第7話「好き好き好き好き大好き」
至近距離にある彼女の双眸に、困惑を顔一面に広げる情けない男の姿が映っていた。誰でもない俺自身だった。
新留くん、と再び佐藤さんは俺の名を呼び、返事もできずに黙りこくる俺を尻目に言葉を重ねた。
「新留くんさえ良かったら、私と付き合ってほしいんだ」
頭の中はまるで霧が発生したように白く煙り、全くもって上手く思考回路が働かない。
佐藤さんの告白にどう切り返せば、事は穏便に運べるだろうかと考えようとはするものの、言い訳も繕いの言葉さえ何も思い浮かばない。
困った、と思わず俯き、頭を掻いて自然と顔を上げれば、もろに佐藤さんと目線がかち合った。彼女の目が、彼女の表情が、俺の返答を欲しているのは明確だった。
「あの……佐藤さん」
「うん」
「ええっと、何で、その、俺なの?」
思考停止を脱し、僅かに動き始めた頭脳をフル回転させ、俺はもっともな疑問をぶつけて、相手の反応を見ることとした。
疑いは晴れていない。この呼び出しと告白が佐藤さんによるイタズラや、仲間内で課せられた罰ゲームの類いではないのかと。その方が腑に落ちる。
だって、おかしいではないか。嘘やからかいではなく、本気で俺に告白する方が常軌を逸している。
俺の決死の問いを受け、佐藤さんは目元を緩めて嬉しそうに、俺と更に距離を詰めようとしてきたので、今度ばかりは危険だと咄嗟に後ろへ二、三歩退いた。
何だろう、そんなに急に近づいて。佐藤さん、俺なんぞと抱擁でも交わす気だったのだろうか。理解に苦しむ。
「新留くんを好きなところだよね? 沢山あるよ、言っていい?」
「た、たくさん……? そんな馬鹿な」
「まずね、声が好き。新留くんの声は、落ち着いていて耳に心地いいの」
「……単にぼそぼそ喋っているだけだよ」
「次に手が好き。シャープペンを握っている指のね、形が好き。すっと長くて、少し筋張っていて。授業中に、隣の席で板書をノートに写している新留くん、いつも盗み見ていたの。知らないでしょ?」
「マジか……マニアックすぎる」
「それと、表情が好き。私と話をしていて、新留くん、たまに笑ってくれるじゃない? 少し困ったみたいな笑顔、あの表情が堪らなく好き」
「えぇ……」
「それから、友達と喋っている楽しそうなところが好き。私の前では見せてくれない顔してる。とっても楽しそうに笑っているから、新留くんの友達が羨ましい限り。でも、新留くんが楽しそうだと、私も嬉しくなるの」
「よく、見ているね……そんなところまで」
「あと、私が話しかけても、ちゃんと聞いてくれることが好き。いつも相槌打ってくれるし、面倒がらずに耳を傾けてくれるから、私、新留くんと話せることがとっても幸せなんだ」
「いや、話しかけてくれる佐藤さんが良い人なだけだよ……」
「そしてね――……」
「え、いや、もういいよ、やめて。分かったから。お願い。お願いします……!」
羞恥心に耐え切れず、俺はなおも言い募ろうとする佐藤さんの話を中断させるべく、懇願めいた声を上げた。途中で遮られた佐藤さんは不服そうに唇を尖らせ、俺をじろりと睨んだ。
途端、彼女と目が合って、気まずさゆえに慌てて顔を背けた。小っ恥ずかしさから、茹で上がったように熱い頬を見られたくもなかった。
「ええ? これからなのに、全然言い足りないなぁ。でもね、新留くんのことは全部大好き。今まではもちろんだけれど、これから新しく知る君のことも、私大好きになるよ、絶対に」
にっこり微笑む佐藤さんはそりゃもう可愛らしかったが、俺はまともに彼女の笑みを直視できやしなかった。
どうにか平静を取り戻すべく、問いかけた質問攻撃も、怒濤の好きの連呼で応酬され、俺は太刀打ちできずにむしろ返り討ちに遭って、精神の摩耗は甚だしく瀕死状態さながらだ。
疲労困憊、満身創痍とはこのことか。