未来の選択の為に
ウィスタリア国のファロードと言う青年とレイと言う変なおっさんの物語になります。
ポンコツと田舎者の都会暮らしをどうか見守っていただければ幸いです。
山の生活の朝は早い。
山々の影にさえぎられた朝陽は朝と言う時間からは遅く届き、夜は夕方と言う時間より早くやってくる。
だが、動物達の気配は太陽の忠実な下僕と言うようにまだ見えぬ太陽に急かされるように活動を始めるのだ。
そんな人の生活の場でない世界で生きる以上、動物社会のルールに則って生活をするのが何よりも安全と言うもの。
いかにもと言うような手作りのもろい家は食事を作る場所も暖を取る場所も一緒で、寝るのは梯子を上った先の天井裏。
近くの小川は冷たく透き通り、家を囲むように生い茂る植物の恩恵を日々生きていく分だけを頂く。
恐ろしく退屈で恐ろしく変化のない日々で、正直俺は退屈していた。
こんな所に友達はいない。
山の動物は手懐けてはいけないと言う家訓(?)の下、程よい緊張感のある付き合いをしている。
雪深い冬の間は降り積もる雪を避けるように山の麓の村に移り住むが、その村にも友達はいない。
全校生徒12名の小さな学校に冬の間は通うのだが、山猿と呼ばれたりして……まぁ、仲良くはない。
普通ならそれを親に訴えて悔しがるものだろうが生憎俺には親がいない。
今までこの恐ろしく変わった生活をしているおっさんが俺の育ての親だ。
何でも俺は捨て子だったらしく、村中の連中も当然ながらそれを知っている。
俺が養い親に甘える事が出来ないという性格も知ったうえで俺は……疫病神かのように嫌われていた。
理由は知らない。
だからこの山奥の生活が何より落ち着けて、退屈と引き換えに俺は心の安らぎを手に入れていた。
はずなのに……
「ファル、あのさあ……」
「なんだレイ?朝っぱらから飯食いながら畏まった顔なんてして」
唯一の話し相手の育ての親に対してキモいだろなんて言いながら固パンをわずかな野菜の入ったスープでふやかして食べれば
「俺色々と考えたんだけどな?」
物心ついた時から彼の姿は変る事なくぼさぼさの灰色の長いともいえない髪を無造作にくくっただけの男はそれでも何かを考えるように唸りながら翡翠の色をした瞳で俺を見て決断したかのように告白をした。
「やっぱりお前学校に行け」
「断る」
速攻で端的に返した言葉にやっぱりなーと机に項垂れる養い親のぼさぼさ頭のつむじを見下ろしながら
「あんな陰湿な学校で何を学べって言うんだよ」
平穏な朝食の場で胃の中をひっくり返された嫌な気分に、俺は何も言わないけどたぶん全部知ってるだろうレイは何とか視線だけを俺に向ける。
「まぁ、あそこはファルにとっても百害あって一利なしの場だけどな、やっぱり勉強って必要だと思うのよ」
「いつも通りレイに教えてもらえばいいだろ」
「あのねえ、教師でもない俺が教えるには限界があるの。
それにいろいろ偏った教え方しかできないし……」
判ってるでしょと言って姿勢を正して俺の顔を正面から見る。
「ファロードの未来の事考えると可能な限り未来の選択肢を広げてあげたいのよ」
卑怯にもこんな時に年に一度呼んでもらえるかもらえないかの俺の名前を使う。
だが、俺とてそんな事でこの安らぎに満ちた生活を手放そうとは思わない。
「そしたら俺が動物と魔物含めてこの山の主になってやるさ」
塩味の薄いスープの最後の一口を飲んだ所でレイは鼻で笑う。
「んな事したら王都から騎士団が来て危険人物だってとっ捕まるのが落ちよ」
食後のお茶を淹れながらカラカラと楽しそうに笑う。
「騎士団なんて……」
「おっさん見た事あるけど強いわよ。
ファルなんて手も出す隙もないくらいあっという間にけちょんけちょん」
言って首を親指で横線を描く。
胡散臭げに見る視線にレイは何か懐かしむように目を瞑り
「俺様にだって相談する人の一人や二人は居てさ、お前を拾った時からちょくちょく相談してもらってたんだけど。
やっぱり最低限学校には通わせた方がいいって結論が出てね。
その人に頼んでファルを学校に通わす手配をしてもらったのよ」
「すでに決定済みかよ?!」
「大丈夫!あの村の腐った学校に行けなんて言わないから!
ちゃんとした立派な誰もが羨む学校だから!!」
「そういう問題じゃないだろ……」
「ええと、王都の貴族なんかも通うようなすごーく歴史のある由緒ある立派な学校なのよ!」
「いきなりなんつーハイレベルな場所を選んでくれるんだよっ!!!」
「えー?!これでも俺様のコネと昔取った杵柄をフルに生かしてぇ……」
「無駄に過去が立派だなあああぁぁぁ!!!」
思わずと言うように蹴り上げた机はレイにぶち当たって、たまたま開いていた窓から机ごとふっとび、その先が数十メートル級の崖だという事はとりあえず気づかないふりをした。
どうせレイなら傷一つつけずに戻ってくる事は知ってる。
こんな山奥で暮らす理由は知らないけど、崖から突き落とされてなんでもないと言うような頑丈さとか俺をこんな風に鍛え上げた手腕とか、こんな山奥でも安心して暮らせるようにと教えられた魔法もすべてレイに教えられたもの。
十五年と言う年月をかけてレイと言う得体のしれない男がたまたまそこら辺に落ちていた俺を拾って無償で捧げてくれたもの。
淹れたてのお茶が冷めきって、カップの縁についた飲み口がカラカラに乾いた跡が出来た頃戻ってきた男に俺は重い口を開く。
「で、いつからなんだよ。
その、学校が始まるっていう日は……」
どこか気まずそうに自分の家に戻ってきた主は俺の許しとも言える言葉に目を輝かせ満面な笑顔で当然のように言った。
「次の新月を迎えた日の翌日よ!」
「それって三日後だろうがっっっ!!!」
反射的に殴りかかった男はさっきのデジャブと言うように窓からふっとばされて……
だけど何とか落ちずに窓枠に張り付くトカゲのようにぼさぼさに結わえた髪をひょこひょこ動かしながら
「だから言ったでしょ。色々考えたって」
その結果今日まで伸びに伸びて、きっとレイの計算なら今日が本当にぎりぎりだったのだろう。
長いとは言えない時間だが、このどうしようもない男をずっと見て育ったのだ。
この男が迷いに迷った結果ならそれも仕方がないだろうと割り切るしかない。
「ああ、もう。
ほんとどうしようもないおっさんだな」
「いつも迷惑かけて悪いわねぇ」
「いつもの事さ。慣れてる」
最後の一言は小声で言って、長期間家を離れる時の手順で戸締りをしていく。
レイの機嫌がいいからか幼い頃から聞かされていた口づさむ歌が聞こえてきて思わずと言うように一緒に口づさむ。
光の恵みに感謝しよう
大地よ命をはぐくめ
水よ世界を潤し
火よ穢れを払え
風よ私の声をすべてに届け
闇よすべてに安らぎを
なにも恐れる事はない
すべてが我が子の為にある
総て我が愛し子の為に
歌を繰り返しながら窓を板でうち止めベットや食卓にシーツをかける。
果物や野菜は崖の下へと捨てて、身の回りのわずかな荷物を手早く作れば家の外でレイが待っていた。
「こっちは準備できたわよー?」
「俺もだ」
そういって俺は年に数度麓の村に降りるかのような感じで家の中に動物が入り込まないように丁寧に戸締りをして歩き出した。
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