都会の常識田舎の非常識、常識とは何ぞ?
どっと疲れた日の放課後はエクルはミストを連れて何処かへと行ってしまい、ヒューイは何やらあまり遠くない家に忘れ物を取りに行くと出かけてしまう中俺は黎明の月の隣の食堂へと足を運んでいた。
「いらっしゃい!って、ファロード、今日は可愛らしいお友達は一緒じゃないのかい?」
「女だけの買い物でもするつもりっぽいから危うきには近寄らずって奴だ」
「ははは!お買い物が楽しいお年頃の女の子に何も付き合う物好きはいないって言うのはこの世の常識だな!」
近くのギルドの男が笑いながら言えば女性の不評を買いつつも男性からの賛同を得たのは当然の結果と言うのだろうか。
「で、レイは居るか?」
「レイなら不動産屋を回ってるよ。
やっぱり自分の部屋を早く持ちたいってぼやいてたからね。ほら、この上じゃやっぱりうるさいからねぇ。
金はあるんだからって不動産屋を紹介したけどそろそろ帰ってくるはず……」
「来た」
思わずトリアと視線を見合わせてしまえば
「ただいまー!
トリアちゃん悪いけど不動産屋のおにーさんとおねーさんに飲み物をおねがい。
俺の分も追加でって、ファルどうしたの?何かしちゃったのトリアちゃん」
「いやファロードはいい感してるなってね?」
ふーんと言いながらも一人でまた俺様に会いに来てなんてと言う風に俺のテーブルの隣に不動産屋の二人を座らせて俺と同じテーブルの席に着くレイに
「こないだのミストの事しっかり学園長にばれた事をまず報告」
「そりゃああの御仁なら見抜くわな」
「で、ミストのオヤジさんにもばれましたと」
「まぁ、近からず早からずばれるとは思ってたから別にいいんじゃない?」
何て言いながらも不動産屋の二人に飲み物以外なら一品どうぞと勧めていたが、二人ともがっつり軽食セットを頼んでいた。
俺も小腹空いたなと思うも夜はヒューイと学食の約束をしていたので軽食を頼む。
「移動が多くてお昼食べ損ねたからねぇ。
寧ろ夕食食べるつもりで頼んでもいいわよ」
振り回した責任を感じてかそう言った一言に二人は軽食セットから夕食のセットメニューに変更していた。
「で、家は決まったか?」
「近くの空き家を一軒借りたわ。
ファルも学校が長期休みの時とか気安く泊まれるようにってね。
エィンシャン達は郊外の大きな家を希望してたんだけど、家の世話って大変じゃん?
それにここに来るまでの手間とか発生するから、小さくてもここに近い方が良いかなってね。
後で案内するけどここと学校の間ぐらいにあるお家なの。
美味い飯屋と酒場が近くにある住宅地の一軒家。十分でしょ」
「ここの近くだったらあそこの空き家でもよかったんじゃね?」
この店に来て三度目だけど、窓から見える家は常に鎧戸までしっかりと閉まっていて明かりはもちろん人の居る気配は全くなかった。
なんとなくあんな感じの家が良いなと思って窓越しに指を指して言えば
「ああ、うん。俺様もそう思ったんだけど、あそこ一応人が住んでるんだって。
留守がちの人って言うか、このギルドの人のお家らしいの。
物騒だから窓から見える所に借りたって言うか、月に一度顔を出すか出さないかって人だから俺様もまだ顔合わせした事ないけどね。
一応一番下っ端だから先輩には挨拶しとかないとねー」
そんなつまらない順序で問題を起こしたばかりだ。
苦笑する店内では一応そう言った体面を気にしてくれるレイに悪いねとトリアが口を挟むが、そのすぐ隣ではガーリンのメシの美味さに暴れている二人を見て少しだけ椅子をずらしてしまうのは仕方がないだろう。
「そんで新しい学校はどうよ?
授業の方は大丈夫だった?」
まるで父親のように心配するレイに苦笑しながら
「授業の方はおかげさまでよゆーって言うか、先生の方が曲者だった。
歴史のセンセーでベラルディ公爵家かなんかに婿養子に入ったって人なんだけど何でかセンセーなんてやってて、その人の経歴がなんて言うか、あまりに酷すぎて息を吐く音さえ零せない状態で参った……」
「なにそれ……」
一体どんな授業よとレイは難しい顔をするが
「おや、ベラルディの婿養子殿は王宮勤めから学校勤めに変わったのかい?」
トリアが隣のテーブルの食べ終わった皿を片付けてデザートを運んでいる合間に口を挟んできた。
「そこまでは知らんけど、留学してたとは言ってたな」
本人の自己申告だから誰でも知っているだろう事を言えば
「その後外交官でいろんな国に出向いたりして人脈を築いてたんだが、何でここで学校の先生?」
「有望な学生の確保じゃね?ってヒューイは言ってたけど」
その言葉になるほどと頷いて
「もうすぐ巫女候補が決まるが、その候補者を確保するにも絶好のチャンスか。
そうなると騎士団側の指示か?
騎士団長も随分と面白い人脈をお持ちだね」
ふーんふーんと唸りながら皿を下げるトリアを見送りながら
「なにあれ?」
「さあ?俺様如きじゃマスター・トリアの考えは理解できないわよ」
調理場へと下がったと思ったらそのまま出てこなくなって、代わりにバイトが足取り軽く働きだす食堂からレイは俺の分も含めて食事代を支払い不動産屋のコンビとお別れしてレイの新たな家へと向かう事にした。
黎明の月から歩く事10分もかからない場所に新たなレイの家はあった。
窓が開いており、誰かが掃除をしていた。
その長身の人影に
「エィンシャン!」
ドアを開けて室内に飛び込めば
「ファロード、マスターおかえりなさい」
俺も大概長身だが更に俺よりも頭一つ分背の高い表情の少ない精霊エィンシャンは箒を持って天井の角に張った蜘蛛の巣を撤去していた。
「悪いわね。掃除頼んで」
「他の奴らはまだ任務中だと言う」
「まぁ、俺がそう命じてるから文句は言えないんだけど」
頭に三角筋をかぶり、背中を一筋だけ流れるような長い髪は淡い緑色から先っぽに向って紫紺へと濃ゆくなる不思議な色合いは昔から変わらず海のような不思議な色合いだ。
「俺も手伝う」
「この廊下の先に台所があってそこから裏庭に出れる。
二階はまだ手つかずだが、生活の場でもある一階から掃除をするように」
「りょーかい!」
俺はエィンシャンから雑巾を貰ってバケツを探す。
「ファロード悪いが井戸の水を入れ替えてくれ。
随分臭う」
「井戸があるのか……」
閉ざされていた井戸の蓋を取り除く。
間違って落ちないようにと釘で止めてあったのをナイフで面倒だけど一本一本釘を抜いて井戸の様子を見る。
雑草が生え、虫も潜り込んでいて何かの卵が張り付いてあった。
既にどこかへと散った後のようだがそれでも一つや二つと言う数ではないのでウンザリとする。
近くにあった桶についてる紐は苔ではなくカビが生えていて衛生的じゃない。
それよりも水の状態を見るべく桶ですくい上げれば、淀んだ砂交じりの水に顔を歪める。
人も住まない山奥の水は透明でさらさらとして、こんな臭いはしなくて思わず顔を顰めていれば
「おんや?ファルは都会の水にびっくりか?」
「都会の水って……」
「この辺の水は供給過多だからねぇ。浸透した雨が濾過される前に搾り取られちゃうから砂交じりの濁ってちょっと臭いが鼻につくようなこんなもんになるのよ。
もし飲む時は一度沸かしてから飲むように。
お腹壊すわよ?」
「いやいや、トリアの所でも学校の所でも綺麗な水だったぞ?」
「そりゃあれは魔法石で作りだした水だもの。
砂も交じってないし、泥の匂いもしないし濁ってない。
ちょっと魔力を帯びているけどコップに入れて飲むわずかな間に空気中に溶け込む程度の微かな魔力気付かなかった?」
「あー、俺ちょくちょく自分で水作って飲んでるから麻痺してるのかも……」
「おや、それはダメよ。
何が混ざっているか判らなくなるまで麻痺するのはいけないな。
変な薬が混ざってるかもしれないし、毒が混ざってるかもしれない。
口にする物には注意する、たとえそれが自分が作り出した物だとしてもだ。
飲む時食べる時はこれからでも注意して摂取する様に」
「普段は水球作ってちゅーって飲んでるんだけど」
「ちゃんとコップを使っいなさい。素晴らしい文明があるんだからちゃんと使うように」
「へーい」
「その様子では変わりそうもないな」
エィンシャンまで井戸の様子を覗きに来た。
「何だったら井戸は閉めるか?」
「そうねぇ。でもファルが卒業したらこの家もいらないから次の人の事考えると井戸付き物件って色がつくから残しておいた方が良い物だし……
まぁ、洗濯用の井戸として取っときましょう」
「だったら水を抜いて井戸を焼いて新しい桶とロープが必要になるな」
「ついでにつるはしでも作っちゃいましょう。屋根付きの。
トリアちゃん腕のいい大工知らないかしら?」
明日聞きましょうかと井戸はファルに任せるとの言葉と同時に庭も使えるようにしてと草取りを命じられた。
「マスター、せっかくならこの庭少し角を借りてもいいだろうか?」
「何か育てたいの?
別に俺様が庭で酒でも飲める場所さえ確保しておいてくれれば好きに使っていいわよー」
「だったら俺も何か魚焼いたり肉焼いたりする場所欲しい」
「台所でやりなさい」
「煙たいのは嫌なんだよ」
「まぁ家の中煙の臭いでいっぱいになるのも俺様も勘弁してほしいからねぇ」
「承知した。
屋根つきのつるはしを作る折りに外で食事を作る簡単な物も作るよう頼もう」
「エィンシャンの使いたいようにしていいわよ」
「ふむ。
そうすると小さな東屋でも作るべきか……」
「そんなに庭広くないんだから出来る事には限界があるのよ?」
「それを含めて任せてくれ」
「レイー、もう手遅れだって」
「うん。俺様も諦めた」
何処からか取り出した紙を広げて図面らしき物を書き始めるのを見て俺は魔法でちゃっちゃと水を抜いて井戸の草や虫の卵の殻、井戸の住人を焼き切ってまた魔法で水洗いしてその水を抜いて井戸掃除終了。
「って言うか、井戸ってめんどくせー」
「まぁあれは資産価値が増す程度の存在だから。
水魔法使えない人には必須なのよ?」
「魔石の水だってあるだろう……」
「あれ一個買うのにこのあたりのひと月の平均収入は必要なのよ。
水なら共同井戸もあるし、火魔法の魔石の方が利用度が高いからどっちを取るかって話しよ。
とはいってもみんなファルみたいに水ジャージャー出すほど魔力ないし、火も数分でケトル一杯分を沸騰させる事は出来ないからねぇ」
「そんな物か?」
「部屋の台所使ってみた?」
寮に設置された台所を朝は食堂まで行くめんどくささに適当に作って食べているが
「火力弱い、水の出も悪い。
あんな豪勢な部屋なのに随分せこいとは思ったるけど。
せいぜい使えるのは一定温度を保持したままの戸棚だな。
あれは便利だ」
良く冷えたミルクが飲めるというのは贅沢だと思っているのは口にしない。
「おやおや、やっとファルのお目に叶う物があったか。
って言うか、あの寮にある個室の設備はこの当りの中流から上流家庭の一般的な台所を再現した物よ。
上級以上の人達には下々の生活を学べと言う場となり中級以下の人達にはこれを励みに頑張れって言った所かしら?
そんなような事言ってたわよあの学校の一番偉い人は」
「学園長がねぇ、ふーん……」
「ま、ばれないように自分の使いやすいお部屋にしてもいいわよって一番偉いじーさんも言ってたわよ」
「わよはないだろ、わよは……」
「そんなわけで、俺様早速今この家を弄ってみたんだけどね」
トコトコと家の中に戻って新たな台所を見る。
煉瓦造りの床も壁も変わりはないし、作り付けの竃も変わった所はなかった。
だけどポットのような物があってそれを排水溝に向ければいくらでも水がジャージャー出て来るし、竃の横にオーブンが設置してあり、ドアの横に赤い魔石があったから触れてみればオーブンの中は瞬く間に温度が上昇していく。
頭上には煙突もあるしって言うか埃を焼き切る匂いが吸い込まれていくような……
「ファル、悪いけどオーブンの中一度焼き切って煙突の中もいぶして」
「やってるけど、家のオーブンより使いよくね?」
「田舎仕様と都会仕様の差よ。
都会じゃまきを燃やして煙り出すと怒られるからねぇ……
魔石買う金がないのならスラムに行けって追い出されちゃうし」
「マジか……
魔石にいくら出すかは知らないけど薪何てちょっとした労働力なだけだし」
「それが都会の常識田舎の非常識よ。
少なくとも寮で生活するなら都会の常識を学びなさい。
ヒューイ君とかエクルちゃんとか……は不安なコンビだけどミストちゃんなら一年学校で修行してるんだから聞くにはちょうどいいじゃないの」
「って言うか、ミストと結婚する気じゃないだろうな?」
「まさか?!
俺様処女とかガキとかめんどくさいの嫌いなの。
トリアちゃんみたいなバインボインで俺様と同じぐらいの年齢が希望なの知ってるでしょ。
年が離れるとね、いろいろ面倒なのはファルも村で見て来て知ってるでしょ?」
歳の差結婚と聞こえはいいが要は親の介護、そして自分の介護要員だったり、働き手の確保だったりろくな理由じゃなかったなと思い出せば
「それに貴族とかめんどくさい匂いしかないじゃないの」
「だけどよ……」
「ファルが言いたいのは精霊の契約でしょ?
神殿にご奉仕って事で当面は良くてもそれまでとそれ以降よね。
とりあえず何とか誤魔化せるように考えとくわって言うか、一度その精霊とご対面してお話ししないとね」
だから別にファルが心配する事じゃないわよとニヘラと笑って床にモップをかけて行く姿が
「不安しかねぇ……」
エィンシャンがまだ天井の埃がと慌ててやってきたので俺は二階の掃除に行くと言ってこの場を逃げ出すのだった。




