第10話
「なんと! ロラ! ロラじゃないか!」
ベールが上がった瞬間、ルイに気づかれた!
「お静かに、すみやかに誓いのキスを……」
「はい!」
ルイは素早くキスをするとわたしを抱きしめた。
わたしはルイを押しのけ、バージンロードをひとりで歩きはじめた。
すぐにルイが追いついてきて、わたしのからだに腕に手をまわした。
「いったいどういうことだ? まるで頭がまわらないよ! これは夢かい?」
「現実よ。それと……わたしに期待しないで。あなたの花嫁になりたかったわけじゃないの。単に蛇の呪いが解きたかっただけ!」
「そうか……君はアーサーと……。くそっ! だから彼は君と一緒にいるんだな!」
「ルイ、神の御前で汚い言葉はやめて。とにかく、王后になるにしてもただのお飾りに徹しますから!」
「みなまで言うな! わかってる! とにかく次は戴冠式だ。それが終わったら、ゆっくり話し合おう」
「わかったわ……」
◇ ◇ ◇ ◇
ベルナールの国王は息子の結婚と共にその座を退いた。
代わりの王座にはわたしとルイが就いた。
戴冠式は滞りなく済んだ。
3年前のわたしのことを憶えていた臣下や重鎮たちがいた。
侍女を含め従業員たちも皆がびっくりしていた。
ルイのご両親は驚きながらも喜んでいた。
それを見ながらルイは複雑な表情で微笑んでいた。
これでいい。
わたしの前でルイが幸せであってはならないのだ。
書類へのサインも済み、わたしとルイは正式な国王夫妻となった。
「では、わたしはこれで失礼いたします」
「ロラ……いやリンダ! 明日、お部屋にお伺いします」
「はい……」
「アーサー殿は残られよ。話があります」
「はい……」
アーサーには悪いと思いつつ、ルイの前からオーロラとそそくさと退出した。
衛兵に守られ后の間へ案内された。
そこはとても豪華で立派な部屋だった。
オーロラとしばし内装に見入ってしまった。
「ねえ、リンダ……あなた本当はロラって言うの? ルイ王子、いえルイ王の恋人だったの?」
「ええ……そうよ。アーサーを恋人に仕立てて別れたの。魔女の呪いのせいよ。ルイは知らないの。この呪いが、わたしを愛する人たちに降りかかるということを」
「それはいったい、どういうことなの?」
「蛇の模様があるわたしを愛した者には、必ず不幸が訪れるのよ。未練があってもだめ。だからルイとはひどい別れ方をしたのよ」
「まあ! それはたいへん……ってリンダ! あなた蛇の模様があるの? ノエル・トマが蛇の模様がある女を捜してたわよ!」
「それはわたしよ。でも、もうノエル・トマたちとわたしは関係ないわよね? 彼女たちは祖先であるドミニク・トマと会えたのだから」
「ねえ! ノエル・トマたちがこの国に来た真の目的ってなにかしら?」
「目的? どうして?」
「ノエル・トマはベルナール王国を呪った魔女の子孫なのに、ルイ・ベルナール王子の側室になってる。おかしいと思わない?」
「そういえば……。それを受け入れたベルナール家もおかしいわよね。本来なら復讐される間柄だわ。ベルナール王国はノエル・トマたちを警戒しなかったのかしら?」
「ノエル・トマは魔力はなさそうだったわ。超現実主義者だし……」
「オーロラ、もしかしたら……」
「もしかして? なーに?」
「ドミニク・トマが子孫に残した遺言には続きがあるのかもしれない……」
「遺言? なにそれ?」
わたしはオーロラに、ドミニク・トマの遺言に基づきこの花嫁選定が行われたことなどを詳しく話した。
「すごい呪いね? わたしに任せて! ノエル・トマを探ってみるわ!」
「オーロラ! 気持ちはうれしいけど無理はやめて! 危険よ!」
「言ったでしょ? 危険は付き物だって!」
「オーロラってば……」
◇ ◇ ◇ ◇
次の日、朝早くからアーサーがやってきた。
「リンダ、昨夜はルイたちに散々しぼられたよ! とにかくわたしと君はただの従妹で、3年前はリンダは別の人物と浮気していたということにしておいたよ」
「浮気? まあ……いいでしょう。そうしておきましょう」
「昨日、ドミニク・トマが変装していた10位の姫君は庭で倒れているところを発見された。ケガはないようだ。すべての花嫁候補が昨日のうちに故郷に帰ったよ。魔女の呪いを恐がって」
「魔女の……当然ね。今日はルビーの指輪をはめているから大丈夫よ。ドミニク・トマがいつ襲ってきても対処できるわ!」
「あまり、自分の力を過信しないことだ。ドミニク・トマという人物がどの程度の魔女かはわからないが、千年も生きているのはただごとじゃないぞ。用心にこしたことはない。おや? オーロラは?」
「それが……朝早くからノエル・トマの偵察に行ってしまったのよ」
「やれやれ……」
――コン、コンッ!
「これはこれは……また君か、アーサー!」
「ルイ王!」
「ルイ……」
「リンダ、朝の散歩に参りましょう。池の鯉に朝ごはんをあげにいきませんか?」
ルイは朝から晴れ晴れとした顔をしている。
わたしと結婚できたことがそんなにうれしいのだろうか。
「あいにく、あまり気分がすぐれませんのよ。ノエル・トマと行かれては?」
「彼女は朝起きるのが遅くてね」
「だったら……どなたか他の女性を誘ってみては? わたしはもう少し寝ていますから!」
「あっ! リンダ!」
――バタンッ!
「リンダ……いくらなんでも……」
「アーサー……これぐらいハッキリと断らないとだめ。魔女の呪いは恐いのよ」
「そうだったな……」
◇ ◇ ◇ ◇
具体的な解決策もないまま時間だけが過ぎていく。
ルイはつれないわたしの態度にいつしか話しかけるのを止めた。
今日も池のほとりでため息をつきながら沈んだ顔をしている。
窓からその姿を見ながら、今度はわたしが落ち込んでいた。
この呪いは強烈だ。
わたしに拒絶されたルイは深く傷つき、それを見守るわたしの心も苦しめられる。
蛇の模様は最近では、首のあたりまで上がってきていた。
このまま顔にまで蛇の姿が浮き上がってきたら、いったいわたしはどうしたらよいのだろう。
今日もミサに出かけるときのようにハイネックのドレスで晩餐会に出席していた。
隣りに座るルイと次々に運ばれてくるごちそうを食べているのだが、味もわからないほど胸の中は苦しみでいっぱいだ。
このままの状態では、ルイは不幸にはならないが幸せにもなれない。
いっそわたしが身投げでもして、ルイに新たな恋を見つけてもらえばいいのか?
もしくは死んだことにして失踪する?
それとも誰かと駆け落ちするフリをする?
だが、いまや正后となってしまったわたしだ。
そのどれを実行しても、ベルナール王国に傷がつく。
愛する人のため愛されてはいけない。
だが、愛する人を傷つけないように愛されない妻になる方法などあるのだろうか。
あとは自分がなんとかしてルイに憎まれることだ。
でも、3年前にそれは失敗している。
ルイ・ベルナールという青年は、人を憎んだり恨んだり決してしない真っ直ぐで清らかな人間らしい。
わたしたち魔女のように心が狭くないのだ。
愛した女を純粋に信じ続ける立派な性根の人物だった。
ルイに対し嘘を吐くことも真実を告げることもどちらもできない。
この呪いに、わたしは死ぬまで勝てないのか。
ドミニク・トマ自身も自分のかけた呪いに縛られ死ぬことも出来ずに苦しんでいる。
相手を愛すれば愛するほど呪いの底なし沼に沈み込んでいくこの因縁に、わたしたちはほとほと困り果てていた。
「リンダ……食欲がないね。どんどん痩せていくようだ……。果物だけでも食べてごらん」
「ルイ……わたしのことは放っておいてよ。向こう隣りのノエル・トマにも、何かすすめてあげたら?」
「彼女は人の皿まで食べつくす女だ。心配はいらないよ」
「ちょっと、ルイ! ひどい言いようね!」
「ほんとのことだろう? おとなしいと思ったら……あいかわらずよく食べるな……」
「ところで、ノエル! この国に来た本当の目的は何かしら?」
「……それはドミニク・トマの遺体を蛇の模様がある女と確認することだ」
「それだけじゃないはずよ? ずばり聞くけど、ドミニク・トマの遺言にはこの国に対する要望があったはずよ。それはいったい、なんなの?」
「リンダ……たしかにそうだが、話し合った結果それをわたしたちはよしとせず、ノエルは側室に納まったんだ」
――フッ!
そのとき、晩餐会場の大広間のロウソクが一斉に消えた!
――キャアアアアーッ!
――なんだ! どうした!
「リンダ、わたしの手を握って!」
「…………」
「リンダ……?」
――パンッ!
ロウソクが一斉に点いた!
「リンダ、大丈夫だったかい?」
だが、ルイの手を握りしめていたのは、リンダではなくノエル・トマだった!
リンダの席はもぬけの殻で、誰も座っていない。
「ノエル! リンダはどこだ?」
「リンダ? そういえばいないね?」
「くそうっ! リンダ! リンダはどこに? 皆、王后を探せ! ドミニク・トマに連れていかれたのかもしれない!」
「アーサー様、聞いた? リンダがドミニク・トマに! たいへんだわ!」
「オーロラ、とにかくリンダを探そう! 君はリンダの部屋を見てきてくれ!」
「はい!」
――バタバタバタバターッ!
――ワアアアアーッ!
――王后さまー!
晩餐会そっちのけで大騒ぎになってしまった!
皆が総出でひと晩中リンダを捜したが、発見することはできなかった。
翌朝から町中や近隣の村や森も捜索することになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「うん……っ? ここは……?」
「あれ? 起きちゃった? ちょっと、もうしばらくジッとしてて!」
「あっ! あなたは……ミシェル! えっ? きゃあああーっ!」
驚いたことに、わたしは上半身ハダカのままベッドにうつぶせに寝かされていて、そのうしろでミシェル・トマが紙にペンを一生懸命はしらせていた。
どうやらわたしの蛇の模様を熱心にスケッチしているようだ。
「さ、ぜんぶ写せた! ドレスはサイドテーブルに置いてある。ひとりで着れなかったら手伝うけど?」
「結構よ!」
「じゃ、わたしは出て行くから!」
「ちょっと待ってよ! ここはどこなの?」
「わたしの部屋だよ」
「なんですって! なぜ、こんなことを?」
「あなたの背中の模様を写してばら撒くんだ。そうすれば、謎が解ける人間がどこかにいるかもしれない。ドミニク・トマが言ってたでしょ? どこかに呪いを解く人間がいるかもって! それと……アーサー様とは本当にただの従弟の関係なの?」
「アーサー……? あなたに関係ないでしょ?」
「い、いや……! ルイ王が気にしてたから!」
「ルイが? そう……あなたからしたら、アーサーとオーロラのほうが気になっていそうだけどね?」
「なんだって! オーロラと? オーロラとアーサー様は付き合っているのか?」
「いいえ、わたしたちは3人ともそんな関係ではないわよ!」
「本当だろうな? 今度オーロラにも聞いてみよう!」
それだけ言い捨てミシェルは部屋から出ていってしまった。
「どうしよう……こんなところでこんな格好で……。でも、誰か来ないうちに出ていかないと……」
わたしは前を隠しながらそうっとベッドから起き上がった。
――バンッ!
「ミシェル! こんな時間にすまないが、ノエルが見つからなくて! 君はリンダを……わああーっ!」
「きゃああーっ!」
なんと半裸で、ルイと鉢合わせしてしまった!