98話 王都脱出④~闇が集う。
──サラ──
王都の周囲は、高い防御壁で囲まれている。門があるのは、東西南北に一カ所ずつだ。
ただ、このメンバーならば、防御壁を跳び越えることが可能なので、わざわざ門を目指す必要はない。
ローラが先頭を行き、市民がいない通りを選んで、進んでいく。
サラは夜空を確認しながら、ローラの後ろを走っていた。星明りのもと、何度も見かけている影。
やはり蝙蝠だ。
ヴァンパイア王女ルティ自身なのか、またはルティの使い魔なのか。
ルティには、恐ろしい第二形態がある。『あれ』を王都内でやられたら、それこそ悪夢だろう。
並走するハニが言う。
「ようやく、防御壁が見えて来たね。サラ、抱き上げるよ」
「お願いします」
防御壁の高さからして、自力で跳び越せるのは、ハニ、クルニア、ローラ。それができないサラとルーシーは、仲間が抱きかかえることになる。
というわけで、サラのことはハニが、ルーシーはローラが担当。
パーティは速度を緩めることなく、防御壁を飛び越えて、王都の外へと出る。
ひとまず王都脱出の成功だ。
サラは、ホッとした。
戦闘への突入が避けられないのならば、王都の外が良い。市民の巻き添えを気にせずに済む。
(ですが、理想は撤退の成功ですが──)
いま最悪のシナリオとは、ここでサラ達が全滅することだ。その時こそ、アデリナの勝利である。
そのときだ。
一匹の蝙蝠が、サラ達の前へ、降下して来た。蝙蝠は瞬時に、ヒト型となる。
ルティの姿に。
「劣等種族ども、どこへ逃げるつもりじゃ?」
ハニが呻いた。
「うげっ。また、アイツだ」
今回もルティは、刀を装備していた。刀身がオリハルコン製のため、魔法障壁も安々と切り裂いてしまう代物を。
その刀を見たとき、ローラが激しく反応する。
「あなた──その刀を、どこで入手したのですか?」
ルティはローラを見やってから、刀を掲げた。
「これか? わらわがどこで得ようとも、そちには関係あるまい」
「関係は、あります」
ローラから殺気が放たれる。
瞬間、サラはあることを理解した。
冒険者ギルド本部で、サラはサラ先輩と共に、ローラと戦った。
ローラとて、意識的には手加減をしなかったはず。それでも、今のような殺気が感じられることはなかった。
それはもう、手を抜いていたのと同じことではないか。
そんなローラの周囲に、複数の剣が出現し、浮遊する。普段は異次元に保管してある剣が、戦闘時のみ、このように現れるわけだ。
その中から、ローラは大剣〈竜殺し〉を手にする。
「吸血鬼。あなたが装備しているのは、妖刀〈鬼月〉。そして、〈鬼月〉の正式な所有者は、私の友人です。彼女に、何をしたのですか!」
サラは、頭の中で整理した。
ルティが所持している刀は、以前は〈砂漠梟〉が持っていた。〈砂漠梟〉を殺したのは、ラプソディ。
その上で、〈砂漠梟〉だった者が、ローラの友人なのだとしたら。
(……ラプソディさんは、ローラさんの友人の仇、ということになります……よね?)
刹那、サラは〈ホーリー・アロー〉を、ルティへと放った。
ルティは妖刀〈鬼月〉を一閃させ、聖なる矢を破壊する。
「いきなり攻撃してくるとは、劣等種族は、これだから困るのじゃ」
サラは気にせず、〈ホーリー・アロー〉を連射した。
(〈砂漠梟〉の件、ルティに明かされてはいけません。最悪、ローラさんとラプソディさんが──)
「あっ! サラ、上だよ!」
ハニが警告しながら、サラの頭上へと〈ファイヤ・ブラスト〉を連射する。
サラはとっさに、前方へと身を投げた。
サラのいた場所に、小型犬が着地する。
エトセラだ。
ハニの〈ファイヤ・ブラスト〉連射を受けても、エトセラは傷一つついていない。防御力が異常だ。
「ワン、ワン! アタシは、怒ったよ! 棒を取ってきたのに、誰もいなかったんだからね!」
先ほど、サラは棒切れを投げ、エトセラの注意を引いた。
エトセラは犬の本能に従い、棒を取って来たわけだが──サラは当然、待ってはいなかった。それが激怒の原因らしい。
サラは〈天使の杖〉を構える。
エトセラは地を蹴って、サラ達から距離を取った。
すると、こんどは黒い龍が、猛スピードで飛来する。龍といっても、魔雲で造られた代物だが。
魔雲龍は着地するなり散り、マラヴィータが姿を現した。
クルニアは戦闘槌を肩にかける。
「5対3か。数的有利は、依然、こちらにある。サラ、戦闘を始めても構わないな?」
サラは、考える。
たしかに最悪のシナリオは、ここで自分たちが全滅すること。
しかし、最良のシナリオならば、どうか?
すなわち勝利だ。
そうなれば、アデリナの腹心を、3人も倒すことができるのだ。
サラが、戦闘開始を許可しようとしたときだ。
防御壁が粉砕され、直径5メートルの穴ができる。そこから新手が現れた。
その姿を見て、サラは驚愕する。
ベルグの闘技大会で、ラプソディを苦戦させた、あの竜人オルだ。
しかし、オルの様子はおかしい。
まず頭部の形が歪なのだ。まるで、破壊された頭部を、無理やり修復したような。
それに右の肩甲骨からは、第3の腕が生えている。第3の腕は、やけにリーチが長い。
ハニが警戒の口調で言った。
「オルは、ラプソディ様の前で死んだはずだよ! それにさ、アイツの肩甲骨から生えている腕だけど、ボクは見覚えがあるよ!」
サラは、ハッとした。
「そうです! あの第3の腕は、〈地獄梟〉の右腕──〈虚無手〉ですよ! 皆さん、〈虚無手〉には気を付けてください! 掴まれるだけで、その箇所が消滅させられてしまいます!」
ハニが呻いた。
「そうだよ。一度は、ボクの右足を消したんだからね」
サラは、竜人オルを観察していて、ある人を思い出した。
ジョンという名の冒険者だ。
サラがはじめて参加したパーティのリーダーが、ジョンだった。
ベル墓地でのゾンビ討伐クエストで、ジョンはゾンビにされてしまったのだ。
あのときのジョンに、今の竜人オルはよく似ている。
どうやら、オルの死体は盗まれ、ゾンビにされたようだ。
おそらく犯人は、ジョンをゾンビにしたのと、同じモンスター。あのとき逃がしてしまった、ゾンビ・マスターだろう。
アデリナは、ゾンビ・マスターも配下にしていた。そして、竜人オルをゾンビ化させ、〈地獄梟〉の〈虚無手〉まで移植したのだ。
(ですが、ゾンビならば、わたしの専門です!)
サラは〈天使の杖〉を、オル・ゾンビへと向けた。
「〈ゴッド・ヒーリング〉!」
ゾンビ化を解くことができるのが、〈エンジェル・ヒーリング〉以上の回復魔法だ。とくに、〈エンジェル・ヒーリング〉の上位魔法である〈ゴッド・ヒーリング〉ならば、その効果は絶大だ。
すぐさま、オル・ゾンビは死体へと戻るだろう。
ところが──
「そんな!」
ハニが怪訝な様子で言う。
「どうしたの、サラ?」
「オルのゾンビ化を解こうとしたのですが──いえ、解けはしたのです。〈ゴッド・ヒーリング〉によって、オルはただの死体に戻りました」
ハニは、オル・ゾンビを観察する。
オル・ゾンビは直立したままで、ボスの命令を待っているかのようだ。
「うーん。死体に戻った様子はないけど」
「はい。わたしが死体に戻した刹那、再びゾンビ化してしまったのです。再度のゾンビ化までの時間は、わずかコンマ数秒でした」
サラは理解した。
ゾンビ・マスターもまた、進化したということだろう。
ヒーラーにゾンビ化を解除されたときの対策を、ゾンビ・マスターは取ってきた。
シンプルながら、効果は絶大だ。
つまり、ゾンビ化を解かれたら、瞬時に再ゾンビ化するという対策を。
「これはゾンビ・マスター本体を、倒すしかありませんね」
だが、ゾンビ・マスターの姿は、この場にはない。どこか離れたところから、オル・ゾンビに指示を送っているのだろう。
すると、馬車サイズの魔雲が漂ってきて、オル・ゾンビの頭上で止まった。
この魔雲を操っているマラヴィータは、少し離れたところにいた。そして言う。
「これが必要だろう、死人よ」
魔雲から落ちたのは、魔改造されたキャノン・ランスだった。
それを、オル・ゾンビは受け取る。
生前のオルが装備していたキャノン・ランスは、ラプソディの〈ブラック・ホール〉によって飲み込まれたはず。
ということは、新たなキャノン・ランスということだ。
威力は、以前のキャノン・ランスと同じか、それ以上と見たほうが良い。
クルニアが再度、言う。
「サラ。戦って構わないのだな?」
サラは固唾を呑んだ。
このとき、サラ、ハニ、クルニア、ローラ、ルーシーの5人は、緩やかに集まっていた。
対して、ルティ、マラヴィータ、エトセラ、オル・ゾンビの4体は散会し、サラ達を囲んでいる。
こうなると、撤退にこだわることで、逆に犠牲が増えるかもしれない。
サラは決意した。
「皆さん、ここが正念場です。敵を殲滅します!」




