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ロストソング  作者: 雪那 由多
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グリン・グレイムの祝福を

 何だ?とリマを見るも彼女も知らないらしく小首を傾げるも、手紙は俺宛らしく「ファロード・アズリル君へ」と名前が書かれていた。

 俺宛の手紙なのだけど心辺りがない為に一瞬迷うも、手紙を広げれば初めましてから始まる手紙が綴られていた。


『初めまして。

 この度はウィスタリア魔導学園に入学おめでとう。

 友人に頼まれ君を是非にと推薦状を書かせてもらった者だが、この手紙を受け取ってくれたという事は無事合格したと理解させてもらう。

 この部屋の物はささやかながらだが入学祝と思って受け取ってほしい。

 私の経験から必要な物は揃えてみたつもりだ。

 三年間の学園生活が存分に充実する事を祈っている。

 

 ウィスタリア王国騎士団 騎士団長 ヴァイナス・デリュージュ』


「へー……」

「ファロード君の推薦者ってヴァイナス騎士団長だったのですか?!」


 言って、きゃー!と小さいながらもどこか喜色の悲鳴を上げるリマから思わずと言うように一歩退くも


「よ、よかったらこの手紙譲ってくれないですか?!」

「ゆ、譲る?!

 いや、まずレイに見てもらわないとって、誰だこいつ?」

「誰だって、文字通り王国騎士団団長のヴァイナス様ですよ!」


 ヴァイナス様をご存じないのですか?!なんて叫びながら俺の胸元を掴んで前後に揺らすも


「落ち着けって、大体俺田舎から出てきたばっかりだから、そんなの知るわけないだろ!」

「そうですか……

 ヴァイナス様の素晴らしさが伝わらない田舎って……」


 しゅんと項垂れて見せる姿にため息をこぼす。


「だいたいあんたにはマスターっていう主が居るだろ?」

「確かにマスターとは主従関係ですが、主人がいるのに舞台俳優に焦がれる主婦がいるように私の心も同様に素敵な殿方にときめくただの乙女なのです!」

「へ、へえー…」


 使い魔が見た目通りの年齢をしているとは限らないのは人間の寿命からみた尺度だが


「乙女……ねぇ」


 白々しく眺めるも


「はい。私は正真正銘、人間なら見た目通りの年齢ですよ」

「さようで」


 寿命の格差を考えると乙女と言うには図々しいのでは?と思うもさすがにそれには口を出さずにいれば


 トントントン……


 リズミカルなノック音に学園長の秘書は反射的に返事をして扉を開ける。


「初めまして。僕は隣室のヒュアラン・シュヴァインフルト。

 これから三年間隣同士になる。よろしく」


 差し出された手を困惑気に眺めながら


「握手する習慣はないが、ご丁寧にどうも」


 と言いつつ、差し出され続ける手と時間が虚しいだけの光景をなんとかする為にただ手を重ねる様に握手はする。

 すればヒュアラン・シュヴァインフルトが顔を綻ばせる。


「いや、嬉しいな。

 お隣のご家族がこんな美人揃いだなんて、アズリル君は幸せですね」


 言いながらも部屋の中をきょろきょろする。


「私は当学園学園長秘書を務めていただきますグリュン・リマと申します。

 こちらのアズリル君にどのようなご用でしょうか?」


 リマがヒュアランの前に立ちふさがれば彼は目をぱちりと瞬きし


「アズリル殿の姉君ではないのですか?」


 言いながら俺を見て


「誰がどう見ても似てないだろ」

「では彼女は……」


 握手をして話もした相手から女と間違えられた……

 少なくともショックを食らいながらも


「悪いが俺が三年間この部屋の主になるファロード・アズリルだ」


 腕を組みながら壁にもたれて言えば彼は俺目の前に立ち俺の髪を一房掬い取る。

 軽く引っ張りながら


「こんな美しい髪の人が男だなんて……世の中間違っている……」


 するりと髪を手放し床に崩れ落ちながら、男と女を間違えたヒュアランとやらは落ち込みようだったこんな失礼に同情する余地はなく


「黙れ変態野郎」


 他にも言いようがなく嫌味を言うしかない。

 だけどリマはどこか楽しそうに


「確かに私から見ても素敵な髪だと思いますよ」


 背中の半分ぐらいまで伸ばした髪は普段なら一つにくくっているが今日はたまたま縛らず風に遊ばせていた。


「リマ学園長秘書嬢もやはりそう思いますか?」

「はい。このような見事な漆黒の御髪は最近では見なくなりましたもの。

 というか、当学園ではリマ秘書官と役職で呼んでください」

「承知いたしましたが、リマ様のプラチナブロンドも見事です」

「ありがとう。だけど、触って確信が持てたけど、やっぱりファロード君の髪のさらさら感には叶わないわ」

「確かにこのさらさら感は男にしておくのがもったいないほどの心地よさ」

「って、おい!二人とも俺の髪で遊ぶな!!!」


 両側から髪で遊ぶ二人から逃げてポケットから紐を取出し髪をひとくくりに結う。


「あー、そんな乱雑に結ばなくても、そうだ。手土産に髪止めをいくつか用意してあるからそれで飾りましょう!」

「ではお姉さんが綺麗に結わえて差し上げましょう」

「じょーだんじゃねえ!」


 くすくす笑う二人におもちゃじゃねーんだよと小声で抵抗するも


「近しい者は俺の事をヒューイと呼ぶ。改めてだが隣同士よろしくなファロ」


 茶色交じりの金のゆるい癖のある髪の先を弄りながら、翡翠の瞳を楽しそうに細めて俺の初めての友達となり、レイとは違うファロというあだ名を俺にプレゼントしてくれた。


「では、お隣との親睦も深めた所で失礼する。なんせ引っ越しがなかなか終わらなくてな」


 ひょいと廊下に首を出して隣接のヒューイの部屋を覗けば、何人ものメイド達があわただしく荷物を広げては運んでいる姿が見えた。


「こういうのは手伝った方がいいんじゃないのか?」


聞くも


「坊ちゃんはお茶を飲んでお待ちくださいとしか言わん」


 なんてどこかプンスカと怒りながらも部屋へと戻っていくのを不思議そうに眺めればくすくすと笑うリマがいた。


「入学する生徒さんは大半が貴族です。

 シュヴァインフルト家も指折りの名家になりますが、どの家も彼と同じように家来に傅かれながらの環境で育っているはずです。

 それを当然として生きてきた子もいるのでしょうが、ヒュアラン君みたいに自立を願う子にとっては夢の学園生活になるはずです」


 親が子供を見守るようかの視線をふーんとながめながら


「じゃあ、俺みたいなのは少数派なのか?」


 一般市民。

 それどころか田舎者、貧乏人、世間知らず……は、いい勝負か?

 貴族でないという所ですでに村の小学校の出来事が彷彿とするが……


「そうですね。それを唱えないと許さないと言うプライドの者もいるでしょう。

 ですが、この学園では実力がすべて。

 来年以降は知力、体力、魔力、時の運でクラス分けをされるので、それ以降は家の力が全く及ばない環境になりますから」


 にっこりとほほ笑むリマに白い目を向けて


「時の運かよ……」


 思わず呟かずにはいられない一言にリマは当然ですと目を瞠る。


「時の運すら巻き込む強運こそが優秀な魔導師となります」


 言って胸の前で手を重ね


「グリン・グレイムの祝福を」


 呪文でもない、まるで祈るようなしぐさに小首を傾げ


「グリン・グレイム?」

 

 聞けば


「グリン・グレイムは我ら精霊の主になられます」

「マスター契約とは別の?」

「国があり王があるように私達精霊の世界にも頂点に立つ方がお見えになる事は確かです」

「確かって……」


 リマは困ったような顔をして


「確かに私は高位精霊に分類されますが、高位でもさらにランクと言うものがございます。

 判りやすく言えば貴族と言う身分でも直接王族と会話を出来る者は一握りです。

 私はまだそのうちに入る事が出来ない若輩者で、私如きが容易くお目にかかれる方ではありません」


 ニコリとほほ笑むもどこか寂しそうな顔。


「でも、いつかお会いしてみせますとも」


 が、嘘のようなどこか黒い発言とオーラ。

 思わずと言うように改めて彼女を見直してしまう。

 この視線に気づいてかリマは顔を赤らめ微笑みながら


「では、私はマスターの許に戻りますので」


 ホホホ……と笑みを零しながら去って行ってしまった。

 小走りで去って行く後姿を見送るも


「そーいや、何の説明も聞いてないじゃん」


 どうすればいいのかと思うも


「へー、ここがファルのお部屋ねぇ。結構立派なもんじゃないの」


 レイが代わりにやってきた。


「さっきリマちゃんに会ったけど、挨拶もなしに走って行っちゃったけど彼女何かあったの?」

「いや、なんか仄暗い野望があるみたいでな」

「それは物騒ねぇ」


 レイも思わずと言うようにリマの去って行った方を覗くも、彼女が戻ってくるはずもなく


「ま、いっか。それよりも説明書。いろいろ聞いてきたからちょっと話を聞けや」


 言って机に書類を広げながら引き出しをあさりペンを取り出した。

 どうやら文房具一式もそろっているらしい。


「とりあえず、あの宿屋を俺の仮住所にしとくな」


 言いながら書類を一枚書きながら


「明日は九時に入学式があるんだが、クローゼットの中に制服があるはずだが……?」


 隣の寝室にあるクローゼットの中につりさげられた服の中から、来る時見かけた制服を一式取り出した。


「これか?」

「うん。それそれ」


 ここに来る途中見た騎士の制服にも似たものが制服となるらしい。


「で、あと訓練用の体操服……つかジャージ。

 それに教科書一式とかは?」


 一覧表を見ながら部屋の中をぐるぐると歩けば机に近い本棚に並んでいた。


「とりあえずそろってると思う」

「じゃあ、あとは一階に食堂があるらしいけど、自室でも調理OKみたいよ」

「だな。台所があるな。さすがに中身は空っぽだけど」

「学校の食堂もだけど一食500ギラだって」

「高い……のか?」

「安いわよ。今日の昼飯が大盛にしたから一食が1200ギラはこの辺の平均ね。

 まぁ、部屋で好きな物作って食べるもよし、めんどくさいのなら食堂に食べに行くのもよしだね」

「作る方が面倒じゃないかも」

「まぁ、最上階の角部屋じゃあねぇ」

「出口に一番遠いなんて嫌がらせだな」

「そうでもないんだな。都市伝説だけど代々この部屋の住人は出世するらしいんだと」

「たとえば?」

「学年主席になったり、大神官になったり、どっかの国の国王になったり、騎士団の団長になったり」

「どれも縁のない話だな。

 そういや騎士団の団長って言えば、これちょっと読んで。机の上に在った」

「なになに初めまして……って、綺麗な字ねぇ騎士団長さんって」


 光に当てたり匂いをかいたり首をかしげて読んでみたりした後の感想。


「それだけかよ」


 思わず突っ込むも


「まぁ、大体想像通りだから」


 折り目通りに綺麗に畳んだ手紙を受け取り


「想像通り?」


 鸚鵡返しに聞き返せば


「ほら、ファルに倒しに行って来いって行かせてた魔物、あれ、知り合いに売ってるのは知ってると思うけど、王都じゃどれも希少価値の高いものだからね。

 つまりお値段は高くなるから買える人も限定的になるのよ。

 さらに言えば牙とか、爪とか、骨とか、まぁ武器の素材ばかり売り払ってたからね。

 そんなもん纏めてホイホイ買う奴らなんざギルドか貴族か騎士団ぐらいなもんだからな」

「ふーん。って言うか、そんな事してたのかよ」

「別にいいじゃない。それであの山奥の中でも生活できてたんだからね」

「あまり関係なくね?」

「まぁ、積もりに積もってこの部屋ぐらい用意できたって事になるんじゃないのかしら?」


 顔も見た事ない相手にこの品ぞろえに何となく納得した。


「ま、いいわ。

 この後、俺様は学校に住み込めないから、何かあったらあの宿屋に来てくれ。

 でだ。

 当面この町を拠点に仕事するつもりだからどこかのギルドに入るつもり。

 さっきガーリンにいいとこないか紹介の話はつけてある」

「ギルドって、何するんだ?」


 思い出すのは村に来た商人みたいな存在だ。

 あの村特有の薬草を採りに来たり、山に住む魔物の売買に来たりとか、旅人の護衛に来たりとか。


「まぁ、ファルの在学中限定だから魔物退治が手っ取りばやくていいわよね」

「ふーん」


 そんなものかな?なんて思えば


「これは当面の資金。

 金の使い方ぐらい教えたから大丈夫だよな」


 革袋に入った鉄貨や銀貨と金貨。


「それとこれ」


 言って渡されたのは


「アーリーニの牙か?」


 獰猛な金色の毛皮と白い鬣を持つ肉食の魔物だが、その皮は暖かく、その鋭い白い牙はそのまま刃物にもなるくらいに鋭利で大きい。

それを数珠繋ぎにした物を目の前に置いて、


「何か大きい物を買う必要があったらどっかのギルドで換金してもらって使って。

 捨て値でもこの牙一つで食堂お宿十日分借りれるぐらいだからご利用は計画的にねって」


 何てことのないようにもう興味は示さず


「あと、授業で魔武器を作るだろうけど、俺様からもプレゼントだ」


 そう言って、何もない空間から一本の剣を掴みだした。

 いいよな、これってかっこいいよな。

 決して口に出した事のない言葉だけど、このシーンは何度見ても憧れる。

 不思議な事に金色に輝く石がはめ込まれ、同じ金の石で縁取られた透明の剣。

 よく見ると中央に何か文字のようなものが書いてあるけど全く読めない謎の記号が書かれていた。


「俺様が持つ剣の中でも九番目か、十番目にいい剣だぞ?」

「一番じゃねえのかよ」


 くつくつと笑えば


「お前が持つには百年早い」

「はいはい。大切に扱わせてもらいます」


 両手で受け取った時、思わずクラリと軽い眩暈がするほど魔力を削り取られた。


「……あれ、眩暈か?」


 その場にぺたりと座り込んで思わずと言うように体調の不調を口にすれば


「おんやぁ?なんとか耐えたねぇ。

 まぁ、それは契約の証として剣がファルを試したんだよ」

「契約の証って、試したって……?」


 一瞬の眩暈はもうないが、こんどはどっと疲れた疲労感が襲い掛かっている。


「その魔剣が起動するにあたって契約者の魔力を奪ったと言う形なんだが、耐えれなかったらそのまま魔力を吸い尽くされてさようなら?」

「おいおい…」


 物騒だなと言うにも疲労感が言葉つなげさせてくれない。


「耐えきれば使い手に応えてくれる頼もしい剣さ。

 ダメならただの切れ味のいい剣程度」

「なんかまるで使い魔みたいだな」

「半分当たり、半分外れ。

 剣には意志はないからね。

 大切にかわいがってあげなさいよ。

 ああ、できたら名前でも付けてあげなさい。

 剣もファルになついてくれるわよ」

「それは……」


 もう使い魔と言ってもいいんじゃね?と思う合間にあくびが出た。


「……なんか眠い」

「ファルの魔力は馬鹿でかいから、こんなに酷使した事ないから知らないだろうけど、普通魔力の消費が激しいと魔力回復の為に強制的に睡魔が襲ってくるものなのよ?」

「ふーん」

「だけど明日の始業式は九時から。見に行けないけど遅刻したら笑うから」

「何とかなるでしょ」


 言いながら鞘にも収まってない剣を抱きしめながらその場に横になってしまう。


「あ、こら、ファル!せめてベットに行きやがれ!!」

「もうここでいい。寝る」

「じゃあ、剣ぐらいはなしなさい!」

「ああ、じゃあ、グレームは机の上にでも置いておいてくれ」

「グレーム?」


俺から受け取った剣を無駄に立派な机の上に置いて


「リマから聞いたんだけど、グリンなんとかって言う精霊の主って奴の名前を捩った。

 なんかありがたみが出ただろ?」


 頑張って瞬間的にひらめいた言葉を眠気と精いっぱい戦いながら伝えた言葉にレイは恐ろしく理解不能な顔をして


「かえって縁起悪くないか?」


 なんじゃそらと言った顔を隠しもせずに俺につぶやいたのを遠くなる意識の中で聞いたような気がした。



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