1話 巷では、『運命の出会い』とか、言うらしい。
魔王城の中盤で、男は愕然とした。
歳は22。良くも悪くも平凡な顔立ちに、草色の目をしている。
名前は、レイ。彼は、声を震わせて言う。
「まってくれ。いまのは聞き間違いか?」
勇者ルードリッヒは、首を横に振る。
「悪いな、レイ」
勇者とは、第2職業だ。冒険者ギルドに属し、8人以上のパーティを率いる者だけが、勇者を名乗ることができる。
このパーティでは、ルードリッヒがそれだ。
ちなみにルードリッヒの第1職業は、Sランクの魔導士。
一方、レイの第1職業は、戦士だ。パーティ内では前衛を担当する。
ランクは最低のF。
だが攻撃力には自信がある。攻撃力だけならば、Aランクにも引けを取らないほどだ。
問題は、防御力がほとんど無いことだ。ゴブリン如きの一撃でも、瀕死の致命傷を受ける。そのたび、後衛のヒーラーに回復魔法をかけてもらうのだ。
まだ、敏捷性がそれなりにあれば、良かったのだが。防御力ほどではないが、敏捷性もとても低い。これでは、敵からの攻撃も滅多に回避できないわけだ。
そんなレイが、お荷物とされたのが、魔王城を進んでいた時のこと。
防御力の低いレイは、常時、回復魔法を必要とする身だ。レイ自身も、(仲間の迷惑かもしれない)とは感じていた。
それでも、レイの必殺スキルによる斬撃〈茨道〉の破壊力は、相当なもの。
そこを買われて、今回の魔王城攻略パーティにも誘われたのだ。少なくとも、そのはずだった。
30秒前に、ルードリッヒから、
「お前はいらん」
と言われるまでは。
「悪く思うなよ、レイ。しかしな、これからは、さらに出現モンスターも強力なものになっていくだろう。俺たち前衛の全員が、後衛からの回復魔法を必要とする。ところが、お前がいたんじゃ、回復魔法が皆に行き渡らない。よってお前には、パーティから離脱してもらう」
「……」
絶句するしかない。
ルードリッヒの言い分は、悔しいが正しい。仲間に迷惑をかけているのも、事実だ。だからといって、こんなところで追放されるのか?
魔王城の中盤。引き返しても、外に出るまでは半日かかる。当然、強力なモンスターは出現する。そんなところを、一人で帰れというのか。
「死ね、と言っているようなものじゃないか」
レイは抗議した。当然だ。命がかかっている。
しかし、ルードリッヒも、その仲間たちも冷ややかだった。
「だから、悪い、と言っているんだ」
実力がものを言うのが、レイたち冒険者だ。ルードリッヒの選択も、パーティを第一に考えてのことなのだろう。
レイは諦めた。
防御力が異様に低い自分が、悪いのかもしれない。
「……そうか。わかったよ。おれは置いていってくれ」
さすがにルードリッヒも、少しは良心が痛んだらしい。
「……薬草を渡しておく。これで回復しながら、魔王城を脱出すればいい」
ルードリッヒは、アイテムや素材を入れるための、収納ボックスを渡してきた。
ボックスといっても、形は巾着だ。魔法が施されているため、小さな巾着に、120個までのアイテム・素材を入れることができる。
「……感謝する」
こうして、レイはパーティを離脱した。ほぼ追放という形で。
これまで共に戦って来た仲間たちは、ある者はせいせいした顔、ある者は無関心な顔で去って行く。
一人、ルーシーだけが、心配そうに声をかけてきた。
ルーシーの職業は、Aランクの魔導神官。パーティの中でも、屈指の魔法使いだ。
「レイ君。一人で平気?」
「大丈夫だ、ルーシー。心配はない。薬草ももらったし」
ルーシーは、パーティでも中核を担う。よって、レイを心配して、ルーシーまでも離脱すると言い出しては、パーティが瓦解しかねない。
レイは、そこまで考えて、返答したのだ。
「そう、なら──またね、レイ君。外で、会いましょうね」
パーティは去った。
現在、レイがいるのは、大きなフロアの真ん中。
パーティが進んで行ったのとは、反対方向──つまり、パーティがやって来た方向へと、視線を向ける。
そこには、パーティが倒したモンスターの死体が、数多く転がっていた。
この死体を辿っていけば、下の階へと降りる階段にぶつかるだろう。
魔王城から脱出するためには、まず1階まで降りなければならない。
階段に向かう前に、レイは収納ボックス内を確認した。
確かに、薬草はあった。薬草(小)が5個のみだが。
薬草(小)が効くのは、軽傷のみ。命にかかわる大ダメージでは、5個ぜんぶ使っても、効果はあるまい。
「ルードリッヒめ」
あのときルードリッヒが、この収納ボックスを渡した理由が、ようやく分かった。ルーシーがパーティから離脱するのを、避けるためだ。
ルーシーは優しい娘だ。レイの身を案じ、一緒に魔王城を脱出する、と言い出しかねなかった。
そこでルードリッヒは、レイに薬草を渡すことで、レイは一人で大丈夫、と思わせたのだ。
一方、パーティにヒーラーがいても、やはり薬草は大事だ。できるだけ手持ちは減らしたくない。
よってルードリッヒは、ほとんど使えない薬草(小)を、たった5個だけ寄こして来た。
ルードリッヒにとって、レイの生死など、どうでもいいようだ。
レイは溜息をつき、収納ボックスを腰に留めた。ついで両手剣を、鞘から引き抜く。どこから新手のモンスターが出現するか、分からない。
気合を入れ直し、いざ一歩踏み出す。
とたん、レイは敗北していた。
新手の敵は、なんというスピードだろう。
レイが「あっ」と思ったときには、剣は弾き飛ばされ、組み敷かれていた。
殺される──。
レイは覚悟した。
だが、それにしても、この柑橘系の良い香りは何だろうか? 新手の敵からするようだが。
よく見ると、レイに圧し掛かっているのは、少女だ。
18歳というところか。
息を呑むほどに、美麗な顔立ちだ。
銀髪は腰まで伸ばし、目は少しだけ吊り上がり気味。胸は豊かで、肌は透き通るよう。露出の多い衣服を着ていた。
何より、とても華奢なのに、すごい力だ。
攻撃力重視のレイは、膂力にも自信がある。それなのに、この少女を振り落とせられない。
ふいにレイは気づいた。
この少女は魔族だ。人間と同じ姿でも、戦闘力はけた外れだ。
ついに少女は口を開いた。
「あんた、パパの魔王城に、なんの用?」
どうやら、彼女は魔王の娘らしい。
(おれの命運も、ここまでか……。しかし、魔王の娘に殺されるのなら、冒険者として、悔いはない)
魔王の娘は、小首を傾げる。レイをじっと見て、
「可愛いわね、あんた。あたしのタイプよ」
「……は?」




