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回想 中等部編 1

 第二図書館と言われるその場所は学園の片隅にある。

 生徒たちからは『物置』の通称で使えない図書館として有名だった。

 そこに私が通うのは、人が来ないことと貴重な文献を見るため。

 役に立つものがないという評判だけの場所だけれど実際は少し違っている。

 まさに玉石混合という言葉がぴったりな、庶民の家庭料理のレシピ本がある隣に王国のこれまでの裁判を纏めた判例集があったり、地域に伝わる風土病と民間療法の本があったかと思うと王国全土を歩いた旅人の旅行記が並んでいたりする、愉快な図書館。

 探し物をするには向かないけれど知識を集めるには良い場所だ。

 単純におもしろいからというのもある。

 静かで飽きない大好きな場所。

 そんな場所だから少し油断していたのかもしれない。

 追い詰められている今、焦るばかりで上手い言い訳が何も出てこない。

「本当に驚いたな。 まさかグランヴェルの妹がこんな博識だったなんて」

 眼鏡の奥から覗く新緑の瞳は楽しそうに私を捉えている。

 深緑の髪を左肩のあたりでまとめた人は二学年ふたがくねん上を担当する教師だった。

「第一図書館では基礎の参考書を積み上げて勉強するところしか見たことなかったけど、フェイクだった訳だ」

 広げている本だけならちょっと読んでみただけという言い訳がどうにか成立するかもしれない。

 しかしまずいことに教師は内容を書きとめたノートを手にしている。

 あれにはまだ習っていないことも書いてある。どう見ても毎回赤点ギリギリの人間のノートには見えない。

「黙っていていただけませんか」

 観念するしかないと覚悟を決めて口を開く。

 こんなところで全てが水泡に帰すのはどうしても嫌だった。

「別にいいけどね」

 あまりにあっさりとした返事に顔を凝視する。

「ん? 信じられない?」

「ええ、正直」

 失礼とは思ったけどそのまま口に出す。

「理由も聞かずに納得してくれるとは思わないので」

 わざと成績不良なふりをしているなんて褒められたことじゃない。

「まあ、想像つくからね」

「?」

「わざわざこんなところで勉強してるってことは家族にも知られたくないんだろう?」

 黙って頷く。家族は知られたくない人間の筆頭だった。

「能力を隠す人間っていうのは何種類かに分けられるけど、君の場合は自分を守るためだろう」

 あっさり看破されてしまう。

 お姉さんのことは俺も知ってるし、家の評判も知ってると次々に並べていく人は理由にももう気が付いているようだった。

「君が有能で使える駒になると知ってしまったら伯爵夫妻は明日にでも君の縁談を整えてしまうだろうね」

 それが私が一番恐れていることだった。

 外で作った子供を引き取って政略結婚の駒として使う。

 よくある、ありふれた話。

 でも正直なんでそこまで付き合わなければならないのかと思う。

 育ててやったのだから恩を返すのが当然と言わんばかりの父親の態度。

 ごく普通に優しい父と母に育てられ慎ましやかながら幸せに暮らしていたリシアの前にいきなり現れて本当の父親は自分だから引き取って育てる、両親にこれまで代わりに育てていた礼は与えてやるから感謝しろと告げた傲慢さは未だに目に焼き付いている。

 当時5歳だった私は新手の人さらいだと本気で思った。人相も悪かったし。

 それからの生活も、酷いものだった。感謝しろなんてどの口で言ったのかと思う。

 思い通りになってあげる義理なんてどこにもない。

 だから、こうして自分を偽って暮らしている。

「無能で何をやるにも人一倍時間のかかる不器量な娘であればまだしばらく時間が稼げます」

 家の恥となるような娘を外に出すわけにはいかないからだ。

 いずれ縁談が持ちあがるとしてもそれまでに家から逃げ出すつもりだった。

「猶予を欲しがってるってことは家からも逃げ出すつもりなんだ。 思い切るねえ」

 感心しているのか馬鹿にしているのわかりずらい口調だったけど、その目は愉快さの中に真剣な光を宿し私を見ていた。

「いいよ、誰にも言わない。 誓うよ」

「どうして?」

 黙っていたところで先生に利点なんてないはずなのに。

 寧ろ逃亡を手助けしたと言われる危険だってある。

 なのに先生は事も無げに笑った。

「君が悪いのでないのはわかってるから」

「…っ」

 初めて得た肯定にぱたぱたと涙が落ちる。

 先生は少し困ったような顔で笑うと胸を貸してくれた。

「君は悪くないよ、ただ頑張り屋なだけだ」

 背中を撫でる手は優しくてしばらく涙が止まらなかった。

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