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第2話

「アーサー! それは本当なの?」

「ほんとうだ。魔女が逃げてきた王国というのは、どうやらベルナール王国のことらしい」

「ルイとこんな深い縁があったなんて……」

「それでなんだが……ちょうどベルナール王国から縁談の話がきているんだ」

「ええっ! それはルイの相手ってことなの? わたしのことがどうしてわかってしまったの?」

「リンダ、君のことはバレてはいない。ルイ・ベルナール王子はいま、近隣の国々から王后を募っているんだ」

「また、なんだって……」

「王子もすでに二十歳の若者だ。側室に子供が恵まれず、痺れをきらした側近たちに正式な結婚を迫られているんだ。ルイ王子はだったら自分で決めると宣言して、近隣の国へお触れを出したんだ。ベルナール王国へ輿入れしたい姫君は集まれと」

「そう……ルイには側室がいるのね」

「リンダ……辛いと思うが、返ってそのほうが君もあきらめがつくだろう? 側室の名はノエル・トマ25歳。ルイ王子と同じぐらい背の高い細身の美女で、いつもケバケバしいドレスを着て高飛車な態度を取る皮肉屋だ。臣下や国民たちからとても嫌われているそうだ」

「ルイはなんだって、そんな女と……」

「だが、ノエル・トマはルイ王子のたいへんなお気に入りなんだそうだ。どこかの小国から連れてきたらしいんだが、出自はまったくわからない。ノエル・トマはミシェルという魔法使いを連れ歩いている。こちらはいつも真っ黒なフードつきのマントを羽織っていて容姿は不明だ。ノエル・トマと同じぐらい背が高く細身の人物らしい」

「魔法使い? 魔力は強いのかしら? 優秀な魔法使いなら、わたしの正体が見破られてしまうわ」

「でも、これは千載一遇のチャンスだ。これを逃したら我々がベルナール王国に滞在できる機会はないぞ」

「……わかったわ。細心の注意を払って行ってみましょう」

「ぼくも同行するよ。一緒にマルタン王国の魔女の呪いを解こう! そうすればリンダ、君はまたルイ王子と愛し合うことができるよ」

「アーサー……でも、すでにルイの心はそのノエルって女にあるのでしょう? もう無理だわ……」

「リンダ……。だけど呪いを解く鍵は見つかるはずだ! マルタン王国のために2人で花嫁候補として乗りこもう!」

「ええ! いきましょう!」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 こうしてわたしは叔父上と育ての両親に別れを告げ、アーサーと共に3年ぶりにベルナール王国へとやってきた。

 ベルナールはむかしと変わらず風光明媚な美しい国だった。

 大きなお城の庭には蝶がたわむれる花壇が延々とひろがり、美しい池やきれいに刈り込まれた植え込みが素晴らしい景色をつくりあげていた。

 

「すてき……こんなに明るくて光に満ちているなんて……」


 なつかしさに涙が浮かんでくる。

 

「リンダ、覚悟はいいかい? いよいよだよ」

「はい、アーサー……」


――ガラガラガラガラッ……。


 わたしとアーサーの乗った馬車は城のなかへと吸い込まれるように入っていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 花嫁候補たちは宮殿の大広間に集められていた。

 乙女たちは全員が白いベールを被らされ保護者に手を取られ立っていた。

 アーサーと目立たないようにいちばんうしろのはじっこへ陣取った。

 

「国王ご一家のおなりだ! こうべを垂れよ!」

  

 頭を下げるフリをしながらベールの陰から玉座を盗み見ていた。

 華やかなファンファーレと共になつかしい王様や后様、そしてルイと――派手な紫の衣装を身につけたスレンダーな美女が現れた。

 眉も目のふちにけばけばしい化粧をほどこし真っ赤な唇をシッカリと引き結んでいる。

 ルイと同じぐらい背が高く手足も大きくてまるで男のようなカラダつきだった。

 ルイはよりによって、なんであんな女を選んだのだろう。

 他にかわいい女はいっぱい、いるだろうに。

 しかも年はわたしより上だ。

 魔法使いを連れ歩いているというから、もしかしたら魔術をかけられてだまされているのかもしれない。

 その魔法使いらしき人物がノエル・トマのうしろに付き従っていた。

 うわさどおり真っ黒なマントを身にまとっている。

 大きなフードを被っているので顔がまったく見えない。

 ノエル・トマと同じぐらい背が高く細身だ。

 ゆったりとしたマントのせいで性別が判別できなかった。

 

 ルイがノエル・トマの手を取り皆の前に進み出た。

 わたしの心に衝撃が走る。

 3年経っても失恋の痛手は消えていなかった。


「皆の者、面を上げろ。こちらがわたしの側室ノエル・トマだ。彼女と張り合う自身がある者だけ残るがよい!」


 更に追い討ちをかけるようなルイの言葉。

 彼はこんなにもノエル・トマに魅力を感じているのか。

 もう、わたしの出る幕ではないらしい。


「リンダ、ノエル・トマがこちらを見ているぞ」

「えっ?」


 ほんとうだ。

 ノエル・トマがこちらを凝視している。

 服装のせいだろうか?

 赤や白のドレスで着飾った姫君たちのなかで、わたしだけが黒い衣装を着ていた。

 それにはわけがある。

 実は腕にからんでいる蛇の模様がだんだんとひろがり、今では背中いっぱいに広がってしまったのだ。

 万が一でもドレスから透けて見えたらたいへんなことになる。

 カラダに蛇のイレズミがある姫君などがいたら即刻、尋問され、場合によっては死罪か流刑もしくは高い塔の上に幽閉されてしまうだろう。

 蛇の模様を目立たせないために黒いドレスを選んだのだ。


 気がつくとルイもこちらを見ていた。

 まずい。

 わたしがロラだとわかられたのだろうか。

 アーサーとわたしはずっと下を向いたまま式典をやり過ごした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 何事もなく国王ご一家との謁見が終わった。

 皆がこぞって大広間から退出しはじめた。


 さきほどのノエル・トマの態度を見てスゴスゴと国へ帰る者。

 反対に対抗意識を燃やして闘志を燃やす者。

 この機会に宮殿に残って城の生活を観光がてら見ていこうという田舎者。

 さまざまな思惑の姫君とその保護者たちで大広間の出口はあふれ返っていた。

 わたしとアーサーは早く出ようと長い列のうしろで下を向いたまま順番待ちをしていた。


「アーサー……さっきのルイとノエル・トマの視線はなんだったのかしら?」

「さあ……でも、わたしも見られていたようです。なるべく早く出ましょう」


――トントン!


「えっ?」


 誰かがアーサーの肩をたたいた。

 振り向くと侍従らしき初老の男が立っていた。


「マルタン王国の方ですね。王子様がお呼びです。こちらへどうぞ」

「はい、わかりました……」

「アーサー……」

「リンダ、気をしっかり!」

「はい……」


 わたしとアーサーはその初老の男と衛兵に付き添われ宮殿の奥深くへと連れていかれた。

 広い廊下を歩きながら不安で仕方がない。

 わたしに気がついたルイが、自分を手ひどくフッた憎むべき女を、ノエル・トマの前で罵倒しながら追い出すつもりだろうか。

 

 連れていかれた先は忘れもしないルイの自室だった。

 この窓からいつも庭の池や城壁の向こうの森を眺めては愛を語り合ったものだ。

 今日も東の窓が大きく開かれ、白い雲の浮かぶ青空の下に美しい森が広がっていた。

 

――トントン!


「王子様、マルタン王国の者を連れて参りました!」


 ソファに腰掛けるルイとノエル・トマの姿があった。


「ごくろう、下がってよいぞ」

「はい」


 侍従と衛兵がいなくなり、わたしとアーサー、そしてルイとノエル・トマだけが部屋に残った。

 

「マルタン王国のリンダ姫ですね。遠路はるばるようこそ。そちらの長椅子におかけください」

「はい……」

「失礼いたします」


 わたしとアーサーはルイとノエル・トマの前に相対して座った。

 胸がドキドキする。

 思わずアーサーの上着の袖を握りしめた。

 ルイの目がギラリと光る。


「アーサー・マルタンだな? ロラ・リシャールの恋人の!」

「……たしかにわたくしはアーサー・マルタンですが……。ロラとは別れました。いまは関係ありません」


 ルイがアーサーをものすごい目つきでにらみつけている。

 彼は3年前のあの茶番の相手役アーサーを憶えていたらしい。


「ロラはいまどこでどうしているのだ!」

「ロラは……」


 アーサーがこちらをチラリと見た。

 わたしはベールの下で小さくうなずいた。


「ロラはわたしと別れたあと遠国へ嫁いだそうです。詳細はわかりません」

「そうか……」

「それよりそっちのリンダ姫に興味がありますわ! ベールを取りなさい!」

 

 いきなりノエル・トマが発言した。

 わたしはベールの下で飛び上がってしまった。

 彼女の声はまるで男のように野太かった。

 どうしよう。

 声や身体つきは変わったけれど、顔は昔の面影がある。

 こんなに明るい場所ではわたしが元ロラだとバレる可能性がある。


「花嫁の最終決定が行われる舞踏会まではベールはとらないお約束のはずですが」


 アーサーが助け舟を出してくれた。


「アーサー殿はリンダ姫の従弟というお話ですが……。ほんとうにそれだけの関係ですか? あなたは前科がありますからね。恋人を強奪したという!」


 ルイがアーサーに挑戦的な言葉を発した。

 彼はまだ3年前の恨みを忘れてはいなかったのだ。


「純粋にただの従姉の間柄です。それでは、用がなければこれで……」

「待って! リンダ姫のしているルビーの指輪はなんですか?」

「これは……」


 またノエル・トマが口をはさんだ。

 どうしよう。

 ノエル・トマには魔法使いがついている。

 この指輪からわたしが魔女だと気づいてしまったのだろうか?


「それがなにか? わが城に伝わる由緒ある代物ですが?」


 再びアーサーが答えた。

 

「そう……どこかで見たことがあるような気がしたものだから……」


 ノエル・トマは不審そうにルビーの指輪をジッと見つめていたが、それ以上の追求はしてこなかった。


「来たばかりで疲れていらっしゃるのに、引き止めて悪かった。宿舎でゆっくりしてください」

「それでは、失礼いたします」

「…………」

 

 わたしとアーサーは一礼して部屋を出た。

 ルイとノエル・トマの強い視線を背に受けながら。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 衛兵に付き添われ姫君たちにあてがわれた大きな宿舎にやってきた。


「では、リンダ、わたしはこれで……。くれぐれも気をつけるんだぞ」

「はい、アーサーも気をつけて」


 アーサーは衛兵と共に保護者専用の宿泊所へと去っていった。

 わたしはすぐに侍女の案内で自分用にあてがわれた部屋に案内された。

 わたしの部屋は3階の角部屋で窓から池や森がよく見えた。

 お茶を飲んで休んでいると、客人が来たと侍女が知らせにきた。


「お隣のオーロラ姫がお見えです」

「そう、通してちょうだい」

「はい」

「こんにちわー!」


 ちょこんと現れた姫君は、茶色い縦ロールの髪を2つに結んだ可愛らしい女性だった。

 ピンクのドレスにピンクのリボンを結びピンクの靴を履いていた。

 目がまんまるで大きく色白の童顔だ。

 ピンクの紅をさした小さな口をひろげ陽気に笑っていた。


「……こんにちは」

「そんなにかまえないで! わたしと同い年の姫がいるって聞いてやってきたのよ!」

「同い年なの? そんな風には見えないわ」

「そりゃそうよ! 王子にあわせて若作りしてきたんだもん! でも、取り越し苦労だったわね! あんな毒々しい美女が相手じゃ、わたしじゃどう考えても無理ってもんだわ! 王子も考えたわね」

「考えた? あれが王子の趣味なんじゃなくて?」

「さあ……真相はどうだかわかんないけど、あんな女に対抗できる深窓の姫君がいて? わたしは早々に花嫁候補を降りて物見遊山して帰るけど、あなたはがんばってね? それと……宿舎のなかではみんなベールを脱いでるわよ。顔を見せたくないなら別だけどね」

「そう……気が向いたら取るわね」

「ねえ! 街へ降りてカーニバルに行ってみない? 夜店や大道芸人がいっぱい所狭しと街道にあふれているそうよ! それはそれは、にぎやかなんですって! わたしの国の田舎のお祭りとは比べ物にならないぐらい、華やからしいわよ!」

「それは、たのしそうだけど……あいにくわたしは花嫁試験に参加しなくちゃいけないから……。明日のために早寝早起きして予習しないと」

「それってあれでしょ? 詩を詠んだり楽器演奏したりする退屈な催し物でしょ? 学術試験まであるそうじゃないの! 姫君たちはみんな侍女たちにやらせるつもりよ? あなたまさか、自分でやるつもりじゃないでしょうね?」

「そのまさかよ。うちは貧乏国だから侍女は連れてきていないの。従弟だけよ」

「それってあの、ハンサムなお方よね? 知ってる? 今日、残った姫君の大半はあなたの従弟ねらいだってこと!」

「アーサーの? ほんとうに?」

「素敵な殿方だもの! ルイ王子と比べても大人の魅力にあふれているわ! ねえ! アーサーさまに恋人は? あなたとアーサーさまは、ほんとうに従弟だけの関係?」

「もちろんよ。それと、アーサーには恋人はいないわ。それにしても……アーサーを連れてくるんじゃなかった。初日から目立ってしまったわ」

「あなたもそうよ! 黒衣の花嫁候補なんてありえない! なんだってブラックドレスを選んだの?」

「あちゃー。わたしも目立ってた? 普段から黒しか着ないの」

「そう? 人それぞれ個性があるもんね。わたしは気にしないわよ! じゃ、いまから行きましょうか!」

「へ? どこに?」

「カーニバルに決まってるじゃない! わたしさっき、秘密の抜け道みつけちゃったんだ! すぐに行くわよ! 着替えてくるわね!」


 そう言うとオーロラはわたしの部屋から出ていった。

 

「えっ? オーロラ! いまからいくの? そんな……困るわ!」

 

 オーロラは町娘の格好をしてすぐに迎えにきた。

 わたしは超強引な彼女に手を引かれ、城下町のカーニバルに行くことになった。

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