緋と藍と橙が混じり合った日
「あぁ~……これは完璧にやらかしましたねぇ~」
深くため息をつき目の前に広がる惨事に眉をひそめる
割れたものはないものの、廊下に広がる書類に二次被害で散乱したメスやガーゼの医療器具
いくら寝不足でよろけて、うっかり書類をぶちまけ、近くにあったワゴンにぶつかって倒したのが自分とはいえ、さすがに足の踏み場もないくらいになるとやる気も削がれる
「早く片付けないと怒られちゃいますねぇ~…」
もし怒られたりしたら、ここにいれなくなるのだろうか
ひとまず散らばった書類を一枚ずつ拾いながらぼんやりとそんなことを思う
この病院にいれなくなったらどこに行こうか、だいたいこんな未熟な医大生を住み込みで置いてくれる病院なんてそうそうないだろう
「そしたら帰る場所も無くなりますねぇ~…」
昔に戻ってしまうようだなと、一人自嘲をこぼし拾い集めていると、遠くから二人分の足音が聞こえる
この病院でよく二人でいる人なんて限られているというか、むしろ私が想像してる人達じゃなかったら困惑するだろう
足音はだんだんとこちらに近づいており、さすがに二人がここにくる前にこの大惨事をどうにかできるとは到底思えず、諦めて集めた書類だけを抱えて壁を背にずるずると座り込んだ
ここまで派手にやったし、下手したらメスの刃が欠けてたりしてるいるかもしれない
言い訳するつもりは毛頭ないけれど、どのくらい怒られるのかなぁと、徐々に近づく足音を聞きながら考えていた
「んん?なにこれー、灯菜やったの?」
「っと、派手にやったな……」
察していた通り、めのせんせとるーせんせの二人が診察でもあったのか、二人ともカルテを抱えて驚いてたり、苦笑していた
「すみません~ぶつかっちゃって~」
二人の目を見ずに抱えた書類を見ながら言えば、ポンと二人の手が頭に置かれた
意図がわからず目を向ければ、真剣な顔のるーせんせとめのせんせが映る
「怪我、してないか?」
「へ、え、怪我は…してません、けどぉ~…」
「怪我してないならいいやー、片付け手伝ってあげるよー」
まさかそんなことを言われるとは予想外で、さっさと拾い始める二人をしばらく呆然と見つめる
ひとまず私も拾い始めるけれど、どうして怒らないのかが疑問でしかなかった
「……怒らないんですかぁ~?結構派手にやっちゃいましたけどぉ~……」
「わざとじゃないんだろ?それなら怒るわけないだろ」
「それにこのくらい俺たちもやったことあるしねー」
またも意外な返答に私はそうですかぁと、短い言葉しか返せない
怒られる覚悟でいた私からすれば拍子抜けだ
淡々と片付けを進める私の横に不意にめのせんせが移動して、頭に手を置いた
「怒んないよ、灯菜、だって灯菜がわざとじゃないのは俺も瑠璃も知ってるし?怒る必要ないじゃーん?」
「なによりお前だって家族みたいなもんなんだからな、ここにいられなくなるようなこと言うわけないだろ?」
それはつまり家族同然なんだから、私もここに居ていいってことで
『あんたを娘と思ったことはないわ』
『どうしてお前はまだこの家にいるんだ』
その一言が、嫌だった言葉を塗りつぶしていく
ふと気づくとめのせんせとるーせんせが固まって、明らかに驚いた表情で私を見ていた
少しの間どうしてなのかわからなかったけれど、ポタポタと廊下に落ちる雫は私の瞳から頬をつたって流れ落ちていっていた
やっぱり怪我してたのかとか、そんな声が二人から掛けられるけれど、答える余裕もなく、ただ止まるどころか流れ続ける涙を拭うのに精一杯だ
「な、んでも、ないです、からぁ、こっちみんな、です、ぅっ」
「んなこと言われてもな…本当に大丈夫か?痛いところは?」
首を横に振ってるーせんせの問いかけには否定を示す
痛いのではない
ずっと痛かった心がようやく救われた気がして
るーせんせやめのせんせはなにも聞かずに、ただひたすら嗚咽を漏らしながら座り込んで泣く私の隣にいてくれた
誰かがそばにいてくれることで安心してる自分にも驚くも、私は二人に嗚咽混じりに一言だけ言った
「っ、ありがとうございます、瑠璃先生、瑪瑙先生」
はっきり伝わっていたのかどうかは、二人が優しく私の頭を撫でていてくれたことがきっと答えだろう
瑠璃と瑪瑙は腐れ縁で、灯菜も混じると悪友みたいな関係性になるため基本的にふざけます((
でもたまにはふざけてるのじゃなくシリアスなのがみたくて、衝動で書きました
少しでも楽しんでもらえたら幸いです