第4話「ラブレター≠果たし状」
「失礼しました……」
担任の説教は案外、短時間で終了した。ただし、精神的疲弊は結構なものがあり、俺は数分間で異常に疲労困憊していた。職員室の戸を閉め、重い足を引きずって廊下を歩き出す。
担任の教師は遅刻に対してはもちろん、俺の日頃の行いについてもねちねちと小言を言い放ってきた。いわく、積極性がなく協調性がないのは如何なものだとか、取り立てて特出したものもないくせに、学生の本分である勉学にも真面目に取り組まないのは学業を馬鹿にしているだとか。
反駁したい気持ちはあったが、ここで俺が担任に歯向かっても説教が長くなるだけで、いっそう疲れることは目に見えていたので自重した。
しおらしく頭を下げて謝意を示せば、担任も一応は納得したようで解放と相成った。
こんなところで休み時間を浪費しているわけにはいかないのだ。何て言ったって、俺には使命があるのだ。机の引き出しに届いたラブレターを熟読するという命が。
今すぐにでもラブレターの封を開けたい衝動に駆られるが、職員室の前で狂喜乱舞するだなんて、再び説教の刑を食らうのが目に見えている。
俺は手身近なトイレを探し、男子トイレの個室へと飛び込んだ。
ズボンのポケットに仕舞っていたラブレターをそろそろと取り出し、ハートのシールを慎重に剥がす。
そして、封筒の中に指を差し入れ、愛の告白が綴られているであろう便箋を引っ張り出そうとした。
「……は?」
だが、目に飛び込んできたのは、やけに墨痕淋漓な「果たし状」の文字。
可愛い封筒の中から無骨な果たし状が出てきて、俺は大いに困惑した。
戸惑いながらも、果たし状の封を切り、今度こそ白い便箋が中にあった。三枚折りにされた紙を開ければ、無駄に達筆な毛筆の文字が並んでいた。
「放課後、体育館裏で待つ……?」
書かれていたのはそれだけ。愛の告白はおろか、差出人の名前もなかった。
ここまでくれば、俺も騙されたことぐらいは理解した。だが、どこの誰が俺をからかったのかは皆目見当がつかない。そもそも、恨みを買われるほど、俺は学校内で存在感のある人間ではない。
それに、この悪戯は失敗したのではなかろうか。きっと仕掛けた相手は俺が教室で封筒を開け、露骨にがっかりする様を遠くから眺めて嘲笑したかったに違いない。
しかし、俺は教室から離れたトイレの個室でこれを見ている。
いや、真の目的は放課後の体育館裏にあるのかもしれない。馬鹿みたいに浮かれた俺がノコノコと体育館裏に現れ、差出人の女の子をソワソワと待ちくたびれる様を遠目に、腹を抱えて笑い転げる算段だったのやもしれぬ。
俺もそこまでアホじゃない。馬鹿正直に指定された場所に行くはずがないだろうが。
トイレを出て、教室まで戻る。
幸いにもまだ休み時間は終わっておらず、俺は気落ちしながら椅子を引いてどっかりと座り込んで大いに嘆息した。
「新留くん、どうしたの?」
すると、俺の溜め息を耳にしたのか、隣の席から遠慮がちな声がかかる。伏せた顔のまま横目で見やれば、佐藤千晴が気遣わしげに俺を窺っていた。
きっと、職員室での説教で俺がダメージを食らったとでも思っているのだろう。だが、俺の傷心の理由はそれだけじゃない。
「……どうもしない」
「そう? 顔色が悪いようだけど、大丈夫?」
今は彼女の心配が胸に痛かった。つい先ほど、誰とも知らぬ女子から受けた仕打ちで、女の怖さが身に沁みており、全ての女子に恐ろしさを抱いてさえいた。
いや、果たし状の差出人が女子とは限らないのだが。もっとも、封筒に書かれた俺の名は、女の子らしい丸く小さな文字で書かれていたけれども。
「大丈夫だから」
「……ほんと?」
こくりと頷き、俺はもう会話はお終いだとばかりに机に突っ伏した。
佐藤さんには悪いが、授業が始まるまではこのままで居させてほしい。というか、授業中も眠っていたかった。
「具合悪かったら、一緒に保健室へ行こうね? あ……差し出がましくて、ごめん」
労しげな佐藤さんの声が耳に入ってくるけれど、俺は反応を返せなかった。
担任の人格批判とも取れる説教に続いて、悪戯目的のラブレターとくれば、俺だってさすがに堪える。今朝方、おばあさんを助けたことは善意とか親切心とかの前に、半ば反射的に助けないとと動いただけで、特に見返りは期待していない。
だけど、今日の俺に返ってきたのは災いみたいなものだった。少しぐらいは、良い気分に浸れる思いをしても罰は当たらないだろうに。
いや、こんな期待を抱いているからこそ、ろくでもない目に遭ったのかもしれないが。
はあ、と大袈裟な溜息を吐いていれば、始業開始のチャイムが鳴った。