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ロストソング  作者: 雪那 由多
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早速先生に目を付けられました

 眩しい日差しの中で気が付いた。

 柔らかなベットの中に居る疑問に体を起こしながら室内を探索する様に素足のまま部屋の中を歩けば立派な机の上に置かれたレイがくれた剣と眠りについた後に書き残しただろう一枚のメモに記憶が呼び戻されてきた。


「そーいや、学校行くんだっけ」


 昨日クローゼットから見つけた制服を取出して着こんでいく。

 キッチンに立って見れば昨日は空っぽだったから棚の中に用意してくれたのだろうパンと果物があり、ありがたくかじりながら紅茶を淹れる。

 時計を眺めるもまだ陽が出るかどうかという時間。入学式とやらの時間まではまだまだあり、何をするかと思うも学校内の地図を眺めながら散歩をする事にした。

 とりあえず昨日貰った見事な剣は鞘も在ったらしく納めた状態で置いておいてくれたのでクローゼットの中に片づけておいた。

 寮を出て地図を見ながら足を進める。

 行先は敷地内にあるウィルドの林と言う場所。

 山の中に住んでいたせいか、空気が乾燥していて、自然に育った環境を求めてしまうように足を運んでしまうまったくもって立派な田舎者だ。

 自分で自分に感心しながら足を進めて行けばどこからか小気味良い気合いのこもった声が聞こえてきた。

 声を頼りに足を運べば俺と同じぐらいの年齢だろうか、細い木刀を持った女の子が舞い落ちる木の葉が落ちないように木刀で切り上げながら、葉っぱを空中に止めるように木刀を振るっていた。

 だけど、自由な木の葉は女の子を翻弄するだけ翻弄して地面に音を立てずに舞い降りる。

 その瞬間女の子も大きな溜息と共に座り込む姿に拍手を送ればびくりと震えた肩でゆっくりと振り返る。


「見事だな」


 どちらかと言えば稚拙だが、それでもひたむきに打ち込む姿に拍手を送った事を言えば女の子は小首を傾げて


「誰?」


 淡い金の髪と林の木々が映り込む緑の瞳。

 小さな頭に肩で切りそろえられた髪が柔らかく揺れる理知的な面立ちは美少女と言うにふさわしいが、生憎比べる相手を知らないファロードはただただそのビスクドールのように整えられた造形の美しさに感心する。縁のない世界だなと……

 その小さな唇からの何処か怯えるような震える声には気づかずに


「俺?ファロード・アズリル。今日からこの学校に通う事になったらしい」


 女の子は小首を傾げるも暫くしてぷっと小さく噴き出すように笑いながら立ち上がり


「らしい、って。

 エクルーラ・タラズマンよ。同じくこの学校の新一年生」


 差し出された手を眺めながら


「そういや、昨日、寮の隣の奴も握手を求めてきたんだけど、握手ってする物なのか?」


 思わずその手に向かって呟けば


「え……あ、一般的にはやらない……かな?」


 言ってその手を恥ずかしそうに後ろに隠してしまった。

 そんな姿に小首を傾げていれば


「悪く思わないで。ほら、貴族って言うのはこういう形式ばった事を重んじるじゃない。

 それが嫌で家から出れるこの学校を選んだのに……ごめん」


 どうやらこの女の子は貴族の娘らしい。


「実は半分家出同然に家を出てきちゃったんだけど、これからもこう言った事あるかもしれないけど気にしないでくれると嬉しいかな?

 教えてくれれば注意するし、ごく普通に家とかそういうこと気にしないように過ごしたいからそう言う事に目が付いたら無視してかまわないから……」


 目を白黒とさせながらの自爆同然の告白に呆然とするもあまりに必死になって言い訳する姿に思わず苦笑。


「いや、そう言う事さえ気にする必要ねえんじゃないか?

 と言っても、こっちはそういった作法も何も知らないからな。

 そっちが気にしなければいいんじゃないか?」


 優しくため息を一つ零せば女の子は暫く顔を真っ赤にして俯いた後にそうだねと相槌を打って


「私の事はエクルと呼んでほしい。貴方の事はファロって呼んでいいかな?」


 尋ねられた言葉に肩をすくめて


「昨日隣の部屋の奴にも同じこと言われた。やっぱりファロが無難なんだな」


 おもわず返した言葉にエクルは少し眉間を細めて


「先を越された」


 どうやら命名一号になりたかったようだ。


「なんだそれは……」


 呆れながらも笑ってしまえば


「だって家の柵の無い初めての友達だもの。何事にも一番になりたいって言う物でしょ?」

「あー、その仕組みはよくわからんが、否定はしないかな」


 言えばエクルはその可愛らしい顔立ちを生かすように無邪気な笑みを浮かべて


「よかったら一緒に入学式に行こう?」

「ま、かなり早いかもしれんが案内してくれるなら別に構わないぜ」


 言いながら話しは俺の話となった。

 遠い地方のど田舎から馬車を乗り継いできた事。

 昨日やっとついてまだこの街には成れていない事を言えばエクルは目を白黒として驚いていた。


「じゃあ、本当にこの街の事も学校の事も知らなかったわけだ」


 辿り着いた入学式式場の講堂の中、運良く同じクラスとなった俺達はクラスごとに席に座るようにとの指示に隣同士の席を陣取って話を続けていた。

 その頃にはちらほらと人影も見かけたが気にせずに話を続けてれば


「じゃあ、私の事も私の家の事、タラズマン家の事も全く知らなかったわけだ」

「いや、朝方貴族の家だという事を知ったばかりだ」


 そんな切り返しにエクルは声を立てて笑う。


「いいわ。なら今日の入学式終わってから街を案内してあげる。こう見えても王都育ちなの」

「とりあえず、生活用品一式そろう場所と食材が手に入る所と、ああ、養父の居る宿屋にもちょっと寄りたいな。

 なんかギルドに入るとか言ってたからとりあえずどこのギルドに入ったとかそう言う事を聞いておきたいし」

「了解。って言うか、その養父の人が私は気になるな。どんな人だろ?」

「一言で言えば怪しいおっさん」

「育ての親なになにそれ」


 くすくすと笑うエクルにつられるように笑っていれば


「もう友達が出来たんだね」


 不意に第三者の声が降ってきた。

 二人で小首かしげながらその声の方を向けば


「僕を差し置いて先に行くなんてひどいじゃないか」

「あ、これがさっき話したヒューイ」

「ファロ、『これ』って、さすがにシュヴァインフルト家に向かってそれは……」

「それも危険ワードか?」

「別にシュヴァインフルト家なんて大したことないよ。タラズマン家に比べたら」


 そんなやり取りに首を傾げていれば


「タラズマン家のエクルーラ様と言えば次期風精の巫女候補と名高い侯爵家のご息女。

 それに比べたら伯爵家なんてそこらじゅうに居て大した事ないよ」

「騎士団シュヴァインフルト隊隊長の弟君ともなれば注目度も全く違うよ」


 知り合いなのか何故か二人は俺の知らない種類の笑みを作りながら笑いあっているも


「いったい何の話だか」


 聞いた事のない言葉が次々に飛び出してきて疑問符を周囲に飛ばしまくればそれに気づいた二人はそれこそ物珍しいと言う顔を隠しもせず俺を見て


「話が通じないと言うのは気持ちがいいな」

「だから今一つ一つ教えていた所だったんだけど、いっそ清々しくてかけがえのない存在なの」

「確かに」


 何故か二人して頷いたかと思えば俺を挟むかのようにして二人は座り込んだ。

 何だ?と思う合間にも人がいつの間にか増え、入学式と言う退屈の拷問にあい、睡魔と闘うという事は全面的敗戦を最前列で迎え入れていた。

 暫くしてからエクルに起こしてもらって教室へと向かい、そこにも別世界が広がっていた。


「それにしても見事な眠りっぷりだったな」


 ヒューイの苦笑を右から左に聞き流しながら


「壇上の学園長もあきれ顔だったわよ」


 ちなみに壁際に待機していた先生達もと付け加えたエクルの言葉も左から右に聞き流しながらも肩をすくめて


「だったら起きていられるだけの楽しい話をしろって言うの」


 というか、まだ魔力の回復は万全ではないらしい。

 昨日ほどではないがとにかく体が重くて眠気が払拭しない。

 気のせいか朝も何時もより多く食べたはずなのに腹もすいてるし……


「決めた。昨日の店に行ってたらふく食うぞ」


 そうしようと一人決意していれば辿り着いた教室の黒板には


【席は好きな所に座って待機】


 その一言にとりあえず入学式の反省も生かして他の人の邪魔にならないように廊下側の後ろの方の縦列三つ、俺を挟んで前にエクルが座り、後ろにヒューイが座ってを三人で陣取った。


「って言うか、お前らなんか立派な名前の家なんだろ。

 前に行った方がいいんじゃね?」

「別にそんな事は重要じゃないわ」

「ああ、ファロと一緒という事の方が優先されるべき事なんだよ」

「なんじゃそら」


 そんな事初めて聞いたぞと言えば黒板の文字通り座って待機しながら思わずと言うように机の上に寝そべる。


「あ、あの、エクルーラ様、同じクラスになれて光栄です。ぜひ、この一年よろしくお願いします」


 何故か突然女の子三人組がやってきて、どこか顔を赤らめながら話しかけてきた。

 目の前に座るエクルは俺の知らない綺麗な笑みを張り付けた顔で


「一年間よろしくお願いします」


 何て、どこか気持ち悪い丁寧な言葉遣いに鳥肌が立った腕を見せながら後ろに座るヒューイに体の向きを変える。


「あれって……」

「あれがエクルーラ様の本領発揮だ。

 ウィスタリア王国の6人の精霊の巫女の次期候補の有力候補の一人だからな。

 ああ云うファンがいてもおかしくもない」

「そういやさっきも言ってたけど巫女候補って何?」


 聞けばさすがにそりゃないよと言う目で俺を見る。


「ウィスタリア王国には一つの宗教がある。

 宗教と言うのはおかしいけど、我が国の精霊、精霊王ウィスタリアを崇めているのは知っているよな?」

「あー……、俺の知ってる精霊王と名前が違う事さえ除けば疑問はないぜ?」


言えばヒューイの整ったその顔が無残にも歪むのを見て


「まぁ、その名前は知り合った精霊から聞いた名前だから、とりあえずそこは置いといて話の続きをどうぞ」


 さらに何とも言い難い顔を隠さないままヒューイは話を続けてくれた。


「この国の六か所に火の神殿、水の神殿、、風の神殿、土の神殿、光の神殿、闇の神殿があって、そこで祈りをささげる代表となる巫女が中心にいるんだ。

 巫女は二年間の研修を含めて十年毎にその役目が切り替わる。

 その切り替わりの候補が今のこの学校、更に上級学校に居る女の子達で、魔力の強い子達から選ばれる。

 エクルは風属性が得意で、既に風精の巫女候補として神殿の手伝いもしているんだよ」

「ふーん。田舎に居ると聞かない話だよな」

「ああ、こういった話が全く田舎じゃ知られてない事に俺は驚きだよ」

「私には新鮮でありがたいわ」

「そりゃどうも」


 外交を終えたエクルが話に戻って来たけど言いながらもあくびを零す。


「本格的に眠たそうだね」

「あー、昨日ちょっと魔力削りすぎたから。魔力回復ってやつらしい」

「昨日会った時はそんなんじゃなかっただろ?」

「その後だよ」


 ヒューイが帰ってリマが去って行った後のレイのプレゼントがとんでもない大飯ぐらいなだけなだけで、意識を集中すればクローゼットの中に置いてきたグレームの金に輝く石が返事をするかのように意識の中に飛び込んできた。

 これが契約なんだなーなんてぼんやりと考えていればがらりと開く教室の扉に一人の男性が入ってきた。

 学生服にも似た、でももっと装飾が多く、もっと機能的な服装のレイよりも少し若いくらいの男が壇上に上がれば黒板を綺麗に消して名前を書く。


『フレイ・アクバール』


「入学式にも挨拶したと思うが若干一名聞き損ねた奴がいると思うから改めて自己紹介だ。

 フレイ・アクバール。

 ここの卒業生でもあり、実技魔法を担任する。

 よろしく頼むよファロード・アズリル」


 まるで何処か睨むような視線に俺は肩をすくめて


「ご丁寧にどうもアクバール先生」


 まだ零れるあくびに適当に返事をすればこめかみの血管がひくつくのが遠目にも見えた。


「さっそく目をつけられたな」


 何てヒューイの小声に再度肩をすくめることになったがその合間にももう一度扉が開く。


「アクバール先生、先に行くなら置いて行かないでよ」


 ひょこひょこと現れたのはアクバールの身長の胸のあたりまでしかない身長の小柄な女性。


「一年一組の担任アクバール先生の指導員で上級実技魔法担当のシエル・ヴィスタだよ」


 アクバールを教壇の端に追いやって


「アクバール先生は今年初めて担当を持つことになって張り切ってるからみんなも生暖かい目で見守ってあげてねー」


 ニコニコと笑みを零しながらアクバール先生を見上げれば何とも言い難い苦虫をつぶした顔でヴィスタ先生を見下ろしていた。


「あ、私の事はシエル先生って呼んでぇ。

 後、アクバール先生は堅物で有名なので親しみを込めてフレイ先生って呼ぶように。

 見た目イケメン先生だけど友達が少ないから名前を呼んでくれる人が居ないの。

 せっかくの名前がかわいそうだからね」


 ぱちんと音のしそうな大きな瞳でウインクすればクラス中の同情の視線を集めたフレイ先生は「ちゃんと友達ぐらいいます」とそっぽを向いてしまった。




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