第4話
「誰だ! 出てこい!」
「リンダ、どうしよう!」
「どうしようもこうしようも……ええい! ままよ!」
――ボンッ!
「きゃああっ! なになに! リンダ、どこいっちゃったのー!」
わたしは魔法で瞬間的につくったケム玉を床にたたきつけた!
あたりは真っ白な霧に包まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
今日はルイ王子の花嫁候補が学術試験を受ける。
当初の花嫁候補は百名だったが、ノエル・トマを見て恐れをなし残った者はその半分の五十名にもみたなかった。
「リンダ……わかってるね。成績は下のほうになるようにやるんだよ」
「アーサー、わかってるわ。それに、他の姫君はみな侍女にやらせるそうだから、わたしの学力じゃどうがんばっても上位は無理だわ」
「とにかく目立たないことだ。舞踏会までは全員参加できるらしいから。その間に呪いを解く方法を見つけよう」
「そのことだけど……王宮の地下に開かずの間があるらしいの。アーサー、どうにかしてその部屋のことを調べられない?」
「地下の開かずの間か……。それとなく人に聞いてみるよ」
「そこー! 私語はこれより厳禁だ! 保護者は速やかに外へ出るように!」
昨日の侍従らしき初老の男性に注意を受けてしまった。
試験会場は昨日の大広間だった。
アーサーも含め保護者たちは出ていかされた。
わたしは今日も黒衣に白のベール姿だ。
今日も、皆がベールを被っている。
よって、この会場にいる者のほとんどが本当の姫君ではなく優秀な侍女たちだ。
姫様の代わりに試験を受けにきたのだ。
なんともばかばかしい話なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
無事に筆記試験が終わり、次に楽器演奏の競い合いがはじまった。
わたしは得意のハープ演奏を少しヘタクソに弾き語った。
神話に基づく逸話を題材にした物悲しい曲だ。
ふと、ベール越しにルイと目があった。
黒曜石のような瞳が悩ましげにキラリと光る。
胸がツキンとした。
ルイが好きだ。
心から。
彼は不審そうな顔をしていた。
まさか手抜きがばれた?
そんなはずはないと思うんだけど。
なかに素晴らしいピアノ演奏をする姫君がいた。
また影武者だろう。
プロ並みの腕前だ。
楽器演奏は彼女が優勝まちがいなしとみなされた。
昼食を挟み詩の発表のあと、上位10人が決定する。
あとは明後日の舞踏会まで暇だ。
花嫁候補たちも、物見遊山に出かける者が大勢だ。
町はちょうどいい具合にカーニバルの季節だ。
混乱に乗じてもう1度あの地下室に行ってみよう。
今度はアーサーを連れて。
わたしの頭の中は地下の開かずの間のことでいっぱいだった。
楽器演奏のときに玉座に腰掛けて聴いていたルイのことはなるべく考えないようにしていた。
もうすぐ彼の正后が決定する。
今日もノエル・トマが彼の隣りにいた。
わたしの出る幕じゃないんだ。
昨夜のカーニバルの灯かりが目の前にチラチラと甦った。
蛍のように儚い2人だけの逢瀬だった。
◇ ◇ ◇ ◇
すばらしい昼食をいただき、午後から詩を詠んだ。
あらかじめお題はわかっていたので、アーサーに書いてもらった。
実はわたしは詩は得意だ。
だが、ルイに向けて昔さんざん詠んだので、いっぱつでバレる可能性があるから自分でつくるのはやめた。
結果としては、アーサーに頼まなければよかったとひどく後悔した。
色っぽい話のないアーサーは見かけによらず堅物で、詩の内容も結婚がテーマなのに自然を謳った叙景詩だった。
この場にたいへんふさわしくない代物だ。
だが、これにノエル・トマが異常に反応した。
故郷の情景に似てるとかなんとか言い出して高得点をつけてくれた。
余計なことを!
◇ ◇ ◇ ◇
「結果発表です!」
例の侍従が姫君の順位づけをしていった。
予想に反し、わたしは補欠合格してしまった。
つまり11位ということだ。
楽器や学術の点はよくなかったのだが、詩の点数が満点プラスアルファーだったらしい。
上位の者より変に目立ってしまった。
ノエル・トマは本当に余計なことをしてくれる!
以外だったのがオーロラだ。
「すごいじゃない、オーロラ! 1位でしょ? でも、あなたは……試験は受けないつもりだったんじゃ……?」
「リンダもがんばるんなら、わたしもやるっきゃないでしょ? ちなみに、ぜんぶちゃんと自分で受けたわよ! もちろん、詩もね?」
「ほんとに? すごいわー! 姫にしとくのもったいないわね!」
「本当は正后なんかじゃなくて、学者志望なの! 魔法とか、不思議なことが大好き! 特にこの前のケム玉を使った脱出方法なんか興味あるわね?」
「ゴホッゴホッ……! オーロラ……!」
「安心して! これ以上は詮索しないから。わたしだって驚いたわよ! 気がついたら宿舎のなかに戻っていたんですものね。ねえ、あれって魔女が使う妖術の一種よね?」
「そこ! 私語は慎むように!」
「てへっ! 怒られちゃった!」
舌を出しておどけるオーロラに、かなわないなと思った。
オーロラとおしゃべりしていると、アーサーがやってきた。
「リンダ! 補欠だって? だめじゃないか、目立っちゃ!」
「アーサー……ごめんなさい。って、あなたの詩のせいですよ!」
「アーサー様ですわね? お初にお目にかかります。オーロラと申します。リンダ姫とは仲良くしてもらってますのよ?」
「おお、これはこれは……1位の姫様ですね? わが従姉を、どうぞよろしくおねがいします」
「こちらこそ! どうぞ、オーロラと呼びつけでお呼びください! それよりアーサー様! 地下の開かずの間の件ですが……」
「ゴホッゴホッ……!」
「静かに!」
「どうしたんだ、リンダ? 外の新鮮な空気を吸いにいこうか?」
「ええ……」
「わたしも行くわ!」
わたしたちは3人で王城の庭へ出た。
「アーサー様! 開かずの間へはすぐ行かれますか?」
「えっ? なぜ、それを……?」
「ゴホッゴホッ……オーロラ!」
「オーロラにも話したのかい? 開かずの間へは、行く前によく調べたほうがいいと思うんだ。どんな危険があるかわからないだろう?」
「それもそうですわね!」
「オーロラ……わたしのときとずいぶん態度がちがうじゃない!」
「アーサー様は特別よ! それよりリンダ、演奏の試験のとき、あなたのことをルイ王子がずっと見てたわ。気がついてた?」
「……いいえ。もの珍しいのでしょう、黒衣の女が。それとも……昨夜のことを気づかれた!」
「そんなことないと思うけど……」
「昨夜? 昨夜なにかあったのか?」
「い、いいえ! なんでもないわ!」
「ではアーサー様! 聞き込みに参りましょう!」
「え? 聞き込み? オーロラ、どこへ行く!」
「アーサー! オーロラは無鉄砲のカタマリよ! すぐ追いかけなきゃだめ!」
「では、すぐに追いかけよう!」
こうしてわたしとアーサーはオーロラを追いかけ従業員たちの詰所までやってきた。
「ハアハア……オーロラ……あなたベールを被っていてもすごい俊足ね……。こんなところで何をしようっていうの?」
「もちろん! 聞き込みよ! なんといっても、噂好きなのは女に決まってますからね!」
「ハアハア……まことに……オーロラは足が速いな……。わたしでもかなわないよ」
「すみませーん! ちょっといいかしら?」
いきなりオーロラが詰め所の入り口で茶を飲んでいる女を呼び出した。
女は立派なドレスのお姫様の登場に驚いている。
しかも、頭にレース被ってるし!
「これはこれは! ルイさまの花嫁候補の方々ですね? お后さまが決まるまで口を利いてはならぬと言われているのですが……」
「でしたらわたくしが! ずばり聞きます。王宮の地下の開かずの間とはなんですか? どこにあるのですか?」
「それは……噂には聞いたことがございます。行き方は誰も知りませんが、千年前に殺されたドミニク・トマの呪いの塔への入り口だと言われています」
「なんと! ドミニク・トマとは……。それはいったい何者ですか?」
「さあ……言い伝えでは、かつてはこちらの王后様であられたとか。攻め落とされて逃げ出し、どこかの小国で火あぶりにされたと伝えられております。その遺体は城内の塔に安置してあるそうです。その塔は地下室からしか入れない仕組みになっていて、その地下室こそが開かずの間の正体です」
「そうであったのか……。だが、なぜ敵の王后の遺体をわざわざこの城内に持ち込んだのですか?」
「ドミニク・トマは元々魔女でした。新しい王様は魔女の呪いを恐れたのです」
「魔女の王后……。彼女の出自はわからないのか?」
「南の地方の出身だとか。攻め落とされたかつての王が遠征先で見初めて連れてきたそうです。結婚したあと魔女と判明したそうです」
「そうか……南か……」
「アーサー! 間違いないわね!」
「ああ!」
「なにが?」
「オ、オーロラ、なんでもないわ……。そ、それより恐いわね、魔女なんて!」
「そんなことないわ。わたし魔女に憧れてるの。魔法が使えるなんて、かっこいいじゃない? ね? リンダ!」
「そ、そ、そ、そうかしら?」
「それより、魔女の死体が安置されてるってわかったからには、行ってみるしかないわね!」
「はあ? どういう発想よ! オーロラ危ないからやめて!」
「そうだよ、オーロラ。開かずの間が見つかったら、わたしが1人で行く。オーロラ、君は花嫁修業に専念してくれ」
「いやだ! 乗りかかった舟よ! わたしも行くわ! すぐに開かずの間に行ってみましょう!」
「オーロラ、残念ながら開かずの間への行き方がわからないんだ。これから探さないと……」
「もしやみなさん、開かずの間を開けるおつもりですか?」
「悪いな。黙っていてくれ。やむにやまれぬ事情があるんだ」
「言い伝えによると開かずの間は、いくら優秀な錠前屋を頼んでも合う鍵が作れないそうですよ。鍵穴に魔法がかかっているので」
「そんなに大変なのか? 困ったな……。だが、誰かが外から鍵を閉めたわけだろう? そのときの鍵がどこかにあるはずだ。もしくは、扉を打ち壊すことはできないのか?」
「鉄の扉だそうですよ。石の壁にしっかりはめ込まれているとか。鍵は内側から掛けられているそうです」
「内側からだって? いったい誰がだ?」
「それが……言い伝えでは、死んだはずのドミニク・トマの遺体が起き上がり鍵を奪って内側から掛けてしまったとか……。恐ろしい話です……」
「……それは本当か? まいったな……」
「アーサー……いきましょう……」
「リンダ……?」
わたしはアーサーの袖を引き、詰所をあとにした。
今の話が本当だとすれば、わたしが拾った鍵はドミニク・トマが塔の窓から投げ捨てたものだ。
「リンダ? どうするの?」
「オーロラ……あなたは止めても、絶対ついてくるわよね? だったら面倒だから一緒に行きましょ! アーサー、昨夜、鍵を拾ったの。たぶん、ドミニク・トマが塔から捨てたモノだわ。それで開かずの間が開けられると思う」
「本当か? それにしても……昨夜だって? どこで拾ったんだ? 花嫁候補の宿舎にそんなものが?」
「ゴホンッゴホンッ! ちょっとね……。アーサー! そんなことどうでもいいから! 早く行ってみましょう!」
「でもリンダ、錠前には魔法がかけられているんでしょ? あ、そうか! リンダは魔女……」
「ちょっと! オーロラ!」
「もごっ……」
わたしはいそいでベールの上からオーロラの口を押さえた!
まったく、この姫は頭が良すぎる!
「どうした、2人とも? まずは開かずの間を探そう。塔の真下だろうからあたりをつけて外から……」
「アーサー様! それには及びません! わたくしが行き方を知っております!」
「ええっ? オーロラ! どうしてまた……」
「それは……ぐうぜんです! 昨夜……」
「昨夜? リンダ!」
「はいっ!」
「なにか隠してないか?」
「はい……」
結局、アーサーに昨夜のカーニバルの話を暴露せざるをえなかった。
ルイのことも素直にあらいざらい話した。
「それは……リンダにとっていいことだったじゃないか」
「でも……ルイ王子にとっては災いだわ。ルイ王子にはノエル・トマという側室もいるし。昨夜も彼女と一緒に行動してたわ。ミシェルという魔法使いもそばにいた」
「リンダ……? ルイ王子と知り合いなの?」
「オーロラ……なんでもないわ。気にしないで」
「なにか事情がありそうね? でも、聞かないわ。わたし、好奇心はあるけど人の内情まで探るような人間じゃないの! じゃあ、行きましょうか!」
「あっ! 待ってよ! オーロラってば!」
「やれやれ……2人ともとんだじゃじゃ馬だな……」
◇ ◇ ◇ ◇
こうしてわたしたち3人は例の秘密の通路を辿り地下の大広間までやってきた。
「どうしよう、アーサー……衛兵が立ってるわ」
「昨夜はいなかったのかい? 参ったな……君たちが逃げ出したから、用心してルイ王子が配備したのだろう……」
「あーあ、残念だわー! こうなる前にアーサー様に相談するべきだった……」
「いったん引き返して作戦を練ろう!」
「「はい!」」
◇ ◇ ◇ ◇
「リンダ……どうしよう」
「困ったわね……」
わたしとオーロラは花嫁候補の宿舎にもどりお茶を飲んで作戦会議をしていた。
「そういえば……昨夜の占い師……」
「どうしたの? オーロラ?」
「ノエル・トマって魔法使いがついてるじゃない? なんで占いをしてたのかしら?」
「わたしもそれは考えてたわ。おかしいわよね? しかも、ミシェルも見てもらってた様子だったわよ」
「リンダたちみたいな魔術師って占いもできるんでしょ?」
「ゲホッ! ゴホッ……占いは……できてもできなくても受けないものなのよ。占っても仕方がないから。災いは自分でよけるでしょ? 薬草や呪文で」
「そうなの? 面白い理屈ね? だとしたら……答えは1つね?」
「答えがわかったの?」
「ええ! 答えはカーニバルにあるわ!」
「はあっ? まさか……!」
「そう! そのまさかよ! もう1度行くわよ! 夜店に! 占い師の元へ! アクセサリーを買いに!」
「目的がすり替わってる……。でも、オーロラの言うとおりだわ。ノエル・トマたちが何を占ってもらったのかを占い師に聞いてみるしかないわ。行きましょう! 再びカーニバルに!」




