ムジャルと取引をしたらしいが、ルティは内容を知らない。
〈闇翠石〉は、魔王サイラスの玉座の手すりに埋められていた。
アデリナが、父であるサイラスを殺すことで、〈闇翠石〉も手に入れた。
こうして、残る魔石は〈聖白石〉だけとなったのだ。
だが現在、〈聖白石〉の所有者であるサラは、姿をくらましている。
〈聖白石〉がないと、5種類の魔石が揃わない。このままだと、守護獣と戦うハメになるわけだ。
ルティは溜息をついた。
「アデリナに付いて行くのも、大変なものじゃなぁ」
ルティはさらに一歩、守護獣のいる神殿へと近づいた。
ふいに好奇心が沸き起こる。
守護獣とは、どういう姿をしているのだろうか、と。
冒険者ギルドのパーティは、何度か守護獣と戦っているそうだ。
殺された聖騎士ダッドソンが、生前、そう説明していた。
だが、守護獣の姿は記録されていない。
どうやら古代神殿には、忘却の魔法がかかっているらしい。敗北した者は、たとえ生きて帰っても、守護獣の記憶を失っている。
だが、守護獣に勝利したパーティも、少なからずいたはずだが──
気づけば、ルティは神殿の入り口に立っていた。
太陽の光が、入口から内部を照らし出す。
そして、ルティは守護獣の姿を見た。
ルティは我が目を疑った。
(──なんじゃと? まさか、そんなことは有りえぬ。アレが守護獣のはずがない……だとしたら、根底からひっくり返ってしまう……このことを、早く知らせねば──)
※※※
ルティは、ハッとした。
雑木林の中にいた。古代神殿ルマの、すぐ外だ。
(……記憶が飛んでいるようじゃが?)
ルティが最後に覚えているのは、巨像を倒したところだ。そのあと、確か神殿の入り口まで足を運び──
ルティは頭痛に顔を歪めた。
(ダメじゃ。思い出せん)
ルティは思い出すことを諦め、蝙蝠と化し、帰還するため飛び立った。
最後にもう一度、古代神殿ルマを一瞥してから。




