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ロストソング  作者: 雪那 由多
13/38

ダイブ!

 ウェルキィの背に掴まって森を一っ跳びで越え、雲を突き抜けて山頂へとたどり着いた。

 山頂にはヘイズ先生と学園長のジェオルジ=クレーブスが居た。 


「おや、君はこちらに来たのかい?」

「ヘイズ先生まだいたのかよって言うか、学園長も?」


 じーさんなのに早いなーと感心しながらウェルキィの背中からすとんと降りれば


「山頂から様子を見て見ようかと思って来たのだが、思ったより雲が厚いのう」


 むーんと唸る学園長に


「どのみち時間切れなのでここは撤収しなくてはいけませんが……」

「まだ昇ってくる者がいるかもしれんしのう……」


 撤退するのは簡単だが教師を頼りに上ってくる者がいるかもしれない。

 課題をクリアするために意地でも登ってくる者がいるかもしれない。


「性質わりぃなぁ。

 こんな状態の山無理やり昇っても事故しか起きないだろ……」

「それが判るか判らないかもこの訓練の一環なんだけど、ああ、本当の馬鹿が一組昇ってきますね……

 迎えに行ってスタート地点に戻ります」

「ヘイズ先生頼みます。

 さて、儂は他のチェックポイントに向かうが?」

「なら俺は気配を辿って山を下ります。

 なんかヘイズ先生が向かった方以外にも別のチームがいる気配があるので」

「おお、良く気付いてくれた。

 悪いが頼む」

「レイにウェルキィを貸してもらったから余裕」


 そう言ってひょいと背中に乗り


「悪いけどこのまままっすぐ下に駆け下りてくれるか?」

「がふっ」


 獣らしい良く耳慣れた声での返事に思わず笑い


「ウェルキィはやっぱりこの声の方がいいなぁ。

 なんかどっかの兄貴みたいな口調だと調子狂う」

『それは失礼と言う奴だ』


 頭の中に少しだけ憤慨した声に思わず笑いながら


「じゃあ、足場悪いけど頼むぜ」

「わふっ」


 任せろと言う様に吠える声と同時に崖を飛び下りると言う様にぴょんと身を躍らせてそのまま遥か下の突出した崖に着陸しようとするのを見たヘイズ先生が慌ててアズリス!!!と叫ぶ必死な絶叫だけが響いていのには笑い声で返事をしておいた。


 まるで水の中のような黒い雲の中を一瞬で駆け抜ければその下は叩き付けるような滝のような雨の中を最低限の着地だけで駆け下りる。

 大きな翼は使わずに脚力だけで少ない歩数でほぼ一直線で駆け下りれば近づいて気が付く。

 ほんのわずかな窪みに数名の姿が、窪みの中に隠れきれずに雨を全身で受けながら体を小さくして震えていた。

 ウェルキィの上から見た限りでは彼らの荷物はすでになく、二人の大きな大人が持っていたマントで冷え切っている身体をこれ以上冷やさないようにと屋根を作っていたけど役には立っていないようだ。


「お家に帰りたい……」

「誰かいませんか!」

「寒い、みんなもっと引っ付いて」

「この私にいつまでもこんな事許されるとは思わないで!

 早く助けに来なさいよ!」


 泣きじゃくる子供達に大人は


「泣くと体力を消耗する」

「救助活動は始まってるはずだし救難サインは出している。

 もう少し辛抱するんだ!」


 手におえないと言う表情と、さすがに屈強なギルドの人間でも体調が悪くなりだしたのか唇は真っ青だ。

 そりゃこんな雨に長々と当たってたらそうもなるわと、俺はウェルキィから下りて


「大丈夫か?!」


 雨に声が消される中でも大きな声を張り上げて叫べば、ギルドの男が声に気づいて周囲を見回し俺を見付けてくれた。


「お前は確か……」

「ファロードだ。

 レイに手数が欲しいって言われて手伝っている」

「助かる。

 他に救援は?」

「悪いが、俺一人と、ウェルキィだ。

 後は散らばってる」


 指を射して水煙の向こうにいる猫のような犬のような虎のようなごちゃ混ぜの翼をはやした四足の獣を紹介すれば絶叫と女の子が気絶して水たまりの中にぶっ倒れたりとの騒ぎになった。


「ちょっと、それなんなんですか!魔物なんて近づけないで!!!」


 雨か涙か判らないけど、寒さにも関係なく真っ青にして見せたミストの妹にウェルキィへの蔑視にむすっとするも


「判った。

 じゃあ俺達は拠点に帰るからお前らは次の捜索隊が来るまでここで待ってればいい」

「ちょっと待ってくれ!!!」


 ギルドの男が慌てて俺に手を伸ばして袖に掴まる。


「このお嬢さんの事は俺が代わりに詫びる。

 だから俺達を拠点まで連れてってくれ!」

「急激に気温も落ちた来たからこのままだと凍えて命の心配もある!」


 ギルドの男の判断に妹以外は命の心配という言葉に途端に不安に駆られたかのように俺の方に近寄ってきて


「拠点に行くのなら俺達も連れてってくれ!」

「これ以上こんな雨に打たれるわけにはいかないんだ!」

「方向も地図も既に失ってリタイアは決定なんだ。

 だから早く森から出してくれ!!!」


「ふざけないで!

 こんな所で巫女候補が失敗するわけにはいかないの!

 あと拠点に帰るだけなんだから意地でも自分の足で帰るわよ!」


 杖を振りかざして雨を操り頭上から降り注ぐ雨を横に反らしていた。


「おぉ、すげえな」


 誰ともなく反れて降る雨を凄いと見上げるも暫くもしないうちにぽつりぽつりと頭に振り始めて瞬く間に元通りの雨に全身を打たれる事になった。

 それどころか大量の雨粒を操作すると言う大技を使ったミストの妹は魔力がほぼ尽きたと言う様に膝から崩れ落ちて、大きな水たまりと化している森の地面に直接座り込んでしまい、荒い息を零しながらも、魔力の消費は体力の消費と同等だ。

 顔色も悪くなっていく中最後まで助けを求める声を上げていた一人の男子生徒が彼女の前で膝を折り


「モリエール様の御身に何かあればシャトルーズ家にとっても一大事です。

 既に二名意識を失っている者もいます。

 あの生き物が魔物であれ何であれ、今はモリエール様のお身体の大事を取って帰還いたしましょう」

「私のいう事が聞けないの!」

「モリエール様の護衛の依頼をしたのはシャトルーズ侯爵です。

 お嬢様の命令より上位の命令に従い、お嬢様が正常な判断が出来ない為に私の独断でこの場より撤退します」

「ハイネ!」

「失礼します」


 ミストの妹を抱えて俺の方へとやってきて


「時間を取らせて済まない。

 お嬢様を暖かな場所に早くご案内したい」

「あんたも大変だな。

 ウェルキィ、やっと話がまとまったみたいだから頼むな」

「わふん」


 どこか呆れたような声と共に長いしっぽを駆使して俺達を巻き付けて背中へと上げてくれた。

 ギルドのおっさん達もどこか緊張しながらウェルキィの毛皮を握りしめればふわりとその大きな体が浮いてすぐに木々の間を抜けて雨雲を突き抜けた。

 雲の下の事なんて全く関係ないと言わんばかりの青空と強烈な太陽。

 眩しいと目を細めて太陽の暖かな熱を全身で受け止める。

 きらりとウェルキィの毛皮が輝いたかと思えば、あれだけ水を吸い込んだウェルキィの毛皮も俺達の服が吸い込んだ水気も全くずぶ濡れだったなんて知らないと言う様に乾いていた。

 が、ミスト妹だけは水の跳ね返りで泥だらけになってたズボンの裾や、水たまりで膝を着いたり、尻モチついたり、顔面から水たまり突っ込んだ様子は一人だけ全く変わらない状態のままで誰もがようやく落ち着いたと言う様子を涙目で睨みつけながら


「こんな事ぐらい私はじぶんでできます!」


 何癇癪起こしてるのかわからないがミストの妹がキーキー喚くのをさっきの三人が慌ててなだめていた。


「あのさあ、別にここが嫌なら今すぐに飛び降りても構わないんだぜ?」


 そう言って厚い雲の上へどうぞと言えば下を覗き込んで一瞬にして青い顔変わるミスト妹に溜息をつき、それを見られた少女はすぐに顔を赤らめた顔を更にどす黒くして


「人を勝手にこんな雲の上にまで連れて来たかと思ったら飛び降りろなんて人殺しですか?!」


 許さないと言わんばかりに杖を構えるミスト妹に背後で何やら不穏な動作をしていた女がそっと彼女に魔法をかけて、その途端崩れ落ちる様に妹は意識を手放していた。


「重ね重ねすまない。

 今の魔法はただの睡眠魔法だ」

「って言うか、あいつの子守りならちゃんと上手く操作しろよ」

「すまない」


 ハイネと呼ばれた男がこの三人の中のリーダーなのだろう。

 先程から謝ったり、二人に指示を出したりと彼はちゃんと仕事をしているのに報われないなと同情するしかなかった。


「それよりも体調はどうだ?」


 もうあんな女の代わりに謝るなと言う様に見え見えに話を反らせればこの話題に乗ってくれたギルドの人が


「正直助かりました。

 あの雨の中ずっとこれ以上体温が下がらないようにずっと回復魔法使い続けてたので魔力も底を尽きかけてて非常にピンチだったところに助けてもらった上に服も乾かして貰えて助かりました」


 ありがとうと言う感謝の言葉にハイネ達も慌てて同調してありがとうと言う。

 

「ま、どのみちもうすぐスタート地点だ。

 それまでに落っこちないように……」

『攻撃が来る、しっかり掴まってろ!』


 突然ウェルキィの声にハイネ達は驚くも、ギルドの人達も遅まきながらもハイネ達やミストの妹に被さり、ウェルキィの毛皮を握りしめる。

 ウェルキィも対魔法の防御結界を張ってくれた物の足場が空中だ。

 少し姿勢が崩れただけでその背に乗る俺達には大惨事で、ミスト妹の連れの女の人、確かアイラ何とか言ってた奴が握力の弱さにずるりと体が滑り落ちそうになって、俺は慌ててウェルキィの背中を駆けだしてアイラを引っ張り上げる。


『ファロード!』

「これぐらいは大丈夫だから先にスタート地点に戻ってろ! 

 後で合流する!」


 引っ張り上げる反動で俺の体が宙に飛び出していた。

 アイラ何とかもハイネもう一人とギルドの人も悲鳴と共に手を差し伸べてくれたが、ウェルキィのスピードと落下速度も合わさって瞬く間に姿が小さくなるのを確認する前に俺は雲の中へと飛び込んでいた。

 途端にむせ返るような雨の匂いとすぐ耳元で響く雷の音。

 眼下に広がる深い緑の森林は霧に包まれている。

 

「さてと……」


 周囲に誰もいないでくれよと願いながら地面に垂直に立つように姿勢を正す。

 強烈な風圧に髪は逆立ち、見る間に近づく景色に呪文何て唱える時間なんてない。

 俺の使える限りの範囲で詠唱破棄した魔法の最大火力を考えて

 

「唸れ!シュトルムカイザー!!!」


 トリガーとなる呪文だけ叫ぶ。

 枝が頬を斬り付け、服を裂いて行く。

 両手から風の最上級魔法を放てば、本来一点貫通の風魔法は近距離の地面で放たれた為に大量の土砂と跳ね返って来た風に俺の体は強い力で舞い上げられた。

 

「くっ!」


 跳ね返る力は魔力結界の中でも俺の全身にかかってきてバランスを取る為に地面に向けられている腕の右肩が外れたと同時にバランスを失ってしまった。


やばっ……


 頭の中は慌てているもこれまで受けた訓練の回があって反射的にヒールを掛ける。

 高速で飛び散る土砂と運よく木の幹に直撃こそしなかったが太い枝が俺の背中を痛めつけながら枝を折っていた。

 満身創痍だなと思いつつも、まだ枝で串刺しになるような姿にはなってないかと苦笑しながらも直線に近い放物線を描く飛行時間ももうすぐ終わる。

 左手で右腕を掴みながら体を丸めて落下の衝撃に備えていれば不意の浮遊感。


「あらまあ、ずいぶんと男前な姿ねえ?」


 ぼさぼさ頭も今は大量の雨を吸って別人のような髪型だけど


「レイ、何で……」

「そりゃあんだけの魔力を感じれば慌ててでも駆けつけるわよ。

 それにウェルキィとも別行動してるし、ウェルキィからもファルを落したって連絡が来たし、これで何もないって言う方が無理な話よ」


 何故かお姫様だっこのように抱えられて、そのまま無事着地をする事が出来た。

 ただし、そのままぼちゃんと水たまりの地面の上に放置されたけど、既にずぶ濡れの状態なので問題はない。

 だけど、右肩が脱臼しているので普段通りに立ち上がる事が出来なくてすっころべばやっとそこで気が付いてか眉間をよせて


「ほら、肩はめるわよ」


 右腕と肩をがっしりと持って肩をはめてくれた。

 思わずあまりの痛みに涙が出かけたけどありがたい事に雨が誤魔化してくれて、それから回復魔法を自分で掛けながら痛みを誤魔化すように何度か深呼吸をして痛みを逃していた。


「珍しくドジったわねぇ」


 言葉通りではない呆れた声に俺は肩をすくめて


「ウェルキィでクラスの奴らとギルドの奴らを運んでたら雲の下から攻撃を受けたんだよ。

 ウェルキィはとっさに防御と回避行動に出てくれたんだけど、運悪く落ちそうなやつがいて、それのカバーに行ったら俺が落ちたわけだ。

 まぁ、着地寸前でシュトルムカイザーを詠唱破棄してパワー調節してぶっ放したけど予定より地面が近くって反動が酷かったって話だ」

「だから肩は外れるわ泥まるけなのわの男前になるわけだ」

「そういう事なんです」


 笑いながら魔法で泥だらけの状態は綺麗にしようとするも


「まてまて。

 それはちゃんとした戦果だからな。

 故意に魔法を打ってきた可能性があるっていうか、あれだけの雲の下から予測して打って来たんだ。

 トリアなら誰だか予測はつくだろうし、こっちがちょっくら新人だからって言う洗礼しにしては度が過ぎている。

 きっちりと代償は払わせるさ」

 

 うんうんと、まるで事務的な物言いに溜息が出るも


「悪いが傷だけは治させてもらうが、服はそのままにしておくぞ」

「ビリビリで歩きにくいんだけど」

「どうせこんだけぼろぼろなんだ。ちゃんとお披露目して盛大に同情を買わないとな」

「りょーかい」


 そう言って俺はレイが途中で待たせていた奴らと合流してスタート地点に戻る事になった。

 女子で揃えたメンバーだったので俺のこの姿にそれはそれは目を真っ赤にはらして同情を得た状態でスタート地点への帰還だったが……


 予想外な事に俺とレイの想像をはるかに突き破った驚きの顔が並ぶ光景にはやり過ぎたと反省するしかなかった。

 





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