健やかな朝の迎え方
夜中まで遊ぶのが約束のはずだった。
あれから夕方までどっぷりとレイの遊びに付き合う事となった俺達はせっかく用意された豪勢な夕食も楽しむ事も出来ずに食事がが始まった早々ヒューイは居眠りを始めてしまい、酒が振舞われ出した所でおにーさんのお友達の方々も酒瓶を抱えて眠りだしていた。
ちなみにレイはいつの間にか食事の前にとんずらしていた……
「あらあら、年甲斐もなくはしゃいでいればと思えば」
「まだまだ子供だな」
ヒューイの父と母や兄弟寄りそって眠る我が子の顔を覗きながらコロコロと笑っていた。
一部の騎士の方は家で奥さんが待っているからと、ヒューイの家の馬車に連れられて帰って行くのを二人の代わりに俺が見送っていた。
「君は、なかなかタフだな?」
「そりゃレイに育てられたんだ。あんなのはお遊びの内さ」
普段は起伏のとんだ山間部での練習だ。
足場の悪さはもちろん、魔法もガンガン使ってくる。
怪我をしたら自分で直ぐに治さないと致命傷になる事も多々あり……
「ははは、ボイス副団長のような方がもう一人いるとは思いませんでしたな。
あの方に訓練して頂いていると思えばこの訓練の参加はとてもみになりました」
ヒューイ兄よりも少し上のこの人は確か……
「副隊長さん!」
思い出した。
「興味ないとは思いますがバルテルミ・ベルリオーズというしがない伯爵の身分です。
騎士服を着てない時はベルリオーズと呼んでもらえればうれしいが?」
「覚えれたら……」
「バルトと呼んでもらっても結構ですぞ?」
「覚えてたら……」
自信なく言うも副隊長さんは子供をからかうような顔を引き締めて
「本日は感謝を。この歳になってまだ高みに挑める事を知りました。
レイ殿にも感謝を」
「そりゃよかった。
ヒューイ兄に何かあったらヒューイが悲しむだろうからな」
言えば人の良さそうなニコニコとした顔で
「まぁ、我々はそこまでの危険な任務につく事もないので安心してください。
ですが、騎士として生きる事を選んだ我々には理不尽な死もあります。
強さを求めると言う事はそういった理不尽とも多くなる物です」
ニコニコとした人の良さそうな顔をしている割には俺を見る視線は何処か厳しい物。
これは何か注意を促している色だと言う事は時折見せてきたレイの表情からも理解している。
しかしここはその人の良さそうな顔のふりをしていて、周囲にもまだメイド達がお見送りをしている者達もいる。
年上の人間に見習いひょいっと肩をすくめて
「理不尽の多い少ないは判らないが、それは等しく総ての者に降りかかる物だと教えられてきた。
強かろうが弱かろうが人は人と共に生きる生き物だから理不尽は避けて行けない物な以上、上手くかわす作戦を立てろってレイが言ってた」
「おやおや、剣や魔法だけではなく人生論まで語られますか。
ぜひ一度酒を共にしたい」
「まぁ、綺麗なおねーさんを何人か用意すればほいほいついて来るぜ?」
言えば
「黎明の月のマスター・トリアドール以上とは難しい!」
ぺしんとおでこを叩く仕種に俺も副隊長さんも声を上げて笑う。
馭者が副隊長さんの番だと言わんばかりに馬車のドアを開けるのを見てから乗り込むのを見守り
「不定期ですが、隊長はこういった訓練を開かれている。
よければ次回も参加されるがよい」
「それはヒューイに誘ってもらえたらの話しだ」
俺にそこまで参加権はないと言いながら馭者に出発する様に合図をすれば、ゆっくりと走り出した馬車を見送る。
静かに背後にやって来たヒューイの家の執事さんその一は
「お部屋を用意しております。
お風呂も入れますがどうなさいますか?」
俺はこれ以上何もやる事の出来なくなった状況に
「風呂に入って寝る!
せっかくヒューイにバックギャモンとかチェスを教えてもらうつもりだったんだけど、あれじゃあ仕方ないから今日は素直に寝る方向でお願いします」
世話になる以上ぺこりと頭を下げてお願いすれば執事さんは少しだけ目を丸くした後柔らかな声で
「でしたら私が教えて差し上げましょう。
明日の朝起きてからヒュアラン坊ちゃまを驚かせてみてはいかがです?」
面白い提案だったが
「もしばれたとしよう。
あいつ意外とめんどくさいから俺の為にも俺は全力でお断りします」
意外と言わんばかりの視線に俺は両手を伸ばして
「それにそれなりに疲れて眠たいんだ。
なので素直に寝る事にします」
建前と本音を披露すればさすがの執事さんもうんうんと頷いて小声で「やはり坊ちゃまと同じお年のご友人。安心しました」なんて言葉を聞こえないふりをしながら一人のメイドに案内される部屋に向かい、隣室の暖かなお湯の張った風呂で身体を解しながら丁寧に折りたたまて用意されていた服を着て早々にベットに潜り込むのだった。
程よい硬さと暖かなベットの寝心地はそれなりに良かった。
あえて言えば学園の寮のベットの方が寝心地がいいと思うのは自分の匂いが染みついた安心感だろうか。
ベットの横の水差しを見ながらも何時ものくせで水球を作って喉を潤してしまうのは決してヒューイの家のサービスが安心できないからという事では決してない。
目が覚めていつものように着替えればようやく白地味だした朝の空気を取り込むべく大きく窓を開く。
窓から見えるのは正面玄関まで続く広いアプローチはもうただの道だ。
その道の脇を警邏しているのはヒューイ曰くシュヴァインフルト家の私設騎士団の皆様だ。
昨日の稽古の途中にも覗きに来たのが運の尽きでレイに巻き込まれた人達の服装と同じ服装だった為に朝早くからご苦労さんと、学園でも訓練する歩き方の見本の人達を眺めていれば、先頭の人が止まり俺を見上げていた。
思わず手を振ってしまえば何やら敬礼のポーズをとり、その後ろの人達も居っぽくそろって敬礼をしていた。
何でしがない客に?なんて思いながらもまだまだ改善の余地のある敬礼で挨拶代わりに返しておく。
なんとなく笑われてる気もしたのでそっと窓から離れれば数分もしないうちに部屋にノックの音が静かに響いた。
「はい?」
「失礼します」
執事さんとメイドさんが何人かやって来た。
「おはようございます。
昨日がああだったのでお昼まで寝ているかと思ってましたが……」
「あー、いつも起きてる時間だから自然に目が覚めただけ。
って言うか、執事さんもちゃんと寝てる?」
俺達が寝たら仕事はお終いじゃない事ぐらいは知っている。
寧ろ寝静まってからが仕事だと言う事をハイネから聞いた事があるし、俺よりも早く起きているとなると一体いつ寝ているのだろうかと言う疑問に首をかしげる。
「シュヴァインフルト家はご家族すべてに一人ずつ執事が付いていて更に交代要員もご用意して頂いております。
執事と言う職の者にとってはこのお屋敷はとても環境の良い職場ですのでご心配は無用ですよ」
言いながら目の前で紅茶を淹れてくれる。
そして湯気の上るスープと焼き上げられたばかりと言わんばかりのパンにはたっぷりのバターが添えられていて、ソーセージ、スクランブルエッグ、サラダとフルーツまで付いていた。
「豪勢な朝食だな?」
聞けば執事さんは申し訳なさそうな顔で
「坊ちゃまが起きてくるのはまだだいぶ後になってしまいましょう。
本来お客様にお出しする物ではないのですが、我々使用人のまかないから少し取り分けて持って来たものです。
まだ時間が時間なのでこのような物で申し訳ないのですが、朝食まで少しお待ちいただいてよろしいでしょうか」
「と言うか、これが朝食じゃないと言う事が驚きだ」
唸る間に食事の用意を済ませたメイドはささっと去って行ってしまえば
「朝食までのお時間の予定を聞いてもよろしいでしょうか?」
本来の予定とは狂いに狂ってしまった為にどうするべきかと、本来なら昨日の内にお尋ねするはずでしたがと言う執事に俺は特に一人でする事もないので
「だったら昨日の訓練場を借りてもいいか?
一応朝は体動かす事にしているから」
聞けばなるほどと言わんばかりに頷いた執事は
「でしたらご自由にお使いください。場所は……」
「さすがに覚えたよ」
慇懃に頭を下げ
「でしたら私どもにお声を掛けずにお食事が終わり次第ご自由にご利用ください。
先ほどの護衛達には私からお伝えしておきます。
ああ、食器の方は私共の方で下げさせていただきますのでお留守の時にこちらのお部屋にお邪魔させていただきます」
「あー、何から何までありがとうございます」
「お気になさらずに、それが私達の務めです」
そう言ってごゆっくりと一言残して去って行ったドアを睨みつけながら
「貴族の生活ってめんどいな……」
朝からあまりの多い会話に半分寝ている頭には重労働だ。
とりあえず昨日の晩みたいにマナーは気にせず綺麗に食事を平らげてさっさと剣を持って裏庭に向かう。
この部屋を出た廊下の窓の向こう側に訓練場はある。
窓枠にひょいっと足を掛けて飛び降りればあっという間に訓練場だ。
「よっと……」
飛び降りれば昨日散々ぼこぼこになった訓練場は総てレイが元通りに直してくれていた。
歪みなく、どこか煉瓦の品質も統一されたと言わんばかりに俺が初めて見た時よりも綺麗になっている訓練場の真ん中で俺は剣を抜いて正面に構える。
まっすぐ、目の前に誰かが居るように、それは敵わぬ相手を想像して構えた剣を振り下ろして何度も宙を切り裂いて程よく体が温まる頃一つの気配を覚えるのだった。
「よぉ、聞いた話じゃ昼まで寝てるはずだったんじゃないのか?」
「君は意地が悪いな?
寝すぎたし、寝すぎてさすがに悪いと思っている」
ぺこりと下げた頭に
「執事の人に起こしてもらったんだろ?」
「うっ……
判ってるなら聞かないでくれ」
夜通し遊ぶつもりだったのに夕食の途中で寝て朝まで爆睡と言うのは幼少期でもなかなか実践できる物ではない。
「ま、いいさそれぐらい。
別の時に改めてチェスを教えてもらう事にするよ」
「じゃあさ!」
その片手には二本の木刀。
そしてここは訓練場で、俺に向かって一本の木刀を差し出す意味はただ一つ。
「しょうがないな。
体温める様にして打ち合うぞ。温まったらもうちょっと本格的に打ち合おうか」
「さすがディヴィール村出身!
話が早くて面白い!」
「面白いのかよ?」
「ああ!」
その瞬間乾いた堅い木の音が屋敷に反射して更に響く。
小気味よい音が鳴り響く音にいつの間にか窓からヒューイ兄がこれからお勤めなのか騎士の格好をして笑いながら覗いていた。
しっかりと汗ばみ、息もはずんでヒューイが寝転ぶ頃になってやっと迎えに来た執事を見て俺達は盛大に腹の虫の叫び声を聞いて笑いながら朝の訓練を終えるのだった。




