第1話
「アーサーと結婚するの。わたしのことはもう忘れて」
「そんな……ロラ! うそだろう? どうして!」
「ロラのことはあきらめろ。おれたちは……愛しあっているんだ」
「ぼくのほうが何倍も! ロラ! 目を覚ましてくれ! 2人で永遠を誓い合ったじゃないか!」
「お坊ちゃんには無理だ! しつこいぞ!」
「じゃあ……わたしもう行くわね? さよなら、ルイ。いままで……どうもありがとう」
「ロラ! 待ってくれ! ロラー!」
涙をこらえアーサーとベルナール王国をあとにした。
「リンダ……ほんとうにこれでよかったのか? 他の方法もあったんじゃないのか?」
「いいのよ、アーサーこれで……これがルイのためなんだから。これでルイは、これからも一生幸せに生きられるわ」
「リンダ……」
こうしてわたしロラ・リシャールは初恋のルイ・ベルナール王子を手ひどくふって別れることに成功した。
「これさえなければ……」
腕をまくり日にかざす。
わたしの両腕には真っ黒な蛇の模様がからみついている。
これさえなければ、いまでもカーライルの腕のなかで幸せな夢をみていられたのに。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅー……よね……」
今日も両腕を見ながら大きなため息を吐く。
あれから3年。
わたしは23歳になり、ルイ・ベルナール王子は20歳になったはずだ。
わたしとルイは3年前まで、深く愛しあう恋人同士だった。
ルイ・ベルナールは大国の王子様だ。
黒髪に黒曜石のような黒い瞳の美男子だ。
対するわたしは当時ただの地方豪族の娘。
栗色の長い髪にグリーンの瞳のぽっちゃりとした女の子だった。
極めつけはひどく背が低いこと。
色が白く顔立ちが美しいと言われることがせめてもの救いの平凡な娘だった。
そのころのわたしは明るく元気でよく笑っていた。
ベルナール王国の王城へ行儀見習いにきてルイ王子とお互いひとめで恋に落ちた。
わたしはルイより3つも年上だが、国王夫妻はたいそう気に入ってくださった。
ルイとわたしは将来を誓いあう仲だった。
「ロラ! こどもは何人ほしい?」
「まあ……ルイったら! 気がはやいわ! エッチ!」
「そ、そんなことはないぞ!」
年下のルイをからかい、2人でよくはしゃいだ。
真っ赤になって照れるルイがかわいくて、とても愛おしくて。
池のほとりでキスをしては、2人の明るい未来をいつまでも語りあっていた。
わたしはあの頃とても幸せだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日、故郷の両親がたずねてきた。
「たいへんだ、ロラ! おまえのほんとうの両親がわかったんだよ!」
「えっ? お父様、お母様……それは本当ですか? わたしはいったい、どこの誰なんですか?」
実はわたしは捨て子だった。
現在のお父様とお母様に拾われ大切に育てられた。
それが、とうとう本物の両親が見つかったというのだ!
◇ ◇ ◇ ◇
お父様たちの話によると、実の両親はとうに亡くなっているそうだ。
わたしの本当の名はリンダ・マルタン。
マルタンという小国の王女だ。
20年前にマルタン王国の城が盗賊団に襲われた。
そのときわたしの両親である国王夫妻は殺され、赤ん坊だったわたしは誘拐された。
いくら探しても赤ん坊は見つからず行方不明のまま月日は流れた。
「どうして急にわたしの身元がわかったのですか?」
「20年前の強盗団が掴まったんだよ。その連中がこの村のりんごの木の下に赤ん坊を捨てたと証言しているんだ。話の状況がロラが見つかっときの様子とピタリと一致するんだよ」
「わたしは誘拐されたのに、どうして捨てられたのかしら?」
「それは教えてもらえなかった。マルタン国の王城まで来てもらいたいそうだ」
「わかりました! すぐに行きます!」
わたしはルイに事情は告げず、ただ故郷に帰るとだけ言い残し育ての親と共にマルタン国へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれが、マルタン国……」
マルタン国は高い塀に覆われたこぢんまりとした城塞都市だった。
豊かな河と緑に囲まれた風光明媚な場所に建つ王城はとても美しかった。
ここでわたしは生まれたのね!
おとぎばなしの主人公になったような気分でワクワクしてきた。
城の中では叔父のマルタン王と従弟のアーサー公爵がすでに待ち構えていた。
「マルタン王。この娘が、りんごの木の下にいた赤ん坊です」
「おお! 彼女が……亡くなられた兄上によく似ている……。リンダ、わたしは殺された国王の弟でおまえの叔父だ。亡き兄に代わり今はマルタン国の王となっている。これはおまえのいとこのアーサー。わたしのほうが兄より結婚が早かったので、アーサーはおまえより7つ年上だ。わたしの妻も20年前、おまえの両親と共に殺された。おまえだけでも生きていてくれて本当によかった……」
「叔父上……」
国王は大粒の涙を流しながらたいそうよろこんでいた。
亡きわたしの父上と叔父上はよく似ていたらしい。
叔父にあたる国王はわたしと同じ栗色の髪にグリーンの目をしていて顔もそっくりだった。
赤ん坊だったので記憶が無いとはいえ、血の繋がったほんとうの家族との再会にわたしは感動していた。
「リンダ姫……実はこの城には言い伝えがあるんだ」
「どのような言い伝えでしょうか?」
「姫が生まれたら捨てろという……」
「…………!」
「今回つかまった強盗団はその言い伝えにもとづきおまえの誘拐を依頼されたと言っている」
「叔父上……どうしてそのような言い伝えが……? 実行しないと、どうなるのでしょうか?」
「大いなる災いが起こるといわれている。強盗団が言うには、お前の両親とわたしの妻を殺したのは自分たちではないそうだ」
「犯人は誰なんですか?」
「わからない。だが、自分たちが踏み込んだとき、すでに3人は亡くなっていたそうだ。本当は赤ん坊を殺すように依頼されていたが、実行できなくてりんごの木の下に捨てたと証言している」
「依頼主は……」
「それもわからないそうだ。大金と共に依頼の手紙が届き、事件後に残りの金も届いたといっている」
「そんな恐ろしいことを、いったい誰が……」
「調べたがさっぱりわからないんだ。強盗団も検討がつかないそうだ。自分たちは仕事をしたまでだと言い張っている。リンダ姫、会ってすぐで悪いのだが、城の裏側の森にある洞窟へ行き王女の証であるルビーの指輪を取ってきて欲しい」
「ルビーの指輪? どうしてそんな物を?」
「言い伝えには続きがあるのだ。もしも捨てた姫が見つかったら、森の洞窟にあるルビーの指輪を1人で取りにこさせろという……。実行しなければ、更に大きな災いがわが国に起こるらしいのだ」
「なんということ……!」
「ただの洞窟だが、充分に気をつけるように。深さは十メートルもないだろう。ふだんから城で管理しているが、中には元から何もない。ルビーの指輪などあるはずないのだが……」
「わかりました。それが言い伝えならば、更なる悲劇が起こらないうちにいってまいります!」
「ではアーサー、洞窟へリンダを案内して差し上げろ」
「かしこまりました。さあ、リンダ、こちらへ!」
「はい! アーサー、おねがいします!」
こうしてわたしとアーサーは城の裏側にある深い森の中の洞窟へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
――キーキ、キ、キ、キッ!
――ケーケーケーケエエーッ!
「アーサー……何か動物がいるの?」
「いいや。いても鹿やイノシシぐらいだ。あれは鳥の声だよ」
「そう……なんだか不気味で暗い森ね……」
「魔女が住んでいるというウワサがあるんだ」
「魔女が?」
「でも、この洞窟の中はふだんから点検しているけど何もないよ。安心してくれ」
「ありがとう。ここね……」
アーサーに案内された森の奥には、ぽっかりと大きな洞窟が開いていた。
うしろにある巨大な岩をくり貫いたものらしい。
「何千年も前からある洞窟だ。このたいまつを持って入るといい。足下に気をつけて」
「ありがとう。マルタン王国のために行ってくるわ!」
「たのんだぞ、リンダ。くれぐれも気をつけて!」
洞窟のなかは真っ暗だった。
恐怖でドキドキするが、これ以上の悲劇がマルタン王国に降りかかることのほうがずっと恐ろしい。
たいまつを片手に勇気をふりしぼり、洞窟の中へと踏みこんでいった。
――ポウッ!
奥で灯かりがともった。
「おかしいわね……誰かいるの? あら?」
慌ててアーサーのいる洞窟の入り口をふりかえってみたが、真っ暗で何も見えない。
「えっ? だってわたし……まだ1、2歩しか進んでないのよ?」
不気味に思ったが進むしかない。
奥の灯かりを目指すことにした。
――コツコツコツコツ……。
「ハアハア……着いた……ずいぶん時間がかかってしまったわ……」
灯かりはすぐそこに見えるのにいっこうに近づけず、30分ちかく歩いてやっと洞窟の奥まで到達することができた。
左の奥の岩にくぼみがあり、あかりはそこから漏れてくるらしい。
誰かいるみたいだ。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますかー?」
「こっちにおいで!」
くぼみの中からしわがれ声が聞こえてきた。
こんなところに老人がいるの?
不思議に思いながらも近づいていった。
狭苦しいくぼみの中に黒いマントを羽織った老婆がいて、大きなツボに火をかけ長い木のスプーンでスープらしき液体をかき混ぜていた。
フードのせいで顔はよく見えない。
この火の炎がさっきからチラチラと見えていたようだ。
「あなたはいったい……? ここで何を?」
「あんたリンダ姫だろ? あんたにルビーの指輪を渡そうと思って待っておったんじゃよ」
「まあ! それはご親切にどうもありがとうございます。指輪はどちらに?」
「ただではやらんさ。この特製スープを飲んだら渡してやろう」
「そのスープの中身はなんですの?」
「これはな、リンダ姫……呪いのスープなんじゃ!」
「呪いのスープ! おばあさん! わたし、そのようなものは……」
「まあ、待ちなさい。その前に、なぜおまえが捨てられたのか教えてやろう」
「それはこの国の言い伝えのせいで……」
「いいからお聞き! その言い伝えの元の意味を教えてやろうっていうんだ! 千年ほどむかし、この国の姫君がウサギを追いかけているうちに城の裏手にある洞窟のなかに入ってしまった。その洞窟には王国から逃げてきたドミニク・トマという魔女が住みついていた。魔女は姫に自分のことは決して誰にも言わないでくれとお願いした。姫は承知したが、城に帰ってからその話を皆にしてしまった。すぐに大国の者たちがやってきて洞窟に火をかけたんじゃ。魔女は死に、その遺体を大国の者たちが運んでいった」
「なんと、恐ろしい話……」
「ドミニク・トマの恨みは相当のものじゃった……。それ以来、魔女の呪いがこのマルタン王国にかけられたのじゃ」
「もしや……その魔女というのは……!」
「ヒョッヒョッヒョッ……魔女のことを告げ口した姫君は大人になり女の子を産んだ。夢枕に魔女があらわれ、すぐにその子を捨てないと災いをもたらすと予言された。姫君は魔女の忠告を無視した。それからすぐ、マルタン王国は隣国に攻め落とされ姫も殺されたよ。ヒョッヒョッヒョッヒョッ……」
老婆の笑い声に真底ゾッとした。
「それから……マルタン王国はいったい、どうなったのですか?」
「次の国王にも姫が生まれ、再び魔女が夢枕に立った。この国王は賢かった。すぐに姫を捨て子に出してことなきをえた。魔女の忠告には続きがあってね……聴きたいかい?」
「ぜひとも」
「万が一もどってくる姫がいた場合はこの洞窟へ来させろとね! ルビーの指輪を与えるから」
「それで? もどってきた姫はいままでいたの?」
「あんたが最初で最後だよ」
「最初で最後? どういう意味なの?」
「そのとおりの意味さ。呪いは成就された。あんたの登場でね!」
「では……わたしが犠牲になれば……」
「そんな、なまやさしい呪いじゃないよ! この呪いは伝染していくんだよ!」
「伝染? どんな風に?」
「すべての呪いがその姫を愛する者たちに起こるのじゃ! つまり、自分のために愛する者が苦しむ呪いだ! これほどの罰はなかろう?」
「なんという……おばあさん、もうやめて! なんでもするから! 呪いはわたしで終わりにしてください!」
「だからこのスープを飲めと言っておろうが?」
「これを飲めば……許してくれるの?」
「許しはせんよ。呪いが成就されるだけだ。ドミニク・トマの魔女の呪いが!」
「わたしがその呪いを受ければ、今後は魔女の呪いを受ける人がいなくなるのよね? ただし、わたしを愛するルイとは一緒になれない……永遠に……」
「たとえ結婚を取りやめても、おまえに未練があれば必ず災いが降りかかるよ! それは覚えておおき!」
「そんな……じゃあ、ルイには未練を残させないように別れる必要があるってことなのね?」
「そうだよ。よくわかってるじゃないか!」
「わかりました。スープを飲みます……。ルイとは別れるしかないのね……」
わたしの両目からポロポロと大粒の涙が流れ落ちていく。
ルイ王子とは最初から縁がなかったと、そう思うしかない。
「さあ! グッとお飲みよ!」
「……わかりました」
わたしは魔女が差し出す木のスプーンの先に唇をあてた。
そこにはベタベタとした緑色の液体がのっていて、ひどい悪臭がした。
思い切って目をつむり、グッと飲み干した!
「うっ……く、くるしい……!」
カラダ中の血管を、火のように熱い液体がグルグルと駆けめぐりはじめた!
「ハアハア……誰か……たすけて……!」
とたんに呼吸が苦しくなり、目の前がかすんでくる。
立っていられなくなり、両腕を前に伸ばしたまま地面に倒れこんだ。
「ううっ……な、なに……?」
腕がねじれるように痛い!
思わず袖をめくってみると、両腕に1匹ずつ――大きな黒い蛇がからみついていた!
よく見るとそれは、本物の蛇ではなかった。
イレズミのように模様となって両の腕に浮かびあがっていたのだ!
「ハアハア……これは……なに? なんなのよ!」
息がだんだん整ってきた。
蛇の模様が浮き上がると同時に体調がすこぶるよくなった。
洞窟に入る前よりも元気なぐらいだ。
「ヒョッヒョッヒョッ……これが魔女の呪いだよ! 思い知ったかい!」
「あなたを裏切った姫はわたしではないわ!」
「じゃが、おまえの祖先だ! この城に生まれた自分の運命を呪うがいいさ!」
「これでは……呪いがなくとも誰とも結婚できないわ! なんと、ひどいことを……」
「それほどのことを、あんたの祖先はしたんだよ! いいからそのままお帰り! その蛇は魔女のペットだ! あんたには魔女としての霊能力が備わったんじゃ! その指にはめているリングがマルタン王国の姫の証だ。さあ! とっととお行き! そして呪いの続きをやり遂げな!」
「なんということを……」
くやしさに唇をかみしめながら、たいまつを持ちわたしは出口に向かった。
左の薬指にはいつの間にか大きなルビーの指輪がはまっていた。
うしろを振り返ってみる。
ほんの数歩進んだだけなのに、老婆も灯かりもくぼみもすべて消えていた。
前方に明るい光が見えてきた。
近づいていくとすぐそこに洞窟の入り口があり、心配そうな顔でアーサーがこちらをのぞきこんでいた。
「アーサー!」
「リンダ! 無事かい?」
「ええ! 大丈夫、なんとも……」
光の中へ出ていこうとしてハッと気がつき両袖を下ろし蛇の模様を隠した。
それは手首の手前で終わっており、ちょうど袖に隠れる位置におさまっていた。
「どうかしたのか?」
「いいえ……大丈夫! すぐに行くわ!」
洞窟を出て明るい光の中へと再びもどってきた。
だが、洞窟に入る前のわたしと今のわたしは全然ちがう人間だ。
両手に蛇の痣を持つ魔女リンダになっていた。
「リンダ……泣いているじゃないか! そんなに恐かったのか?」
「えっ……? あ、ああ、そうね。でも、もう大丈夫よ……アーサー……あなたに折り入って頼みたいことが……」
わたしはアーサーに魔女の呪いについて詳しく説明した。
そして話は冒頭にもどる。
ベルナール王国にもどったわたしはアーサーに恋人のフリをしてもらい、ルイ王子にひどい言葉で別れを告げた。
◇ ◇ ◇ ◇
わたしはすぐに故郷に戻ってしまった。
だから、その後ルイ王子がどうなったのかはまったく知らない。
アーサーの協力のもとマルタン王国の森の小屋で1人暮らしをはじめたわたしは、呪いを解く方法を必死で模索した。
両腕の蛇の話は誰にもできなかった。
言えばわたしは国を追われ、魔女として生きなければならなくなる。
腕を隠しながらコソコソと生きるようになったわたしは、落ちこんで食欲もなくし痩せ細ってしまった。
いつも黒い服を着て化粧もせず、髪も伸び放題でだんだんとまるで魔女のように年取った姿になっていった。
呪いを解く方法が見つからないままあれから3年が経過した。
魔女を研究するうちに薬草や病気の知識を得てしまったわたしは、呪いにより授けられた霊能力も手伝って人々の病気治癒ができるようになってしまった。
愛されてはいけなくても、愛することは許されるはず。
遠く異国の地から、いつもルイのことを想っていた。