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第9話「改めてメッセージ」

 帰宅し、夕飯を終え、課題も風呂も済ませた頃。

 自室に戻って、ベッドの上に雑に放っていたスマートフォンのランプが明滅していることに気がついた。手にとって確認すれば、メッセージの着信を知らせていた。何気なくアプリを立ち上げ、スマホを取り落としそうになった。

 メッセージの送り主は佐藤千晴。つい数時間前、佐藤さんに請われて連絡先を交換したのだった。一体何の用事だろうか戦々恐々としつつ内容を確認する。


『さっきはありがと。改めて、これからよろしくね』


 続けてハートのスタンプが送信されていた。送信時刻を見れば、学校の校門で別れて間もない時間を示していた。別れの挨拶を交わして、すぐに送ってきたらしい。

 どうも立っていられず、ベッドの端に腰掛けて思わず項垂れた。続けざまに深い溜め息が零れる。

 俺は佐藤さんの願望通りの恋人役を上手く果たせるのだろうか。別に彼女は俺に完璧な彼氏になってほしいと望んではいないはずだが、生まれてこの方恋人がいたことはもちろんなく、家族以外の女子との関わり合いもほぼ無いに等しい人間なのだ。女の子が好む振る舞いをできるわけもない。


 例えば、今だってメッセージの返信文を何と書こうか大いに迷っている。

 こういうSNSの類いにおいて、殊更重要なのは速度だろう。速いレスポンスが親密度や関心度の高さを如実に証明してくれる。

 だからこそ、俺はうだうだと思い悩まず、適当な返事をすればいいだけなのだが、その適当度合いが分からない。

 友人たちに相談しようと思っても、彼らは俺と同じ人種である。つまり、三次元女子との接触機会に恵まれなかった悲しきオタクたちなのだ。

 そもそも、奴らへ佐藤さんと俺が交際を始めた事実を開陳するつもりは毛頭なかった。何と言われるか想像が容易いからだ。

 俺が相手側なら、馬鹿げた妄想はやめろと、まずは虚言を吐いているのだと疑ってかかる。そして、何遍も何遍も確認して本当だと知ったら最後、僻んで妬んで暴言を浴びせかけるに違いない。

 お前は俺と同じ日陰者だと思っていたのに、彼女なんぞこさえて調子に乗るのも大概にしろと詰るのは想像に難くない。

 しかし、返信をしないのも佐藤さんに悪いだろう。既読スルーで明日を迎えれば、顔を合わせたときに何と言われるか。いや、佐藤さんは優しいので、きっと怒らないだろう。しかし、俺の据わりが悪い。


「えーい、もう知らねえ。行ってこい!」


 決して押しつけがましくなく、軽やかで親しみも内包する文章を、と画面を睨んで十数分。

 俺は書いては消しを繰り返し、ようやく納得のいく一文を打ち込んで精神的に激しく消耗しつつ、返信を送ることに成功した。


『こんばんは。返事が遅れてごめん。こっちこそありがとう。今後ともよろしくお願いします』


 以降、こんな日々が続くのか、と恐怖に打ち震えていれば、スマホが小さく振動した。すぐにランプが点り、メッセージの着信を知らせてくれた。

 反射的にびくりと肩が跳ね、スマホを放り投げたい衝動に駆られたが、どうにか気を静めて画面を覗けば、もちろん佐藤さんからの返信だった。

 さすがの速度、怖すぎて背中に冷や汗が伝っている。恐々と内容を確認することとした。


『こんばんは! お返事ありがとう。すっごく嬉しいです。新留くん、今何してた?』


 何って、そりゃお前、一行の返事の内容を打つのに何十分も頭を悩ませて唸っていただなんて、暴露できるわけがないだろう。それに佐藤さんの返信を見るに、これから少しお話したいな、という雰囲気が画面越しにもビシバシ伝わってきて戦慄が走った。


 正直言って、勘弁してほしい。


 俺はこれから、明日提出の課題も無事に終わらせた開放感の下、録り貯めていた深夜アニメを消化しようと思っていたのに。明日こそ、春アニメの感想を言い合い、今期の覇権予想を議論するぞとアニメ好きの友人から息巻かれていたこともあって、どうにか視聴未遂群のアニメたちの視聴を終えなければならなかった。

 しかし、この精神状態でハーレムアニメを粛々と消化できる気がしない。

 いや、むしろ反対に視聴することにより、可愛いアニメキャラに癒やされるのでは、と逃避を打ちそうになるが、佐藤さんへの返信に「アニメ観てブヒブヒ言っていました! ツンデレロリっ子最強だぜ!」なんて、決して口が裂けても言えない。いや、書けない。

 そもそも、俺は幼女キャラに興味なんてない。好きな属性は不憫幼なじみ枠です! もしくは、快活で世話好きな元気娘……あ、佐藤さんのことがちらりと頭に過ぎり、ますますアニメを視聴する気が失せてきた。


『数学の課題を終わらせていた。佐藤さんは宿題終わった?』

『今、古文の訳に手こずってる最中! 難しい!』

『がんばれ。応援してる』

『ほんと?』

『本当本当。ガンバレー』

『新留くんに応援されたら頑張れそう。それじゃ、今から集中します!』


 数回やり取りすれば、佐藤さんも満足したようで、これから課題に本気で取り組むらしく、今晩はもう返事をしなくていいだろう。

 はあ、と息を吐き、俺はベッドにごろりと横になった。今日は色々ありすぎて、脳味噌が疲弊している。朝、病院に送ったおばあさんは大事なかっただろうか。元気でいてくれたら良いのだが。


 それに何より、机に忍ばせてあったラブレターに振り回された一日だった。

 そもそも、どうして佐藤さんは果たし状を送りつけたのだろう。俺が喜ぶと思って、だとか何とかほざいていた気がするけれども、ラブレター兼果たし状のセンスは如何だろうか。

 今、巷の女子の間では果たし状ブームでも巻き起こっているわけがないし、佐藤さんの面白がるポイントが謎すぎる。俺を好きという時点で、センスが他の女子とは異なっていることは明白だが。


 寝転がってつらつらと取り留めのない考えを展開させていたが、じきに瞼が重くなり、じわじわと眠気の波が俺を襲ってきた。

 アニメを観なくてはと思ってはいるものの、テレビを点ける気力が湧かない。

 もう無理。眠い。

 とうとう瞼が完全に閉じ、俺は最後の力を振り絞り、部屋の照明を消して意識を手放した。

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