第3話
「キャーーーー!!」
甲高い悲鳴が木霊し、赤い液体が飛散する。
「メルっ…………!!」
リリーカさんの焦ったような声が聞こえる。
そのまま僕は床に倒れ込む。
胸に生温かいものが広がっているが分かる。
「申し訳ありません…………、お嬢様…………」
彼女の逡巡したような言葉が耳に残る。
でも――――
「いや、それを言う前に僕に被さるのを止めてくれないかな!?」
僕が最もな事を言うと、彼女は慌てて退いてくれた。
「す、すみません! お嬢様! お怪我は有りませんでしたか?」
「いや、大丈夫だよ。それよりも服が…………」
「あぁ、失礼致しました。直ぐに替えの服を用意致します」
そう言われたので僕は紅茶で赤い染みができてしまった服を脱ごうとする。
けれどもそれは、彼女が近づいてきたことで遮られる。
「えっ、どうしたの?」
「お嬢様、態々服を脱がれる必要はございません」
「はい?」
少し理解出来ない事を無表情で言う彼女。その手には既に替えの服が。いつの間に。
というか服が濡れたのにその服を脱ぐ必要がないとはどういう事だろうか。先ほど紅茶をぶちまけられた事といい、この子は少し抜けているというか、天然(?)なのだろうか。
そんなことを考えてじっと彼女を見ていると、無表情のままきょとんと首を傾げられた。
「どうかされましたか? お嬢様」
「い、いや、何でもないよ。それより脱がなくてもいいってどういう事?」
「それは言うより、ご覧になるほうが早いかと。それでは失礼致します」
そう言いうとこちらに更に近づいて来る。無表情でぐいぐい近づかれるとかなり怖く、僕は目を瞑ってしまった。
何も見えない中、服に彼女が触れたのが分かる。そして――――
「この場所この時に於いて、異なる物を結び付け入れ換えよ――《双転標》」
と彼女が唱えると、服の感触が一瞬消え、そして戻って来る。まさかと思い目を開けると案の定、着ている服がさっきとは変わっていた。
また魔法ですか。
僕も吸血鬼として転生したからには、大魔法をバンバン射てるように成りたいものだ。まだまだ先の事にはなりそうだが。
「お嬢様、先程は大変失礼致しました。それでは改めて自己紹介させて頂きます」
色々あったがやっと自己紹介である。
「私は、お嬢様の専属メイドのアンナ·スコットと申します。以後お嬢様の身の回りのお世話をさせて頂きます。どうぞ何なりとお使いください」
そう言って深く頭を下げ、僕の手を取り甲に口付けをするアンナ。
「えっと…………よろしく? なの、かな…………?」
そこで今まで無表情だったアンナの顔が少しだけ微笑んでいる気がした。
>第3話·銀の従者<
お風呂から上がった僕とリリーカさんは、城の廊下を歩いていた。この廊下は広く、脇に飾ってある絵画や置物一つ一つが立派でとても高級な品に見える。この城の主は経済的にかなり豊かな人のようだ。
また、燕尾服を着た執事然とした男性や、メイド服を着て料理を運んでいる女性と時折すれ違う。少し歩いただけで数人の人とすれ違ったとなると、この城全体には一体何十の人が仕えているのだろうか。
そして、それらの人達がこちらを見る度にこう言ってくるのだ。
曰く――――
「メル様。体調をお崩しになられたと伺っていましたが、お戻りのなられたのですね。ご心配しておりました」
と。
そのように僕を気遣うことを言ってくるのだ。リリーカさんが僕とメルは同一人物だと言ってくれても、やっぱり自分にはメルとしての記憶がない。なので、かけられる言葉も僕には自分以外の誰かに向けられているように感じてしまう。リリーカさんがその度にフォローしてくれるが、結局僕は彼らに対し曖昧な愛想笑いしか返せないでいた。
大体15分ほど歩いただろうか。リリーカさんの案内で一つの扉の前についたことで、かなり居心地が悪かった空間から抜け出ることができた。
その扉は今まで見た他の物より豪勢で、金色の飾り模様が黒い扉に映えていた。
場所もここまで何回も階段を登って来たので、城のかなり高い位置にあると思われる。相変わらず窓を一切見かけなかったので実際の高さはわからないが。
「さあさあ~、着きましたよ~」
「あっ、はい」
「も~、しっかりしてください。これからメルの部屋を案内するんですからね~」
「わかってますって」
「はあ~。それでは改めて。扉、お~ぷん!」
なぜかハイテンションのリリーカさん。少し付いていけない。
そして――
「うわー!」
見た部屋はとても豪華だった。まるで高級ホテルのスイートルームを彷彿とさせるような、天蓋付のベッドに重厚な木製の家具。ただの一般人として人生を送って来た僕には、些か贅沢すぎる部屋だ。これが本当に僕の部屋になるのだろうか。少し場違いな感じがして落ち着かない。
そんな感じでそわそわしているとリリーカさんが呟いた。
「そろそろですかね~」
と同時に扉をノックする音と向こう側から声が聞こえた。
「失礼します。紅茶をいれて参りました」
「は~い。どうぞ~」
扉が開き先程の声の主が入ってて来る。
そこで僕はこの部屋を見た時以上に驚くことになった。
「どうかされましたか? お嬢様」
そう彼女は自分の肩と同じぐらいの高さのワゴン台から紅茶の載ったお盆を持ち上げる。
別にワゴン台がとても大きい訳ではなく、至って普通の物だ。
では、何故驚いたのか。その理由は、彼女が今の僕とほぼ同じ身長だったからだ。
つまり、まごうことなき幼女である。
あとメイド服。
見る人が見れば、劣情を刺激されるのだろう。生憎僕にそんな趣味はない。メイド服を着てこちらを気遣うように首をかしげて見ていても、絶対かわいいなんて思ってないったらない!
首を振って雑念を消し去ると、改めて彼女を見る。
髪は肩程の長さの銀髪で、瞳は僕と同じ暗い赤。
胸は僕より少しだけ有るみたいだ。
なぜか悔しい。
着ているメイド服は日本のオタク文化を象徴したミニスカではなく、正当的なロングスカートタイプで、廊下ですれ違った他のメイドと全く同じ格好だ。
そして一番気になるのは、彼女が常に無表情であることだった。
と、
紅茶を運んでいた彼女が「あっ……」と言いつつ前に倒れ込む。
僕を巻き込んで。
紅茶は宙を舞い、綺麗な放物線を描き僕の方へ向かってきた。
「キャーーーー!!」
僕は女の子っぽい悲鳴をあげながら横にずれようとするが、分厚いカーペットに足を取られてしまう。そのまま床に倒れ込み、僕は胸元に紅茶をぶちまけられることになったのだった。