101話 【螺界】のイーゼル。
──レイ──
レイは、特殊スキル〈魔装〉を発動。
漆黒鎧を装着して、闇黒騎士となった。
その状態で、〈風殺剣〉を放つ。
闇黒騎士になることで、〈風殺剣〉の斬撃も、通常時の6倍の威力となる。
しかし、それほどの斬撃でも、壁を破ることはできなかった。魔法コーティングでもされているのだろうか。
両手剣さえあれば、〈魔装〉状態からの〈翔炎斬〉を放てるのだが。
しかし、剣を取り上げられているため、発動できるのは手刀で放てる〈風殺剣〉だけだ。
MPの無駄遣いなので、レイは〈魔装〉を解除した。
それから改めて、自分が閉じ込められている部屋を、見回した。
狭い部屋で、あるのは寝台とトイレのみ。窓はないが、光源はある。
レイは寝台に横になって、これまでのことを思い返した。
王都ルクセンで、『包帯の者』に敗れた。
次に意識が目覚めたとき、レイはこの監禁部屋にいたのだ。
『包帯の者』から受けた致命傷は、治癒されていた。誰かが回復魔法を使ってくれたようだ。それには感謝しているが、なぜ監禁するのか。
現在、レイは焦りを感じている。ラプソディのことが心配だ。
ラプソディならば、負けることはないだろう。
それでも、妻の身を案じるのは、夫として自然なことだ。そして、パーティ・リーダーとして、仲間たちの無事も確かめたい。
(みな強いから、大丈夫だと思うが──)
レイは横になったまま、さらに考える。
どの疑問も答えが出ないと分かっていても、他にすることもない。
『包帯の者』に敗れたあと、どれくらい意識を失っていたのか。
この監禁部屋がある施設は、リウ国のどこなのか。
そもそも、この部屋で目覚めてから、どれくらい経ったかも不確かだ。
窓がないので、太陽の位置も分からない。
感覚としては、20時間くらいか。
不思議なことに、喉の渇きや空腹は覚えない。
唐突に、部屋のドアから、ガチャンという音がした。開錠されたようだ。
レイは立ち上がり、敵に備えて、〈魔装〉を発動した。
ドアが開き、白衣を着た男が入ってくる。
とたん、レイの〈魔装〉が強制解除された。
「これは──〈キャンセル〉か?」
白衣の男は溜息をつく。
「MPを消費しすぎたのだろう。自分の残存MPくらい、把握しておいてもらいたいものだ」
指摘されてみれば、そうだ。〈魔装〉は燃費が悪い。
白衣の男は、両手を挙げて、敵意がないことを示した。
「私の名は、イーゼル。君に危害を加えるつもりはない」
「閉じ込めておいて、それじゃ説得力はないな。あんたは、『包帯の者』の仲間なのか?」
「『包帯の者』? ああ、ムジャルのことか。ムジャルとは、仲間とは言い難いが、提携は結んである。ムジャルから君のことを聞き、届けてもらったというわけだ」
レイは、状況を整理しようとした。
だが、難しい。情報が少なすぎる。
「あんた達は、冒険者ギルドとは、関係がなさそうだな」
「関係はないよ。さらに言うなら、リウ国とも別口だ。我々は、【螺界】と呼称されている。創設された、その歴史は古い。リウ国の建国よりも、ずっとね」
「……」
レイは考える。
イーゼルの言葉が真実だとすると、【螺界】とは、国家の枠組みの外にある組織ということだ。
(【螺界】……聞いたことはないな。しかし、〈梟の庭〉やGODランクも、つい最近まで知らなかった。それを考えると、【螺界】なるものが存在していたとしても、おかしくはないのか)
レイは言った。
「【螺界】とやらがあると信じよう。その上で、尋ねる。なぜ、おれを閉じ込めている? なにが目的だ? おれを解放する気はあるのか?」
「質問が多いな。一つ目と二つ目の質問には、答えられない。最後の質問だが、君を解放する気は、いまのところない──と、私がこう答えたら、君はどうする?」
「ならば、強硬突破だ!」
レイは、イーゼルに飛びつこうとした。イーゼルを人質に取り、脱出しようというのだ。
ところが、イーゼルの身体を通り過ぎて、レイは通路に転がってしまった。
「なんだと、実体がない? そうか。あんたの姿は、魔法が作りだした幻だったのか」
ふと見ると、通路には球体が浮かんでいた。大きさは、直径20センチほど。
球体からの光線が、イーゼルの姿を作り出している。
イーゼルは、レイのほうを向いた。
「幻のようなものだが、魔法とはまた異なる。古代種族の遺物から、我々がサルベージした『技術』だ。私は、ホログラムと呼んでいる」
レイは気を取り直した。
イーゼルは人質に取れないが、部屋からは出られた。通路は左右に伸びている。人影はない。
「おれは、ここから出て行く。ホログラムとやらでは、おれを捕まえることはできないだろ」
レイが歩き出そうとすると、目の前まで球体が飛んで来た。
ホログラムのイーゼルが答える。
「悪いが、この球体の機能は、ホログラムを投影するだけが全てではないよ」
球体から発射されたのは、電撃だ。
レイの胸部に直撃した。
「ぐあっ!」
〈ライトニング・ブラスト〉並みの威力があった。
魔王ブート・キャンプの前なら、一撃で気絶していただろう。しかし、ブート・キャンプによって、レイの防御力もUPしている。
魔王城の攻略中にパーティから追放された、あの頃とは違うのだ。
レイは踏みとどまり、〈風殺剣〉を放った。斬撃で、球体を真っ二つにする。
とたん、イーゼルのホログラムも消えた。
(いまのうちだ)
レイは走り出す。
通路の先に、新たなドアが見えて来た。
そのときだ。
通路脇の穴から、猫が飛び出して来た。
三色の毛の猫で、レイの横腹にぶつかった。
その衝撃で、レイは壁に激突する。いまの一撃は、まるで破城槌を食らったかのようだ。
(冗談だろ……猫がぶつかっただけなのに、なんて攻撃力だよ?)
その猫は着地するなり、朗らかに話し出した。
「初めまして! ミケだよ!」
「……」
レイは唖然とした。
魔獣の中には、ヒトの言葉が分かる種もいる。ただ、それでもヒトの言葉は話さないはずだ。
ましてや、目の前にいるのは、ただの猫だというのに。
少なくとも、見た目は。
「レイ君、レイ君。大人しく、さっきのお部屋に戻ってよ」
レイは立ち上がった。ミケという猫を見下ろす。
「嫌だと言ったら?」
ミケの目が光った。
「レイ君の両手足をへし折ってから、監禁部屋に運ぶよ。その後で、【螺界】専属のヒーラーを呼んであげるから、安心してね」
「ふざけろ!」
レイは、ミケの上を跳び越そうとした。
刹那、嫌な音とともに、両手足がへし折れる。
「バ、バカな──」
そのままレイは床に転がった。
ミケが言う。
「ミケは有言実行の猫さ」
※※※
──リリアス──
リリアスは、二度寝に失敗した。
ロリコンの襲撃を受けたのだ。
「我が幼女、リリアスよ! もう昼過ぎだぞ」
リリアスをベッドから引っ張り出すと、ロリコンは歯磨き洗顔を指示。
「着替えは、私が用意したぞ」
「……」
ロリコンであるメアリの趣味は、フリルが多すぎる。しかし、抵抗してもムダなので、リリアスは与えられた服を着た。
「喜べ。これから、王都奪還のため将軍たちが集まり、軍議を行う。我が従者リリアスも、参加が許された」
「……」
王都奪還といっても、他国の軍が制圧したわけではない。
国王が崩御し、さらに第一王子も死んだ。そのため第二王子コヒムが、リウ国王を名乗っている。
しかし、メアリが王位継承権を放棄していない以上、コヒムが正式に王位を継ぐことはできない。
そしてメアリに、放棄する意志はない。
かくして、第一王女メアリこそが正当なる王位継承者だ、とする者たちが集まった。
言うなれば、メアリ派閥だ。
リリアスとしては、リウ国の王に誰がなろうと、一向に構わない。
とはいえ、ラプソディ達の消息も不明。今は、メアリと一緒にいるしかない。
しかも、リリアスの不手際によって、メアリは姫騎士と崇められている始末。迂闊に放置もできないのだ。
リリアスは、思う。
(……気が重い)
リリアスとメアリが滞在しているのは、城郭都市ベルグ。そこのボール侯爵の邸宅だった。
いまやボール侯爵こそが、メアリ派閥の筆頭である。
ちなみに城郭都市ベルグの闘技場は、いまだ再建の目途が立っていない。冒険者パーティがクエスト中に、壊していったらしい。
リリアスはその話を聞いたとき、(ろくでもない冒険者たちがいたものだ)と、思った。
その『ろくでもない冒険者たち』が、ラプソディ達とは、当然ながら知る由もないリリアスだった。
二度寝を邪魔されたリリアスは、メアリに連れられ、会議室に向かった。軍議に出席するためである。
とはいえ、リリアスは興味がない。
会議室の隅っこで体育座りし、軍議を眺めることにした。
退屈な話し合いが、20分ほど経ったころだ。
突然、一人の将軍が奇声を上げ、長剣を抜いた。まず近くにいた者を、斬りつける。
それから発狂したように、叫び出す。
「メアリぃぃぃぃ! 殺すぅぅぅぅ!」
リリアスが推測するに、この将軍は、何者かに洗脳魔法をかけられたようだ。そして暗殺者に仕立て上げられた。
リリアスは思うのだ。
(軍議ひとつやるのも、命がけ)




