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正義とは何か

たとえ世界は滅ぶとも正義はとげよ

…フェルディナンド一世


英雄に憧れて自衛隊に入りました。

子供の頃は戦隊ものが大好きで、大人になった今でも正義のヒーローに憧れてます。

その手の映画を深夜まで観て朝礼に遅刻したこともあるぐらいです。

でも職務には誇りを持ってます。

国民のため戦う覚悟も当然あります。

でも訓練中にふと考えてしまうこともあるのです。


命を奪うことで命を救うのか

敵兵が女子供だったら俺は射殺できるのか…


精神的にもストレスが溜まる仕事です。


私は夏期休暇をとり、また一人で森林浴に出掛けました。

ある田舎の奥深い処にある渓谷で、涼しくて綺麗な清流に、夏休みの時季は親子連れが大勢訪れます。


乗り継ぎのため、ある工事中の古びた無人駅で次の電車を待っていたときのことです。

プラットホームには私と、小学生くらいの女の子と、その母親らしき女性の三人だけでした。

暑い陽射しの中、親子は幸せそうにお喋りしていました。

その光景に疲れた心が癒されました…


そろそろ電車の到着か

夏休みだし親子連れで満員だろうな…


ガタンゴトンが遠くから微かに聞こえ、その方角をしばらく眺めてから向き直ると、不思議なことに先ほどの親子の姿はなく、ホームは私一人でした。


すると女性の悲痛な叫び声が聞こえたのです。


誰か助けてください!


ホームの下を覗き込むと先ほどの女の子が線路の間に倒れ、母親が抱きかかえていたのです。

女の子の顔は真っ白で気を失ってる様子でした。

母親が私に叫びました。


脚が抜けないんです!


よく見ると女の子の細い足が大腿部近くまで工事中の凹にハマってます。

私は慌ててホームから降り母親と一緒に引っ張りましたが、どうしても抜けません。

私が凹の奥を覗くとブロックから突き出たボルトの様な金属が脚に深く刺さり激しく流血してました。


あゝもう電車が見える…


私は非常停止ボタンを見つけました。

慌てて駆け寄りボタンを押しましたが

何の反応もありません。


いい加減な工事するな馬鹿野郎!


そのとき20m程先にある茶褐色に錆び付いたある装置が目に入ったのです。

それは線路の分岐器でした。

急いで駆け寄りレバーに手を掛けた瞬間に気づいたのです。

線路は工事中で、分岐地点から50m程で線路は途切れ、その先が深い渓谷であることに。

進路を変えれば大惨事は必至です。


親子連れで満員であろう電車は間近に迫り、何度も警笛を鳴らしました。

もう女の子は助からないと判断し母親に叫びました。


早く避難してください!

お願いです逃げてください!


その瞬間母親と視線が重なりました。

母親は涙を流しながら私に首を振り、まるで列車から我が子を守るかのように強く抱き締め、その場にうずくまったのです。


これは悪夢だ

もう俺は何もできない

この場から逃げ去りたい…


私の右腕がレバーを引きました。

意外なほど簡単に線路は切り換わり、そこから記憶がありません…


刑法第37条(緊急避難)

やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しない。


裁判で検察官から質問されました。


あなたの職業を教えて下さい…


自衛隊員です…


命を守る立派な御仕事です

命について普段どう考えてますか…


何よりも大切なものです…


あなたの趣味は映画観賞ですね…


はい…


どんなジャンルが好きですか…


所謂ヒーローものが好きです…


なぜですか…


子供の頃から英雄に憧れてました…


あなたには精神疾患がありますか…


ストレスに悩んでました…


いや精神疾患です!


ありません…


2と166どちらが大きいですか…


166です…


では2人の命と166人の命はどちらが

重いですか…


……


答えて下さい!


166人です…


そうです

電車には無辜の166人が乗ってました

あなたは多くの乗客がいることを予見できましたか…


はい…


では命の軽重を理解してるあなたが、なぜ列車の進路を変えたのですか…


2人を助けたくて…


しかし、あなたが166人の命を奪った行為は重大すぎるのです…


傍聴席から怒号が響き、遺族の視線を背中に感じました。


検察官が力強く述べました。


英雄思想に憧れる被告人は多くの乗客がいることを予見しながら、自分勝手な判断で166人もの無辜の命を奪ったのです

情状酌量の余地はあるにしても、厳罰を科すのはやむを得ないと考えます…


又も怒号が響きました。


子供と夫を返して!

妻と子供を返せ!

死んで償え!


あゝ死刑にして欲しい…


そのときふと思ったのです。


もしあの瞬間に戻れるとしたら、あの親子を見捨てることが出来るだろうか…


裁判長が言いました。


被告人、何か述べることはありますか…


狂った英雄が叫びました。


もしあの瞬間に戻れたとしても、あの親子を救います…


傍聴席がシーンと静まりました。


救える命は必ず救う

それが正義です

誰もが一個の命を持ち一個の命を失うのです

自分一人の命のために二人の命を犠牲にしようとは誰も思いません

亡くなられた方々も二人を救えて喜んでいると私は信じます…


そのとき傍聴席の一人の女性が悲鳴をあげ、私は彼女を救ってあげたいと思いました。


おわり

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