回想 中等部編 2
利用者の多い第一図書館で参考書に囲まれて勉強する。
積まれた参考書は全て基礎の物で中には前のテスト範囲の物もあった。
少しだけ奥まった場所で自習をしているリシアの耳にくすくすと笑う声が聞こえてくる。
俯いたまま視線だけ上げて声の主を確認すると隣のクラスの女子生徒がこちらを見ながら話をしていた。
嫌な物を含んだ視線は慣れたもの。
声は聞こえないけれど口の動きはまだあんな所を勉強しているのかと嗤っていた。
聞こえないふりで手を動かす。誰かに見られてもいいようにノートには間違えた答えばかり書いてある。
努力しても勉強が出来ない生徒、それが周りからみたリシアの評価。
入学してから一年。成績優秀な姉とは全く違う、劣等生を演じるのは慣れたものだった。
今年から高等部に通っている姉はまさしく女王様だった。美しく聡明で高い身分を有し、人を従える。
高等部でも注目を集めることは想像に難くない。
参考書を見ながらリシアは別の事を考えていた。
アルベール・リスター。この学園の教師の一人。
姉の学年を教えていた彼は、今年は担当学年を持たず選択授業だけ担当している。
口の中でため息を吐く。
あれから第二図書館には行っていない。
先生は他言しないと言ってくれたけれど、まだ気持ちの整理が出来ずにいた。
なんであそこまで言ってくれたのか、リシアの家は絶大なとまではいかないもののそれなりの地位と権力がある。
うれしかった、けれど…。先生は本気なんだろうか。
何一つメリットがないのに。
考えに没頭していたら手が止まっていた。
もう今日はここまでにして帰ろうかと片づけを始める。
結構な時間考え事をしていたようで館内からは他人の気配がほとんどしない。
ついでに寮で読む本でも借りていこうかと奥の棚に向かう。
閲覧履歴が残るため勉強の助けになるような本は借りられない。
リシアが手に取ったのは流行りの推理小説だった。
シリーズを順番に読んでいる小説はそれなりに面白いけれど、選んだことに特に意味はない。
内容を古語に翻訳する練習に使うだけだ。
この本は元々古語で書かれたものが原型で現代文に訳されてから人気が出た。
古語は魔法言語とも言われる言葉に近く、魔道具などに刻まれていることもある。
覚えたところで魔法を使えるようにはならないけれど、魔法言語を訳すのは難しく身に付ければ普通なら職に困ることはない。
他国に行っても使えることから人気の授業だった。劣等生のリシアには理解できないことから選択授業は取れなかった。
だからこうして遠回りでも独学で覚えようとしている。
西日が射しこみ始めた図書館で本を選んでいたリシアに影が掛かった。
顔を上げるとリスター先生が棚に手を付いてリシアを見下ろしているところだった。
「やあ」
先生がごく普通の調子で挨拶をしてくる。
「久しぶり」
穏やかな声に見合わない体勢。
振り返って一歩距離を取る。
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
「…何かご用でしたか?」
そう言われても警戒心は高まるばかりだった。
「第二に来ないから気になってね」
「たまたまですよ」
見つかる前から第一と第二を交互に使っていた。このところ第一の使用が多かったのは偶然だったと言い訳する。
「そう? なら良いんだけどね」
「…」
笑顔のままの先生は全く信じていないような声音で答えた。
「信じてもらえなかったかな?」
特別疑ってるわけじゃない、ただ迷っているだけ、そのせいで少し足が遠のいてしまっただけだ。
「先生は何で…」
利点も何もないのにと言ったら利害だけで動く人間だと言うみたいでそこからは口に出せない。
そんな葛藤もわかってるように先生は穏やかに笑う。
「警戒しようとしまいと私が知ってしまったことに変わりはないよ?」
「…!」
先生の言う通りすでに知られてしまった以上第一にいても第二に行っても危険度は今更変わらない。
「だから、気にせずおいで」
ここでは大した勉強もできないでしょうと笑む。
どうしてそこまで言ってくれるのか真意を図りかねていると先生がぽん、と頭に何かを乗せた。
「?」
乗せられた物を手に取ると先生が手を離す。
渡されたのは一冊の本。
「どうせならこっちの方が勉強になるでしょう?」
先生が渡したのはリシアが借りようと思っていた作品と同シリーズの小説だった。
ただし、大陸共通語とも言われる帝国語翻訳版。
「習ってませんよ」
リシアが口にした言葉に先生が笑みを深める。
「それも覚えるといいよ、結構役に立つから」
大したことではないように言った先生の顔を思わず凝視した。