第3話
「リンダ! こっちよ!」
「オーロラってば、待ってよ!」
お転婆なオーロラにわたしは、裏庭の奥へ奥へと手を引っ張られていった。
「ここよ! 散歩してて、ぐうぜん見つけたの!」
オーロラが生垣の真ん中を割って入った。
わたしもあとに続く。
「あれ? これは……!」
「すごいでしょ?」
何もないはずの生垣の間に、短い下りの階段が続いていた。
その先の暗がりは地下通路に繋がっているようだ。
「恐いわ……中は真っ暗じゃない?」
「それが、そうでもないのよ! ついてらっしゃい!」
「あっ! オーロラってば! 危ないわよ! 仕方ないわね……マントラマントラ……」
わたしは無意識に口のなかで守りの呪文を唱えていた。
その階段の先にまがまがしい雰囲気を感じ取ったからだ。
予想に反し階段を降りた先には、明るい石畳の通路が横たわるように続いていた。
「ねっ? 上を見て! 天上がないでしょ? つまりこの通路は、生垣のうしろをぐるりと周る古代の下水道の跡なのよ! あたりをつけて右に行ってみたら、案の上、石垣の外のへ出られたわ! 下りの階段もあるの! 下りてみなかったけど、絶対に街道の途中へ続いているはずよ!」
「オーロラ……頭がいいのは認めるけど、あなたの行動は危険すぎるわ!」
「左はたぶん、お城の中に続いているんでしょうね……。この王国の盲点だわ。セキュリティが甘すぎる! さあ、行ってみましょう!」
「オーロラってば話をぜんぜん聞いてないや……。ちょっと! 待ってよー!」
オーロラを追いかけながら石畳の通路を駆け抜けていくと、やがて階段の上へとやってきた。
古いむき出しの石の階段だ。
ずっと使われていない様子だった。
そこはすでに城壁の外だった。
この階段は下の街道からは死角になって見えない仕組みになっていた。
慎重にオーロラのあとから下りていった。
案外とすぐに下の街道に下りられた。
城の庭からここまで、十分ほどで来られたようだ。
もしかしたら緊急用の脱出通路なのかもしれない。
「ねっ? すごいでしょ? カーニバル会場はすぐそこの噴水がある大広場よ! 夜店で新しい指輪が買いたいわ! たのしみー!」
「オーロラったら、もう! だけど……都会は久々だわ。お買い物も! 面白そうね……わたしも来てよかったかも!」
「でしょ? 危険を恐がってたら、たのしいことは何もできないわよ! ウフフフ!」
こちらを振り返りながらオーロラがおちゃめに舌を出して笑った。
町娘っぽく赤いスカートに黄色いセーター、頭に赤いスカーフを巻いていた。
対するわたしは、いつもの黒いマントを羽織り顔は大きなフードで完全に隠していた。
「さあ、夜が明けちゃう! はやくいきましょう!」
「あら? ちょっと待って!」
ルビーの指輪が光っている。
こういうときは近くに霊力のある何かがあるときだ。
案の定、足下の茂みでなにか光っている。
かがんで拾い上げてみると、錆びた古い鍵だった。
たぶん、さきほどわたしが唱えた呪文に鍵についている精霊が反応して合図を送ってきたのだろう。
見つけて拾い上げて欲しいと。
鍵は風雪に耐えながら永い年月、待っていたのだ。
自分を使ってくれる誰かを。
真上を見上げてみた。
王城の石垣が高くそびえている。
その奥に高い塔が見える。
あそこの窓から大昔、誰かが投げ捨てたものだろうか?
「リンダ? どうしたの?」
「ううん、なんでもない。いきましょう!」
「うん!」
鍵をポケットに入れるとリンダと手を繋ぎ、2人で街道を駆け下りていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「わあーっ!」
「すごい、きれい……」
あたりはすっかり夕闇に包まれていた。
高い場所に吊り下げられた提灯に、1つまた1つと灯かりがともされていく。
それらは進むに連れて数を増し、わたしとオーロラが噴水のふちに座って休む頃には昼間のような明るさになるほど灯っていた。
「これだけ明るければ、悪い人はいないわよね?」
「オーロラったら! あなたの無鉄砲さは経験の無さからきているものなのね? どんなに安全な場所にも危険はあるし、人の集まるところには必ず悪い人がいるものよ!」
「まったく……リンダってば、魔女みたいに説教くさいところがあるわね? とにかく来てしまったものは仕方がないでしょ? たのしみましょ!」
オーロラの魔女という言葉にドキリとした。
わたしって、みかけだけじゃなくて心まで魔女に犯されてしまったのかしら?
「あっ! だめよオーロラ! 迷子になるわよ!」
いきなり走り出したオーロラに慌てて立ち上がり追いかけようとした!
――ドンッ!
「失礼!」
「きゃっ! すみません!」
顔をあげてビックリした!
ルイとノエル・トマだった!
2人とも一般市民に変装している。
しかも、ノエル・トマは男装していた。
わたしは咄嗟にルビーの指輪をはずしポケットに入れて隠した。
「どうしました? こんなところで女性がひとりで?」
「娘と一緒です。その先に行ったので追いかけております」
ルイに心配され困ったわたしは、フードの下でうつむきながら、とっさにシワガレ声を出してごまかそうとした。
「おぬしも若い娘じゃないか! ルイ! 一緒に行ってやれよ。わたしはあっちでミシェルと占いをしてくる」
「わかった、おいで!」
「えっ? あの……」
ルイがわたしの手を取り、歩きはじめた。
とたんに心臓がドキドキしてきた。
3年前にもどったような錯覚をおぼえる。
そういえばこのカーニバルはルイに連れてきてもらったことがある。
初めての恋に浮かれていた当時のわたしの目には、提灯の灯かりはもっと輝いて映ったし、町行く人々はいまより数倍しあわせそうに思えた。
「ずいぶんと痩せているんだな……」
「あ、あの……」
ルイがわたしの手を握りしめながらシミジミとつぶやいた。
彼の手は前にも増して大きくてあたたかい。
それにしても――いくらなんでもあの美女とわたしを比べるなんてひどい!
たしかに今のわたしはガリガリだ。
昔の面影がないほど痩せているので、こうして手を繋いでいてもルイはわたしだときづいていない。
声も低く大人っぽくなった。
しかも、あまり人と話さなくなったので掠れてしまった。
とても低かった背もなぜか伸びてオーロラ同様、女性の平均身長ぐらいにはなれた。
これも魔女の霊力のお蔭かもしれない。
「このりんご飴を食べろ! 綿菓子も! そっちのポップコーンもだ!」
「ええっ! そ、そんなには……」
「いいから! 買ってやる!」
ルイはとつぜん夜店に入り、次々と甘いお菓子を買いはじめた。
それらは全部、かつてのカーニバルでわたしが屋台で頼んだメニューだ。
それほどあの頃のわたしは、ひどい食いしん坊だった。
「あの……」
袋いっぱいのお菓子を持たされ、ルイに手を引かれたままわたしは夜店の奥へと進んでいった。
店の灯かりが蛍のようにチラチラとまたたいている。
幻想的で美しい光景だ。
ルイといるとそれが何倍も輝いて見える。
こんな想いは本当に久しぶりだ。
またルイとこんなデートができるだなんて。
いまはノエル・トマのことも呪いも忘れ、純粋にカーニバルを楽しみたいという想いで胸がいっぱいだ。
道行く人々もおめかしをしてとても楽しそうに笑っている。
わたしも昔はあんな風にくったくのない笑顔でまいにち暮らしていた。
どうしてわたしばかりがこんな目に遭わなくてはいけないのだ。
とたんに我が身の運命が悲しくなり、同時に現実がだんだんと見えてきた。
今夜、ルイはカーニバルに側室のノエル・トマと一緒に来ていた。
一緒に夜店をまわってくれたのは、痩せぎすのわたしに同情して単にお菓子を買ってくれただけだ。
ルイにとって今のわたしは、かわいそうな栄養失調の通りすがりの女の子にすぎない。
いっそ、ルイにすべてを告白して許しを請おうか。
けれども、そのたびに真相を暴露することがはばかられた。
それをしてしまっては、わたしが彼のために身を引いた意味がない。
わたしの願いはただひとつのはずだ。
ルイ・ベルナールの幸せを陰ながら祈る。
そのためには、彼に決して愛されてはいけないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく2人で歩き続け、やっとオーロラを見つけることができた。
夜店で夢中になってアクセサリーを選んでいる。
「あっ! 娘さん!」
ルイの手を放し、いそいでオーロラの元へ近づくと耳元でささやいた。
「オーロラ、オーロラってば」
「あっ……むごっ!」
オーロラの口を手で押さえる。
目で合図を送った。
オーロラは大きな目をみはり驚いている。
「どうされた?」
ルイがちかづいてきた。
「あ、あの……娘が見つかりましたので……」
「ルイ! こっち、こっち!」
「おお! こんなところにいたか!」
そのとき、ちょうどノエル・トマがルイに声を掛けてきた。
近くに店を広げている三角帽子を被った妖しげな占い師の前で手をふっている。
今夜は男装しているせいか、ノエル・トマがひどく気さくで生き生きとした人間に見える。
まるで本物の男みたいだ。
隣りに大広間で見た魔法使いもいた。
魔法使いを従えているのに、なんで占いなんかするんだろう?
首をひねりながらも、ルイたちの前からオーロラと姿をくらます算段をずっと考えていた。
「どうもご親切にありがとうございました。わたしたちはこのへんで……」
オーロラの手を引き帰ろうとした。
「待て! 君たちも見てもらえ!」
ノエル・トマに引き止められ、ギョッとしてしまった。
「いいわよ!」
「ちょっと、オーロラ!」
「あの女が呼んでるのよ? 断ったらまずいわ。大丈夫。十代の頃みたいに高い声を出すから!」
オーロラはノエル・トマと占い師の元へ飛んでいってしまった。
「どうしよう……。オーロラの口車に乗って、こんなとこまで来るんじゃなかった……」
「君もどうぞ。ほら、こいよ!」
再びルイに手を取られ引き寄せられた。
蛇の模様が見えそうになりヒヤヒヤする。
抵抗しても怪しまれそうなので、素直に従うことにした。
占いの露店に近づいていくと、オーロラが椅子に座り手相を見てもらっていた。
占い師の老人はジャラジャラと手首に巻いたアクセサリーを鳴らしながら熱心に大きな虫めがねをのぞいていた。
フンフンと首を振るとオーロラに向き直った。
「あんた、金持ちの一人娘だね? しかも高貴な出だ。どっかの姫さんかい?」
ドキッとした。
オーロラってば、もうバレてんじゃん!
「ぜんぜんちがうわよ! なによ! 当たらないじゃん!」
オーロラはそうとうな度胸の持ち主だ。
たぶん高名であろう占い師を前に、フフンと鼻を鳴らしてどこ吹く風だ。
たいしたものだ。
さすがのノエル・トマも変な顔をしている。
「そうかい……?」
占い師はいぶかしげにオーロラを見てから、おもむろにわたしをみすえてきた。
ドキッとして、ひどくあわててしまった。
もしかして、わたしの素性もばれた?
「あ、あの……なにか?」
「わしは自分の仕事に自信があってね。あんた、本当に今の占いが当たってないかい?」
「それは……」
「おや? あんた! すごく困ってるね? それも……とても深刻な悩みだ……!」
「あ、あの……わたしは占いとかキライだからいいわ!」
「お待ちよ! あんたの求めているものは……左の通路にあるよ! 行ってみなさい!」
「左……」
「たいへん! 遅くなると家の者に怒られるの! いきましょ!」
――ダダダダッダダダダッ!
「あっ!」
突然、オーロラがわたしの手を引き走りはじめた。
わたしもいそいでオーロラについていく!
「お嬢さんがた! 待ってくれ! あっという間に行っちゃったよ……。なんなんだ、ありゃ?」
「2人連れだから安全だろう。まだ宵の口だし。ところで、占いの結果はどうだった?」
「それが……近くにいるそうだ。どこだろう?」
「わたしも一緒。真相に近づいたって!」
「どれ、わたしも……」
「おい! 兄さん! 兄さんの探し人は今の人だよ! ほれ! さっきのお嬢さん!」
「なんだって! 彼女たちはどっちに行った!」
「ルイ! ミシェルと行ってくる!」
「頼んだぞ! 占い師よ! 何か他にわからないのか?」
「さあ……それよりも、あんたにまがまがしい物が近づいている。気をつけなされよ」
「まがまがしいもの……?」
占い師はそれ以上のことはわからなかった。
ルイはすぐにノエル・トマたちと合流して謎のマントの女性を追ったが、彼女たちの姿はどこにも見つからなかった。
付近で聞き込みをしたが、どうやらよその町からきた娘のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハアハア……」
「ハアハア……リンダ、ここまで来れば大丈夫よね? さっそく、左の道へいってみましょう!」
例の通路の階段の前までくると、オーロラが左方向を指差した。
「オーロラ、正気なの? ルイ王子たちはわたしたちと同じこの王城へもどってくるのよ! まして左は王さまたちが住まわれる王宮に繋がる道だわ。危険よ!」
「危険は承知と言ったでしょ? 行きましょう!」
「あっ! オーロラったら!」
――カツーンカツーン、カツーンカツーン……!
オーロラが石畳を走りはじめた!
足の速い彼女のあとに、ついていくのがやっとだった。
やがて石畳の先には鉄の扉が見えてきた。
「アーン! 残念だわ! 行き止まりー!」
「ハアハア……待って! この鍵を……」
わたしはさっそく、行きに道端で拾った鍵を扉の鍵穴に差し込んでみた。
――ガチャッ! ガチャガチャガチャガチャッ!
「だめだわ……合わない」
「その鍵なによ? 残念だけど冒険もここで……あれ? 取ってがあるわ! 引いてみるわね」
「あっ! オーロラ、勝手に……」
――ガラガラガラガラッ!
「ワアアアアーッ!」
なんと鉄の扉はダミーで、横の石の壁が開いて中に入れる仕組みになっていた!
「いくわよ、リンダ!」
「あっ! オーロラったら! ほんとにちゅうちょないんだから!」
わたしもリンダに続いて石の壁の中へと入っていった。
「真っ暗じゃない……」
「そうでもないわよ? 奥の通路に月光が差し込んでるわ」
「ほんとだ……」
そこは大広間のような大きな空間で、真正面の反対側に通路があり、月光が差し込んでいた。
「いってみましょう!」
「どうせ、止めてもいくんでしょ?」
――ヒタヒタヒタヒタッ……。
2人で大広間の反対側へと移動した。
そこは王宮の地下にあたる部分のようだった。
「やっぱり、通路がある! 明かりとりの窓も開いてるわ」
「……奥に部屋があるわ!」
突き当たりにドアがある。
ふと見ると、ポケットに入れたままだったルビーの指輪が光っていた。
いそいで指輪を取り出し左手の薬指にはめた。
「リンダ、いってみましょう!」
「うん!」
鍵を手にオーロラと近づいていくと、うしろからドヤドヤと話し声がしてきた。
この声は――!
「おや? ルイ! 誰かいるみたいだぞ!」
「なんだって? こんな地下にか?」
「ほんとだ! 誰だー! ここでなにしてるー!」
「たいへん! オーロラ! ルイ王子よ!」
「ええっ! どうしよう! 王宮に忍び込んだら、死罪まちがいなしよ!」
「死罪……!」
ルイたちはたいまつを持っているようだ。
だんだんと炎の灯かりが近づいてくる。
――コツコツコツコツ! コツコツコツコツ!
彼らの足音が、もう少しで目の前の通路に差し掛かろうとしていた!
大きな影が伸びてきた!




