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僕と顔  作者: 和そば
1/1

その1

 世の中には不思議な現象が多々あるっていうのは、結構周知の事実だったりする。

 科学が発展し、なお発展し続けている中でそういう現象の解明はそこそこされているんだけども、テレビじゃあ毎年に空想動物のミイラ発見だの、心霊写真だの、謎の飛行物体だの話題が尽きない。そりゃあ、その中の全部が全部真実なわけもないし、もしかしたら視聴率欲しさのテレビ局が捏造したものや、市井の方々の類稀な画像の合成技術によって作りだされたもので、それっぽく見えるものが大半を占めているのかもしれない。それでもこう言った話題が万国共通で尽きないあたり、人間というのは案外ロマンチストなんだろうか。いや、ロマンのような甘い空想ばかりではない。例えば幽霊。科学現象がどうこうと、最もらしく説明している専門家達でさえ夜の廃病院に一人で訪れるのが躊躇われるように、いないと思ってはいても根本的な恐怖を抑えられない状況はあるものだ。ちなみに、この話を科学派の友人にしたら、視界が上手く確保出来ない事で生じる身の危険から恐怖を感じるなどと、これまた最もらしい事を言っていたが、僕は昼間の廃病院でも十分に怖い。別段、幽霊といったものを見たことも、何か超常のものの害を受けた事もないのだが、一方的に恐怖を感じているというのは、もし本当に幽霊がいるのならばいい迷惑なのかもしれないけれど、幼き頃からの刷り込みのよっての事なので突然意識を変えることは出来そうにない。しかし、恐怖を感じるからといって嫌悪を感じるわけではないというのが不思議なところで、(そりゃあ、実際に害を受ければ嫌悪を感じるようになるのかもしれないが)怖いもの見たさ、何て言葉ができるほどには僕たち人間はそういった現象に興味深々だったりする。もちろん僕も。有体に言えば大好物だった……。過去形で。


 解析され、証明された不思議現象の一つにシミュラクラ現象というのがある。名前だけ聞くと、困惑する人も多いとは思うが、三つ点があれば顔に見える現象、と言い換えれば結構知ってる人もいるんじゃあないか。それくらい、不思議現象の中では知名度が高い方で、大体の心霊写真はこれで証明できるらしい。なんでも僕たちの脳は逆三角形に配置された3つの点を見て顔と認識するらしいのだが、この場合3点はそれぞれ目、目、口に脳内で分類されているわけだ。

 いや、耳は仕方ないにしても、鼻が無いんだったら認識するなよ、と、もうちょい頑張ってよ僕の脳、とその現象を知った当初は憤りを感じていたものだったが、冷静に考えると鼻の穴って常に見えてるわけがないもので。常に鼻の穴を膨らませている人ばかりだったらそれはそれでよっぽど怖い現象であるわけで。それなら、まあ、そういうものなのかなと、別に脳科学者でも何でもない、ただの中学生である僕は納得していたんだけども。(ここで、それならば4つないし5つの点が顔に見える現象を、自分の名前をつけた現象にしようとした黒歴史が生まれたてはいたが)

 

 実際、壁のシミが顔に見える現象、を体験してみるとシミュラクラ現象と名付けられたそれがどれほどお気楽な考えで作られた事かと思い、僕は発案者に恨みごとを言いたくなる。いや、お角違いなんてことは重々承知であるうえで、だ。どうしてその解決法まで考えてくれなかったんだと。


「おいおい、相棒は連れねー事を言うもんだぜ。こんなお茶目で素敵な同居人を捕まえておいてただの現象だなんてよ、俺様涙で壁のシミになりそうだ」


「お前は元々シミだろ!」


「そうだったそうだった、けどそんなに悩むことねーんじゃねぇの?思春期に突入して人には言えねぇ悩みが増える中、何でも話せる相棒が出来たと思えばいいさ、ほら、俺様は何時でも相棒の人生相談を受け付けてるぜ?」


 絶賛拡大中の悩みの元凶から、そんな声が掛けられるが僕はそれを無視する。勘弁してくれよ、シミュラクラ現象が話しかけてくるとは聞いちゃいない。厄介なのは僕以外、母さんや父さんには見えてすらいないってとこだ。二人が僕の部屋に訪れた時も、構わずこいつは喋り続けていたが、二人とも何の反応も示さなかった。今の僕の様に聞こえてて無視している感じではなく、存在そのものを感じていないようだったし。もし後ろの壁のシミが、福山雅治の桜坂のビブラートを練習しているのを平然と無視するよな親なのだったら、もう僕は血のつながりから疑わざるをえないが、それは無いと信じたい。当の僕本人は親の話など全く耳に入ってこないほど動揺していたからだ。


 幸いなのはこのシミが、今のところぺらぺら止まらないトークを披露する以外は何もして来ないという事ぐらいか。


「はっ、別に俺様は悪霊でも何でもないただのシミだからな、やれることなんて地味に語り続ける事くらいさ。なんつってな!」


 下らない冗談を製造し続ける謎のシミ、それはそれである意味悪霊より恐ろしいんじゃないかとも思うが。ため息を吐きながら、僕はもう何度になるか、最近の日課をこなしに掛かる。そう、こいつの除去の試みだ。

 まずは消しゴムでごしごしと擦ってみる。ぱらぱらと消しカスが床に落ちるが、これは後で掃除機をかければ良いだけだ。


「あー、いい感じだぜ、ん、んー、もうちょい下頼むわ」


「毛づくろいじゃねーんだよ!」

 

 気持ちよさそうに目を?細めるシミに消しゴムを投げつける。分かってたことだが全然消えやしない。2週間前、シミが出来たばかりの頃はそれでもどことなく嫌がってたような気もしたんだが、もうここ数日は完全にリラックスしてやがる。腹立つことこの上ない。最初の抵抗は何だったんだ。


「いやいや、俺様がいくら大胆とはいえ流石に初対面の奴に、顔そりみたいな事されるとなぁ……そらまあ、なんつーか、……照れる」


 がっくりと、シミを前にして項垂れる。え?、僕の努力はこいつにとっては理容院の顔そりみたいなものだったというのか。そりゃあ初対面でいきなり、顔そりを始められれば嫌がりもするんだろうが、それだけ?手から消しゴムが滑り落ちる。ああ、これは脱力する。


「はっ、まぁそんなに凹むんじゃねーよ。その内いい方法が見つかるさ、それまで一緒に頑張ろうぜ?」


「元凶がいうな……このシミ野郎」


「おいおい、シミ野郎とはひでぇな、俺様は女だぜ」


「はぁ!?ホントに?」


「いや、嘘なんだけどな!シミに性別なんかあるわけね―だろ」


 白々と、いや、シミだけに黒々と言う。


「性別はねぇし、名前もねぇな。けどシミ野郎ってのが傷ついたのは本当だぜ。俺様はこの傷ついた心を癒す為に夜通しコブクロの未来でも歌うしかねぇな」


 なんだその心の癒し方は、お前は失恋した乙女か。悪態をつくが内心で割と焦っているのは、明日からテスト週間が始まる事に気づいたからだ。2年初の中間テスト、その準備期間の初日で躓くわけにはいかない。僕は勉強は好きではないが、必要だとは思っているんだ。夜通し歌い続けられて寝不足なんて冗談じゃないぞ。


「あー、シミ野郎に代わる生かす名前でも付けて貰えりゃあ、俺様の心も癒されるってもんなんだがなぁ、それ以外だと歌うしかねぇなぁ、ん、んんんぅ」


 喉を整え始めるシミに慌てて僕は言う。


「ラクラ!シミュラクラ現象だからラクラでどうだ!」


 その名を聞いてシミは、にやり、と表情を歪めて、笑う。


 いいねぇ。


 と。


「ラクラか、いいじゃねーのいいじゃねーの。それで行こう!、今日から俺様はラクラだ、よろしくな相棒!」


「はいはい、分かったから今日はもう寝させてくれよ、明日は早く起きないと、お休み!」


 歓喜するラクラをよそに、布団にもぐり込んだ僕に、ウルトラソウルッ!!と掛け声が聞こえてきて僕がブチ切れるのは、それから5分後のことであった。


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