別れ話2
キャンドルに下から照らされたその顔は、頬杖をついて呆れたように斜め上の方を見ていた。
「話ってそのことだったの」
相変わらず貴子は僕の方を見ずに、斜め上の方を見ている。僕の背中側には果物カゴの様子が描かれた絵が飾ってあった。貴子の目にはそれが映っているんだろうと思う。僕は小さなバーテーブルの上のグラスを軽く振って、口元にあてた。ロックアイスがだいぶ解けて、ウイスキーの水割りみたいになっている。
「押し黙っちゃって。どういうつもり?」
僕はもともと口数が多い方ではないが、こういう場面ではなおさらだ。何度か喧嘩をして気まずい場面があった時も、こんなふうに詰るような質問の仕方だったのを思い出す。貴子は顔の向きを変えないまま、目だけを僕に投げかける。僕はグラスの縁から目を上げられないまま、答えた。
「少し、退屈して」
ため息の音が聞こえた。テーブルが少しきしむ。頬杖の腕を変えたんだろう。ビートルズのチケット・トゥ・ライドが終わりに差し掛かる。カウンター席では、声の低い壮年の男性がマスターとなにやら談笑している。どうやら常連らしい。
「言葉、足りないよ」冷たい声音だ。「私の何がつまらなかったわけ」
「君がね、」僕は言う。「貴子がなにか僕の気に入らないことをしたとか、そういうんじゃないんだ。逆に僕が浮気心をこじらせてしまったのとも違う。ただ、なんだか、物足りなさを感じてしまって。相手がどうとか、そうではなくて、『付き合う』ということがもしかしたら僕には合わないんじゃないかって、そう思った」
僕はウイスキーに口をつける。小さくなった氷が、ガラスに触れて涼しげな音を立てる。貴子のグラスはもうとうに空になっていた。
「…」
貴子は顔をこちらに向けて、それでも頬杖はそのままで、目を細めて僕を見ながら言う。
「…ホント、あんたって卑怯ね。」ため息が混じっていた。「すぐそうやって、もっともらしい理由をつけて、人を馬鹿にして。結局私には飽きたってことでしょ」
テーブルのキャンドルはだいぶ背が低くなっている。僕は揺れる炎を見つめていた。貴子はそれきり何も言わなかった。店内には知らない洋学が流れていた。