第3話「ら、ラブレター!?」
うだうだと悩んでいれば、数学の授業は終盤に差し掛かっていた。
佐藤千晴からもらったハンカチを片手に握り締め、膝の上にはファスナーも開いていない通学鞄が鎮座している。板書をノートに書き写すのはおろか、教科書もノートも筆記用具さえも机の上に出していない状況だったのだ。
もしも、担任に見咎められていたら、説教が更に長引くと焦る。 今更ながら鞄から教科書類を取り出し、数学の教科書やノートは机の上に置き、今は使わないその他諸々を引き出しの中へ仕舞いこもうと、引き出しに手を突っ込んだそのとき。かさり、と指先に何かが触れた。
置き勉はしておらず、プリント類で引き出しの中がぐちゃぐちゃに散乱しているわけでもない。昨日は引き出し内をすっからかんにして帰ったはずだった。もっとも、何か忘れてしまっている可能性も捨てきれないというか、多分そうなのだろうけれども。
わずかに不審がりつつも、俺は指先で少し分厚い紙を摘まむと、そのままずるりと中から引き出し、しばし絶句した。
出てきたのは、封筒に入った手紙だった。
淡いピンクの封筒の中央部には俺のフルネームが書かれており、その筆跡は女子のものに思えた。恐る恐る封筒をひっくり返し、後ろを見やるもどこにも差出人の名は記載がない。
ただ、手紙の封に使われているのが随分と可愛らしいハートのシールだったので、思わず封筒を落っことしそうになり、慌てて空中で掴み直して冷や汗をかいた。
どこからどう見ても、十中八九これはラブレターだ。
中身を確認しないことには断定はできないので、決めつけは良くないと浮かれ上がる己を叱咤し、早く授業が終われと念じ始めた俺は悪くない。
俺の願いが届いたのか、程なく授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
担任が荷物を纏めて出て行き、にわかに騒がしくなった教室で、俺はひとり激しく葛藤していた。今すぐにでも人気のない場所に駆け込んで、こっそりと手紙を読みたい。
だが、俺は遅刻のせいで担任から呼び出しを受けている身。ここで職員室に顔を出さなければ、後が怖い。
しかし、手紙の中身も無性に気になる。どうしたものかと悩み、俺は手紙をご褒美とすることで手を打った。手紙を確認するのは、担任の説教を受けた後の楽しみにすれば、辛く長い説教も内心浮かれてやり過ごせるのではと妙案を思いついたのだった。
そうなれば、善は急げだ。俺はだらしなく緩みそうになる表情筋をきりりと引き締め、おもむろに席を立つ。
「あ、新留くん」
「えっ! な、なに?」
早く職員室に行き、面倒事を済ましてやるかと意気揚々と教室を出て行くべく、自分の机から離れようとしたとき、なぜか佐藤千晴から声をかけられた。
突然の声かけに、俺はもろに狼狽え、反応がなんとも間抜けなものになったが、佐藤千晴は一向に気にした素振りもない。他の女子であれば、俺のおかしなリアクションに呆れた笑い声を上げている一幕だろうに。
「あのね……ううん。何でもないや」
「そ、そう?」
「うん、大丈夫。引き留めちゃってごめん。呼び出し受けているもんね」
また「ごめん」と謝る佐藤千晴の様子が気懸かりだったが、いつもと同じように俺と何てことのない会話をしようと話しかけたに過ぎないのだろう。
せっかくの休み時間なのだから、お友達とわいわい楽しく喋ればいいのに変な奴だ。
「えっと……それじゃ、行くから」
「頑張ってね。ファイト」
ぐっと両拳を握り、俺へとエールを送ってくれる佐藤さんはそりゃもう可愛らしく、「コイツ、また小悪魔発揮してやがる!」と憤ると共に、でれでれと頬を緩ませ「頑張るね!」と大いに喜ぶ俺もおり、単純な野郎であるところの自分自身に落胆した。