新たな学園生活 3
新学期前、忙しいのはアルベール先生だけじゃない。
「リシアさん、これを語学資料室まで返しに行ってくれるかしら」
「わかりました、メイローズ先生」
一抱えある資料はちゃんと留まっていない。気をつけて持たないとバラバラになってしまいそう。
「じゃあ、ついでに帰りに事務室に寄って届いた実験器具を実習室まで持って行ってくれるかの」
「はい!」
横からベル先生ことクローベル先生が追加の支持を出す。
届いているはずの器具のメモを貰って教員室から出た。
幾人かの先生は短い休暇から戻って新学期準備に取りかかっている。
未だ人のいない廊下とは裏腹に教員室は慌ただしい空気で埋まっていた。
それでもまだ休暇中の先生をもいるため教員室は空席の方が目立っている。
少しだけ早足で廊下を進む。
戻ってきた先生が増えるにつれてリシアも忙しさを増していた。
メイローズ先生はリシアが上級生の時の担任だ。
休暇から学園に戻ったらリシアが働いていることにとても驚いていた。
時々理由を聞きたいけれど聞けないという顔でリシアを見ている。
説明をする気はないので気づかないふりを通していた。
語学資料室の前に辿り着くとポケットから鍵を出して扉に当てる。
鍵が光ると扉からカチッと音がした。
資料を落とさないように気を付けながら扉を開く。
所狭しと棚が置かれている部屋は薄暗くて、どこに何があるのかよくわからない。
何処かにある灯りを探す。
扉の隣にあるスイッチを探し当てると同じように鍵を当てて証明を起動させる。
部屋の中にあるテーブルに資料を一旦置いて、それぞれの棚に戻していく。
ふと資料に目を落とすとリシアも3年前にやった内容が目に入って思わず懐かしさに口元が綻ぶ。
授業中、何度も繰り返しノートに書いた覚えがある。
4回に2回は文法を間違えて残りの2回はスペルミスになるように。
おかげでノートを盗られたときも怪しまれずに済んだ。
その盗られたノートは先生が見つけて返してくれたんだった。
やっぱり持ち物にはちゃんと名前を書いておくものだと思う。
中に落書きをされてないか確かめようと思ったけれど先生の視線が気になって止めた。
『中は確かめなくていいの?」
先生はいつもと同じように笑顔だったけれど何か不穏なものを感じたから。
先生は基本的にいつも笑顔で、怒ったり不快そうな顔を見せることはない。
けれどそのときは怒っていると本能的に感じた。
リシアをを見る瞳が視線を逸らすことを許さないと告げていて。
色を変える瞳を見つめて、知らずと笑顔を浮かべていた。
リシアが笑ったのを見て先生が怪訝そうに瞳を揺らすのを愛しいと思った。
心配してくれてうれしいと力一杯伝えたくなるのを抑えて、ありがとうございますとだけ言った。
とっくに自覚していた思いが胸から溢れそうで困った。
瞬きをしたらもういつもの先生に戻っていて、ほっとしたのを覚えている。
見つかってよかったと微笑んでくれた先生は、全部わかっていてリシアを尊重してくれた。
そんな優しさにいつも救われている。
事務室に着いたところで先生と会った。
座ってお茶を飲んでいるから休憩中なのかもしれない。
今教員室は休むに向かない場所だから。
器具を運ぼうとすると手伝うと言ってくれた。
「大丈夫ですよ、先生の手を煩わせなくても運べますから」
「沢山あるから、二人で運んだ方が一度で済むよ」
確かにリシア一人で運ぶなら往復しないと運べない量だけど。
「君に頼みたいこともあるしね」
歩きながら話そうと言われ、結局先生の言葉に甘えた。
実技室までの廊下を歩きながら他愛もない話をする。
廊下で話さないのは他人に聞かせたくない話なんだと推測できた。
「毎年の事だけどこの時期は慌ただしくて困るね。
新学期が始まったら少しは落ち着くんだけれど」
「新学期始まってすぐの方が忙しいんじゃないですか?」
「私は担任は持っていないからね。 それほどでもないよ」
「そういうものですか」
話しているとあっという間に実習室に着く。
鍵をかざしても変化がないことを不思議に思っていたら鍵が開いていた。
「不用心だな」
管理者はベル先生だ。閉め忘れかいつも開けっ放しなのか判然としない。
(大雑把だもんねえ、ベル先生)
実習室の奥にある準備室を開けるとそれがよりわかる。
部屋の主の性質を表すように実習準備室は物が雑多に置いてあり、何がどこにあるのか部外者にはわからない。
実習室に物が無くきれいなのは、こっちに全部移してあるからだと思った。
器具を仕舞うようにとまでは言われていないので、唯一開いていた机の上に器具を置く。
正直片づけようにもどこに置けばいいのかわからない。
置いておいたらベル先生が自分で片づけるだろう、きっと。
準備室から出ようとすると先生の手がリシアを止めた。