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第8話

「だからいつも黒い服を着ていたんですね? カーニバルでご一緒したのもリンダ姫、あなたですね?」

「…………」

「何もとって食おうとはしていません。あなたに事情を聞きたいだけです」


 どうしよう!

 今日は指輪を忘れたせいで魔力が使えない。

 これ以上ごまかすこともできない!


「ルイ王子! 10位の姫が到着しました! どうぞ!」

「侍従! いま行く! リンダ姫……王宮に行かないから、一緒に大広間にもどりましょう」

「脅す気?」

「無体なまねはしたくない。お手をどうぞ。わたしのように密着してのぞき込まなければ蛇の模様は見えませんよ」

「……わかったわ」


 不承不承ルイの手を取りしたがった。

 2人で庭から大広間にもどった。

 10位の花嫁がベールを被って待っていた。

 気のせいか、おととい見たときよりも年取って見える。


「侍従! みなの者もよく聞け。花嫁が決まった。こちらのリンダ・マルタン姫だ。これにて花嫁選びの試験は終わりとする! いますぐ解散せよ」

「ルイ王子! そのような勝手な……」

「ベルナール王国の者は、ほんとうに勝手だねえ!」


 いきなり10位の姫君が怒鳴りはじめた。

 声が老婆のようにしわがれている。

 この声、どこかで聞いたことがある!


「姫君、すまない。だが、すでに花嫁は決定した。これ以上の試験は時間の無駄……」

「わたしを花嫁に選んでおけば、トマ家が復興して呪いは解けたかもしれないのに! じゃが、それはルビーが許さん! これはどうにもならない無限ループの呪いじゃ! ざまーみろ!」

「なんだと! 貴様、姫君ではないな! 何者だ! 顔を見せろ!」


 驚愕のあまりわたしの体は硬直した。

 どうして気がつかなかったのだろう。

 あの声はマルタン王国の洞窟で会った魔女のものだ!

 あそこに立つベールの女こそ、千年も前から生き続けている魔女ドミニク・トマだ!


 音楽は止まり人々の動きも止まった。

 みなが固唾を呑んでことのなりゆきを見守っている。

 そのとき突然ミシェルが前に進み出て、魔女に呼びかけた!


「あなたはもしや、我らの先祖ドミニク・トマですか?」

「……おや? おまえは……そうか、呪いを解きにきたのだね?」

「はい。どうかお怒りを沈め、この国にかけた呪いをお解きください!」

「それはできぬ! 命懸けでかけた呪いは、ベルナール家の血が絶えるまで続く! もはやわたしにも解くことはできぬのじゃ!」

「ならばあなたは、なんのために千年も永らえているのですか?」

「これもまた呪いをかけた者の運命だ。人を恨んだ罪で永遠の命を与えられてしまったのだ。一生、この目で、憎い相手が苦しむ姿を、その一族が滅びるまで見続けなけらればならぬ。それが呪いというものよ。人を憎んだとろこで、誰も幸せになどなれぬわ!」

「ならば……ならばどうしてそのようなことをしたのです! われわれ子孫までも悩ませるようなことを!」

「仕方がなかったのじゃ……。人間とはそういうものだ。わらわの夫を殺し、わらわの国を奪った者どもが、殺しても殺したりないほど憎かったのじゃ! これも愛じゃ! 殺された夫に捧げる魔女の愛なんじゃ!」


 その話を聞き、初めて魔女ドミニク・トマの気持ちがわかったような気がした。

 わたしも今のように魔術が使え、そしてもしもルイが殺されたら、殺した相手を死ぬほど憎み呪いをかけることだろう。

 それが愛する者を殺された人間の素直な想いだ。

 決して誰もドミニク・トマを非難することはできない。

 その呪いの成就を中断させたのはマルタン王国のわたしの祖先の姫君だ。

 もしも彼女が洞窟の魔女を告発しなかったら、千年もの長きに渡り呪いは持続しなかったかもしれない。 ここにきて初めて、呪いを解くことよりも他にやることがあるような気がしてきた。

 それが何かはわからないが、わたしたちがこの現状を打破していかないと、問題は解決しないような気がしてきた。


「魔女よ、ドミニク・トマよ。教えておくれ。呪いを解く鍵を……」


 ルイが静かに語りかけた。

 

「ヒョッヒョッヒョッ……! あんたはなかなか話のわかる王子のようだ。呪いというのは昔から、一方通行ゆえに盲点があると言われておる。よく考え、わたしにも解けない魔女の呪いを解いておくれ」

「そうすればおまえは、安らかに眠れるのか?」

「そうだね……おまえたちの一族がこの国の王座から陥落すれば、わたしの呪いは成就される! ベルナール家に対するトマ家の恨みは昇華され、わたしは気持ちよく成仏できるってもんさ!」

「蛇の模様は? 女から蛇のイレズミも消されるのか?」

「おや? 知っているのかい? それはもう1つの魔女の呪いだ。ルビーの指輪の持ち主に現れる印だよ」

「では、指輪を捨てれば蛇の模様も消えるのか?」

「いいや! 指輪は持ち主を自分で決める! あのルビーの指輪はこの国の王后が代々身につける由緒ある宝物だ。そこに魔女の呪いを加えてやった! すなわちこの国の次の王后となる人間は蛇の模様がある女だということだ!」

「…………!」


 わたしは息を呑んだ。

 隣りのルイもだ。

 この呪いは強烈だ。

 魔女が指輪にも呪いをかけてしまったからだ。


 ルビーの指輪の持ち主は、魔女を裏切ったマルタン王家の子孫の姫であり、魔女の証である蛇の模様を体に持ち、ベルナール王国の王后となる者、すなわちわたしリンダ・マルタンだ。

 そしてベルナール王国を滅ぼす呪いの女。


「じゃが、ひとつだけ抜け道を用意しておいた。この蛇の呪いはわたしが即興でかけたモノじゃから、解き方を知っている者がこの世のどこかにいるはずじゃ。ヒントはそれだけだ。かしこい王子よ! 解きたければ解いてみよ!」


――バアアアアーンッ!


「あっ! 待て!」


 煙と共に魔女が消えた!

 魔法の使えないわたしには、手も足も出ない。


「探せ! 魔女を! ドミニク・トマを探せ!」

「「「はいっ!」」」


――ワアアアアーッ!


 衛兵たちが大広間中を探索してまわる。

 王と王后や重臣たちは避難した。

 花嫁候補たちもお付きと一斉に逃げ出し、あとに残ったのはわたしとルイ王子、そしてノエル・トマとミシェル、オーロラとアーサーだけだった。


「リンダ! 大丈夫?」

「オーロラ!」


 オーロラがわたしに飛びついてきた。

 わたしもオーロラを抱きしめてホッとした。


「リンダ姫、すぐに教会へ向かい式を挙げましょう!」


 いきなりルイがそう切り出した。


「なんですって! なんの式?」

「われわれの結婚式に決まっているでしょう! 最初からそういう算段でしたよ。ご存知でしたよね?」

「それは……」

「ルイ王子! それは困ります! 国へ帰ってリンダの親戚たちの承諾を得てからでないと……」


 アーサーが助け舟を出してくれた。

 

「アーサー様! それはなりません! 花嫁候補としてこちらの城に来た時点で、すぐに結婚式を挙げることは承知のはずです。約束を反故にするなら、ベルナール王国はマルタン王国に制裁を加えなくてはなりません!」

「制裁……!」


 ノエル・トマの言葉に、さすがのアーサーも反論できなかった。

 そうだった。

 この花嫁試験に参加した者は、ルイ王子からの求婚を拒めない約束だった。

 宣誓書にもサインさせられている。

 まさか選ばれるとは思っていなかったので油断していた。

 どうしよう。

 このままではわたしはルイと結婚しなくてはならなくなる。

 わたしと結婚したらルイは確実に不幸になる。

 場合によっては魔女の呪いで命を落とすかもしれない。

 それだけは避けたい。

 だが、今のわたしは魔術が使えないので、魔法でこの場を切り抜けることができない。

 

「ルイ王子、それでは猶予をください! せめて、今晩だけでも……!」

「リンダ姫、それはできません。司祭やわたしの親戚もすべて教会に待機しています。あと、ルビーの指輪を失くしたというのは嘘ですね? あなたの模様が……」

「あの! わかりました! では……式は挙げます。ですが、わたくしには心に決めた方がおります。ですから……形だけの夫婦ということで……」

「……時間がないので、いまはそれで手を打ちます。わたくしの両親はこの場で王と王后を退きます。結婚式のあとでわたしたちは王と王后に即位します」

「なんですって! そんな……!」

「わたしはあなたを気に入った! 時間をかけてあなたをくどき、真の夫婦になれるようにがんばります!」

「ルイ王子……」


 ルイがまっすぐにその黒く美しい瞳を向けた。

 わたしはそのまぶしいまなざしにベールの下で目を背ける。

 これ以上は危険だ。

 どうにかして彼を遠ざけなければ。

 

「だったら! わたしがリンダの侍女になる! 国に帰ってもやることないし!」


 オーロラが手を挙げて元気よく宣言した。

 こんなに優秀な姫君がわたしなんかの侍女になるなんて気の毒だが、彼女がいてくれればこんなに心強いことはない。

 

「それは素晴らしい! オーロラ姫のように優秀な人物がこの国にいてくだされば、我々も心強いというものです! ではみなさん、教会に行きましょう! われらがルイ王子の結婚式です!」


 ミシェルが偉そうにそう宣言した。

 結局、ルイとの結婚を断れなかった。

 この先わたしは、いったいどうなってしまうのだろう。

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