夏休み前
帰りは乗合馬車ではなく貸切の馬車に乗って学園に帰ることになった。
肩に頭を凭れかけさせて馬車に揺られる。
触れ合った手から安堵が胸一杯に広がっていく。
「リシア、近いうちに私の家に遊びにおいで」
「先生の家に?」
ふふっと笑い声を零す。
楽しそう。変わった物がいっぱいあると前に言っていた。
「行ってみたいです」
きっとおもしろい物がたくさんある。もしかしたら危険な物もあるかもしれない。
泣いたおかげかおだやかな気持ちだった。
「じゃあ次の休みにね」
「休み…」
そういえば先生にまだ講師の話をもらったことを話していなかった。
「先生、私講師として働かないかって言われました」
「ああ、そうだったね。 夏休み前半は忙しいだろうから後半に一緒に行こう。
そうしたら夏休みが終わるまで、長めに滞在できる」
約束をもらって自然に笑顔が浮かぶ。
自分から手を握るとぎゅっと強い力で握り返される。
恥ずかしさに頬を染める私を先生は微笑ましそうに見つめていた。
予定が決まると忙しさにも拍車がかかる。
リシアは職員の仕事と講師の準備に忙殺されていた。
もちろん勉強会も続けている。
今日も勉強会の教室はそれなりに人が多い。
試験前ということもあって元々成績の良い子は自分で勉強をするつもりみたいで、カリン君の姿はない。
マエリアさんは教科書を広げて真剣な顔で問題を繰り返し解いている。
リシアは時々質問に答えながらみんなの様子を見ていた。
テスト前だからか初めての生徒もまた増えている。
その中にリジル君もいた。
見ている限りではわからないところもないみたいだし、彼は成績は良い方だったのに。
環境を変えて勉強をしてみたかったのかな。
結局勉強会が終わるまでリジル君は一度もリシアに質問をしなかった。
時々他の子と話していたから、質問をするまでもなかったか、友達と一緒に勉強をしたかったのどちらかだと結論付ける。
勉強会をして良かった。楽しい。
「先輩、ありがとうございましたー!」
マエリアさんが元気に帰っていく。
挨拶を返して荷物を片す生徒を見守る。
最後の生徒が帰ったところで机の中を確認して、椅子を揃えていく。
時々忘れ物があるのでちゃんと見ないと困ったことになる。
教科書は名前が書いてあるから良いけれど、私物の文具はそれぞれ大事にしているので失くすわけにはいかない。
しっかり机を確認して整頓し直すと自分の荷物を確認する。
全て揃っていることを確かめると教室の戸締りを行う。
窓を全て閉めて教室を出よう荷物を取ったところで声が掛けられた。
「リシアさん、すみませんペンの忘れ物がありませんでしたか?」
戻ってきたのはリジル君。彼が座っていた机に残っていたペンを出すと、これですと顔を輝かせる。
「ありがとうございます!!」
リジル君はとても大切な物のようにペンを胸に抱いてお礼を言う。
「いいえ、見つかってよかったです」
うれしそうにケースにペンをしまうリジル君を見て、ふと父親にもらったペンの事を思い出す。
(どうしたっけ、あのペン)
もしかしたら先生がまだ持っているのかもしれない。
想いを馳せているとリジル君の声がリシアを呼んだ。
「リシアさん、聞きたいことがあるんですけれどいいですか?」
「はい、どうぞ」
先輩呼びに慣れてきたので名前で呼ばれる方が新鮮に感じる。
勉強会に来た生徒の中でそう呼ぶのはもうリジル君だけだ。
「あの…」
言い辛いことみたいに躊躇う素振りで一度口を閉じる。
「何かしら?」
できるだけ柔らかい表情と声を心掛けて答える。
続いた台詞は意外なものだった。
「リスター先生と親しいのですか?」
「え?」
予想外の質問に戸惑いの声が漏れる。
「お二人が話しているところを見たことがあるんですけれど、とても仲が良さそうだったので気になって…。
すみません、こんな不躾な質問…」
言葉の途中から恥じ入ったように俯いて声が小さくなっていく。
驚いたけれど、否定するような問いでもない。
「いいえ、かまいませんよ。
先生は私が中等部時代からの恩師なんです。
リスター先生のおかげで留学する勇気を持てましたし、感謝しています」
先生がいなかったら主席卒業なんて結果は望めなかったかもしれない。
とっても感謝している。
「そうではなく…! いえ、すみません」
僅かに声を荒げたリジル君に目を瞬くと慌てて謝罪をした。
「失礼します。 ペン、見つけていただいてありがとうございました」
頭を下げると急ぎ足で立ち去って行く。
取り残されたリシアは彼が去って行った廊下を呆然と見つめるばかりだった。




