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ロストソング  作者: 雪那 由多
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ウィスタリア魔導学園

年増のウェイトレスのあの人が出るよ。

 長く住み続けた山を下り、恐ろしく何一つ良い思い出のない村ですれ違う誰にも別れを告げずに黙ったまま抜け、さらに先にある町から馬車を幾つも乗り継ぎ、辿り着いた先はあまりの活気と人の多さに思わず口を開けたまま眺める王都ウィスタリアの様子にレイは俺の服の袖を引っ張った。


「ほら、ファルがいくら田舎者でも突っ立ってたら通行人の邪魔になるよ」


 たたらを踏むようにレイの後ろについて歩き出すも、視線は周囲をきょろきょろと見回してしまう。


「なんか珍しいものでもあった?」

「いや……すごい人だなって。祭りでもあるのか?」


 見る物総てに物珍しさを覚えながら遅れがちになる足取りを何度も駆け足でレイの歩みに合わせれば、かかかと楽しそうに声を立てて笑う。


「そういやファルを王都に連れてきたのは初めてだったな。

 王都は100万人都市って言われるぐらいだからね。

 祭りじゃなくてもいつもこれくらい人は居るわよ」


 いつもと聞かされて驚いた。

 住んでいた山の麓の村でも祭りの時には1000人以上の人が集まってすごいと思っていたのに……


「それよりも俺様腹が減ったからまず何か食おうぜ……って、この空腹を引き付けるこの匂いは……!」


 ふらふらと匂いにつられるように店に入って行ったレイを追いかけるように店に入れば小さいながらも活気のある食堂だった。


「いらっしゃい!」


 背の高い真っ赤な髪を適当に束ねたと言う感じの女が目の前に立っていた。


「とりあえず何か食べさせて!」


 レイはその女の大きくはだけている胸のあたりに視線を釘付けにしながら言えば、女は胸を強調する服を選ぶぐらいだからそれぐらいの視線で気を悪くした様子もなくレイと俺を壁際の席に押しやった。


「じゃあ本日のおすすめのランチ二人分でいいかい?」

「山盛りで頼むよ、その前に水もちょーだい!のど乾いたぁ」

「はいよ」


 快活な声で楽しそうに笑いながら厨房へと消える女を見送ってから俺はテーブルを挟んだ向こうにいるレイに身をのり出しながら聞く。


「そういや金なんて持ってんのかよ」


 時折俺を村の学校で寄宿させている間何処かへと出稼ぎに行っていたレイだから慣れているのだろうと想像はつけるも、普段は山の動物を狩ったり木の実を取ったりの生活が基本だ。

 ここに来るまでの馬車代も物々交換だったし……

 あまりお金を使っている所なんて見た事はなかったがレイはあっさりと言う。


「んなもん持ってるわけないだろ」


 思わず血の気が引きそうになる所にゴンと二つのゴブレットが透明な水をなみなみと揺らして目の前に置かれた。


「金はないだと?」


真っ赤な髪の女は何とも言えない凄惨な笑顔でレイを見下ろせば


「悪いけど長旅してきた所なのよ。これで勘弁して」


 懐から革袋を取出し、その中から小さな白い尖った……牙のようなものをとりだした。

 女は怪訝な顔でそれを眺めながら


「ひょっとしてこれ…」

「グランタイガの牙だ。薬としても素材としても一級品。捨て値でも釣りがくるぜ?」

「悪いが、うちの店じゃこんな高級品に釣りあった料理なんて出せないよ」

「なんだとー?!トリアー!きこえてっぞ!!」


 厨房から聞こえる野太い声に店の常連客だろう、どっと笑う。


「何、ちょっと頼みがあってね。ここの上って宿になってるだろ?泊めてほしいんだけど」


 言えば女はほっとしたようにグランタイガの爪をポケットに入れた。


「それでもひと月は泊めてやれる分はあるぞ」


 どこか困ったように笑うトリアと呼ばれた女にレイは少し考えながら


「ならそれぐらいをめどに新しい部屋借りるまで部屋を借りるわ」

「じゃあ、食事の後で案内してやるぞ」


 厳つい筋肉質の男がもってきて目の前に差し出された骨付きの鶏肉から昇る匂いと、焼きたてのパンの匂いに思わずよだれが出た。


「ははは、ガーリンの料理で最高の褒め言葉だね」


 トリアは俺の頭をやさしくなでながらおあがりなと言って二人して厨房へと戻って行った。


「そいじゃ、先に食べようか」


 その言葉を待たずに俺は油の滴る鶏肉に頬張りついた。

 レイの嗅覚に適った通りあめ色に焼かれた鶏肉は上手く臭みを消してあって、添えられていた野菜も青臭さがなく、表面はぱりぱり、中はもちっとしたパンはほんのりと塩味がきいていて想像以上に美味かった。

 余りの俺の食べっぷりにレイはもう一つ鶏肉のローストを頼んでくれたけどそれもあっという間に平らげ、幸せそうに俺を眺めながら、客の引いた店内でガーリンと言う見た目の恰幅の良さに似合わず美味い料理を作ったおっさんと宿の話を纏めていた。

 俺が食べ終わったのを見計らって


「じゃ、部屋を見に行くか?」


 言って一度店を出て隣との家の間の扉を開けばいきなり階段があった。

 窓があれど明るくない階段を抜ければその先には3つの部屋が並んでいた。


「好きな部屋を使いな」

「じゃあ、階段のそばで。って、繁盛してなさそうね」

「時々酔いつぶれた客が使ってくれてるのさ」

「なるほど」


 ぼったくりもいい所ねーなんて談笑しているあたり、いつのまにか気心の知れた相手となっていたのだろう。

 渡してくれた鍵を手に部屋を開ければベットとテーブルとイス、クローゼットに壁際にソファまで置いてあった。

 すぐ横のチェストの程よい低さにテーブルの代わりと言うのが分かったが……


「おい、どう見てもこれ1人部屋だよな?」


 レイに聞けば少しの間俺を見て


「ああ、ファルが通う学校は全寮制だから……って、言ってなかったっけ?」

「初耳だっつーの」


 よそ様の家で殴り飛ばすわけにもいかないのでとりあえず行き場のない怒りをレイの頭に叩き付ければ、ぱたりと倒れた。

 俺は少しだけ赤くなった拳をなでながらベットに座り


「で、その学校とやらにはいつ行くんだ?」


 思いっきりくつろぎ体制に入りかけている俺にレイは殴られた頭をさすりながら体を起こし床に座りながら


「荷物を置いたらすぐにでも行くわよ」


 計画性がないと言うか、これも計画の内かは知らないが、俺はクローゼットにレイのカバンを放り込んで


「じゃあ、行くか?」


レイの手をひっぱって立ち上がらせて部屋を出た。


「それにしてもファルだっけか?どこの学校通うんだ?」


 階段を降りながらそういえば俺も聞いてないなとレイを見れば


「ウィスタリア王国立ウィスタリア魔導学園よ」

「へー、魔導学園ってことは魔法教えてくれるのか?」

「召喚魔法とか、正しく教えてもらえるから親切よー」

「そ、そうなのか?」


 時々しか見かけないけどすっごい綺麗な契約したと言う精霊とか、魔力空間に荷物を収納したりとか、レイがあまり使ってる所見た事ないけどああいう事を教えてもらえるのかとちょっとときめく。


「ウィスタリア魔導学園の生徒さんか?見かけによらないなぁ」


 感心したかのようなガーリンの声に俺よりも頭二つ高い位置の顔を見上げれば


「おっさんも知ってるのか?ウィスタリア魔導学園って」


 有名なんだなと考える間もなくガーリンは俺の背をバシンと叩く


「ぐはっ」


 思わず肺の空気を吐き出して変な声が出るもお構いなくバシバシと背中を叩く。


「そりゃ、阿呆な王侯貴族ですら容赦なく入学拒否したり、有名な魔導師、騎士はウィスタリア魔導学園出身だったり、俺達庶民にはあこがれの夢のような学校だ」


 目を細めて羨ましそうにどこか過去を見ている男にこの道をまっすぐだからと見送られながらウィスタリア魔導学園へと向かった。







 宿を出て10分ほど歩いただろうか、広大な森を囲むような金色の門がそこには待ち受けていた。


「はー……」


 でかい。

 とは声に出さず、既に開いていて何人もの同じ服を着た生徒だろう人達を横目にレイに案内されるまま構内を歩いた。

 場所知ってるのかよと思うも道筋にはちゃんと案内板が置いてあって、迷うことなく校舎へとたどり着いた。

 これまた白地に金の窓枠やらとどこのお城ですかとレイに聞こうとするもレイは物怖じせず窓口と書かれた場所にいた人に話しかけて俺を連れて学園長室へと案内されれば立派な彫刻の施された扉を前に待たされる事もなくその重そうな扉は開いた。

 壁一面のガラス窓を背に俺が手を広げてもなお広い机で待っていたのは一人の高齢なじいさんだった。

 目尻は皺垂れ、髪には黒髪を見つける方が困難なほど真っ白な髪をしていた。


「ようこそウィスタリア魔導学園へ。

 ファロード・アズリルと養父のレイ・アズリル殿ですね?

 ウィスタリア魔導学園園長ジェオルジ・クレーブスです。遠い所よくお越しくださった」

「はい。このたびは知人を通してずいぶんなご無理をお願いしてしまいましてすみません」


 頭をぼりぼり掻きながらバツの悪い顔をするもジェオルジ・クレーブスと言う学園長は笑顔を絶やさず俺達にソファに座るように促してくれた。

 そしてタイミングよく俺達が入ってきた扉とは別の扉から学園長とは違うキラキラと輝く白く長い髪を高い位置で結わえた優しげな女性が湯気の昇る香りのよい紅茶を俺達に差し出してくれた。

 思わずその女性に見惚れてしまえば


「何か?」


 自分の美貌をよく知っているかのように涼しげな顔で鈴を転がした声で苦笑を含む声で聞かれるから思わず


「さすが魔導学園だな、って。

 こんなふうに普通に人型の精霊に会えるとは思わなかったから……」


 尻すぼみになってしまう言葉は紅茶を出してくれた女性の驚いた顔と、学園長の一瞬見せた緊張した顔と、レイが片手で顔を覆った仕種を見ての事。

 一瞬の静寂の後に


「最初から私を精霊と?」


 少し困り顔で小首かしげる彼女にここで下手な隠し事は出来ないなと腹をくくり


「ドアを開ける前から人とは何か違う気配があったのには気づいてたけど、姿を見て、魔力の、こう体の周りを流れる感じが人と違うなって気づいて、ああ、この気配はレイの精霊に似ているなって思って……」


 出来る限り正しく言えば彼女柔らかく微笑み


「グリュン・リマと言う名前でマスターの秘書をさせていただいてます。どうぞリマとお呼びください」

「人間として働いているって事?」

「はい。

 ただ、まだ一部の方しか私が学園長と契約した精霊という事に気づいてらっしゃらないので、できればご協力いただければと」

「いいぜ、それくらいお安い御用……って、何笑ってんだよレイ」


 くつくつと喉を震わせあがらレイは学園長に向かって頭を下げる。


「こんな世間知らずなのでどうかよろしくお願いします」

「おい、世間知らずってなんだよ」


 思わず机の下でレイの足を踏むも、痛みなんて気にならないと言うように愉快な顔を俺に向けて


「ふつーはな、人に化けた精霊の正体なんて見抜けないもんだよ!」


 言った所で大爆笑をしながら腹を抱えて床に転がって行く。

 そうなのか?と、学園長とリマに視線を交互に向ければ、リマは楽しそうに微笑み学園長もどこか楽しそうに笑いながら


「完璧に人に変装できるようになった精霊を人間如きが普通ならまず見抜けないじゃろう。

 よっぽど魔力に敏感な者なら見抜けるかもしれないが、学園の生徒の内じゃまず無理じゃ」


 言いながら紅茶で口の中を湿らせ


「ファロード君への学園編入試験をどうしようかと思ったが面白い物が見れた。

 十分に学園の生徒としての資格はあるようじゃ。

 改めてようこそウィスタリア王国立ウィスタリア魔導学園に」


 差し出された手をどうするんだといまだ床に転がるレイを見下ろして溜息をつけば俺がその手を代って握り返す。


「まだ詳しい事をレイから何も聞いてないけど、よろしくお願いします」


 重ねた学園長の手は意外と肉厚でペンだこすらあり、微かに人が発する魔力の暖かさに思わず安心すら覚えてしまった。

 そんな俺の妙な癖を見抜いてか少しだけばつの悪そうな顔をすればリマがではと机の上の封筒を持って俺に立つように促す。


「レイ・アズリル様、これよりウィスタリア王国立ウィスタリア魔導学園が責任を持ってファロード・アズリル君を三年間お預かりします。

 レイ様はこれよりもう少し学園長とファロード君の担任と少しお時間を頂きになりますが、ファロード君は先に学校設備、寮の案内となります。

 説明が終わり次第今年度入学生用のグラナート寮へとお越しください」

「はひー。りょーかい」


 いまだにひーひーと涙をこぼしながら、でも軽く手を上げる姿がドアの向こうに消えた瞬間何とも言えない居た堪れない気持ちから思わずリマにうちのレイの態度が悪くてごめんなさいと頭を下げてしまった。






 色々と建物を巡ったのちに新緑の目映い木々の間を抜けるような小道の向こうに煉瓦造りのグラナート寮の姿が見えた。

 さっきの本校舎とは違い、しっくりとした色合いの落ち着いた雰囲気のある建物だった。

ただ


「でけぇ……」


 ぽかんと五階建ての建物を見上げ、さらに右と左に広がる広さにこそ驚いた。

 二人並んで建物を見上げ


「一階は食堂やミーティングルーム、ロビーと行った交流の場になっているの。

 向かって右側が男子生徒用、左側が女子生徒用に分かれてて男子、女子はお互い一階に下りないと会えないし、男子が女子の部屋、女子が男子の部屋に行くことは許されてません」

「ふーん」

「最初に配置された部屋が三年間貴方の部屋になるわ」


 簡単な説明の後、どこか人の出入りが激しいごった返すロビーの受付に座る女性に鍵をもらい、リマに部屋まで案内してもらう事になった。


「なんか、騒々しいな」


 思わずと言うようにつぶやいた言葉にリマは微笑ましいと言うように笑い


「引っ越しは今日までなので。

 これから夏の長期休暇までご家族とゆっくりする時間はあまりないでしょうから皆さん寂しさをごまかしておいでですのよ。

 ウィスタリア魔導学園の新年度名物の光景です」


 よく見ればどこもかしこでもどこか甲斐甲斐しく子供に世話を焼く姿が見えて、思わず視線を反らしてしまうも


「そういや、俺の部屋って……」


 家具とかなんかレイに相談しないといけないのか?と、通りすがりの開けっ放しの扉を覗けば本棚に本を詰め込んだり、カーペットを敷いたりとせわしなく働く使用人の姿が見れた。

 その光景を見てどうすんだ?なんて頭を抱えたくなるも、


「ここ、五階の最奥の部屋がファロード君の部屋になりますわ」


 言ってさっき貰った鍵で開ければそこにはすでに部屋がセッティングされていた。


「なんか……ほんとにここか?」


 天井に届かんばかりの壁一面の本棚には、いろいろ本が詰まっていて、毛足の詰まったカーペットが広がり、艶やかな光沢の机の上には一通の上質の紙を使った手紙がすぐ目に留まるように置かれていた。





時系列的には建国したばかりのお話になります。

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