中編
町に着いたその日はまず宿を確保し、体を休めることに使った。流石に野宿ばかりでは十分に体の疲れが取れなかったので、僕たちの旅のいつものパターンと言える。
そして翌日――
「ん~いい天気。ほらほら、佑も起きてよ~」
眠りが浅くなる絶妙な時間、早起きしていた愛に揺さぶられる。久しぶりのベッドだからもうちょっと休んでいたいけど……
「わっ!」
とりあえず抱きしめて抱き枕にしてしまおう。そうしよう。
「にゅ…にゅにゅにゅ……苦しい」
じたばた暴れているのでちょっとだけ緩める。
寝たふりをしてても意識というのは意外と覚醒してしまうもので、外から活気のある声が聞こえてくる。ここは商業の町、朝から盛んに取引が行われている。昨日ようやく着いた町のにぎやかさはなかなか騒々しいものがあったが、町全体が笑顔にあふれていた。
「もう、佑!ご飯冷めちゃうよ!」
むぅ、それは困る。町にいるときか、町を出て数日かでもないと、まともな食事にありつけない。その中でもちゃんと調理されたものは町にいるときでないと食べられないのだ(主に水や火の関係上)。
「仕方ないなあ」
そういえばお腹が空いたような気もするし、目を開く。すぐ飛び込んでくるのは愛の顔。長いまつげが顔をパッチリさせていて可愛いなあと思う。
「ちゃんと起きた?」
「うん、目覚めパッチリだよ」
視線を合わせて笑いあう。
「行こうか」
「うん!」
宿の部屋は二階だったから階段が少々面倒だった。なので愛をおんぶして下に降りて先に起きていた二人と合流する。
「お、二人ともおはよう」
「おはようございます、花蓮さん、駆」
「おはよ~」
「おはよう、二人とも。佑くんが起きなかったのかしら?」
クスクスと花蓮さんが笑んでいる。まあ、毎回毎回テンプレートみたいにこんなやり取りしてるから流石に分かるよね。
そんなことを思いながら愛を椅子に移乗させる。初めは駆に手を借りていたが、最近は楽にできるようになった。慣れというのは便利だと最近特に思う。
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「二人とも、今日はどうするの?」
「そうね…あたしは特にすることも無いけど、薬の買い出しに行こうかしら。とは言ってもお昼までには終わりそうだけどね」
そう言って花蓮さんはイチゴジャムをたっぷり塗ったトーストに齧りつく。駆の方へと視線を向けると、笑顔でトーストに砂糖をふりかけていた。……うわ、あの量……?
「~~♪ん、ああ俺か?そうだな……暇だし、花蓮の荷物持ちでも手伝うかな」
「あら、紳士的ね。流石は一昨日あたしの裸を見ただけはあるわね」
「いや………だからあれは不可抗力だし、そのことは一昨日散々謝ったじゃんか…」
「紳士度が足りないね、駆」
「ホントにね、駆くん」
「俺が悪いのか……本当に俺だけが悪いのか……!?」
大好物の砂糖トーストを握り締めて項垂れる駆に僕たちは笑う。相変わらずこういうところ弱いなあ。適度に流すことも大事だと思うけど、花蓮さんの目がちゃんと笑ってないしなあ…。
「ゆ、佑。私たちはどうする?」
愛からの言葉に、はたと気が付く。そう言えば何も予定を考えていなかった。ほむ、どうしようかなあ。
「はぁ……。あ、この町には色んなアクセサリー売ってるらしいぜ。何でも鉱山が近くて宝石が多いらしい」
「ああ、そういえば回診で来た時にそんなこと聞いたわね。行ってきてペアか何かで買ってきたらどうかしら。お金なら、昨日いくらか増えたから渡しておくわよ」
「え……でも食糧とかの買いだめするお金が……」
折角の申し出だけど限られた旅費をこんなことには使えない。そんなことを思っていると、正面に座っていた二人は軽く嘆息をしている。
「んなこと気にすんなって。いざとなりゃ、その辺で日雇いとかで働きゃいいんだ。この辺なら炭鉱なら人がいて困ることも無いだろうしな。それに、ちっさめのならそんな高くないだろ」
「そうそう。だから気にしないの」
「でも……」
愛が反論しようとしたら花蓮さんの目から笑みが消えた。
「いいから買ってきなさい。お金が無くなったらこの辺の病人診てぼったくるから気にしないの」
「「は……はい」」
眼光に押されて思わず怯んでうなずいてしまった。その僕たちの肯定に花蓮さんは満足そうにうなずいた。というより今さりげなくこの人すごいこと言わなかったかな……?
「じゃあこれ、その分のお金ね。」
「あ、はい……」
あらかじめ用意していたのか、袋を受け取る。…流石にこんなには使わないですよ……?
「さっさと受け取んねえからだよ。お前らは、細かいことなんか気にしなくていいんだっての」
ようやく立ち直ったのか、砂糖トースト(トーストの上から溢れんばかりに砂糖がこっちを胸やけさせる)を既に半分ほど平らげながら笑みを浮かべて駆が言ってくる。……この中で一番強いのって、どう考えても花蓮さんだよなあ……。
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「さて、それじゃあ夕方くらいまで別行動かしらね」
「そうですね。それじゃあ何も無いと思いますけど、二人とも気を付けて」
「そりゃこっちのセリフだ。気を付けてな」
「うん、行ってらっしゃい」
先に出ていった二人を見送り、僕たちも出かける。目標は特にないが、とりあえず脅され……もといアクセサリーを買うべく露店の方へと向かった。
「人が随分多いね……」
「そうだね。愛、大丈夫?」
「うん。私は平気だけど、他の人の邪魔にならないかな……?」
そう、僕と愛が人混みを嫌う最大の理由がこれだ。あまり気にすることは無いのかもしれない。それでも、たまにすれ違う人が小声で『邪魔だ』とか言ってくることがあるけれど、そうそう無い。あまり気分の良いものでもないが、よく分からない因縁を付けられるよりも全然いい。
「気にしない気にしない。ほら、早く選びに行こう?」
「…そうだねっ」
無理にでも笑顔を見せてくれた愛に笑みを返し、肩を貸しながら少しずつ雑踏の中に紛れていった。
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「ふう、これで大抵の薬は揃えられたわね。ありがとうね、荷物持ちしてくれて」
「ん、別に気にすんなって。でもよ、こんなに必要なのか?」
紙袋一つ分とはいえ、結構な量の入った荷物を机に降ろして俺は思わずそう
呟いた。一方の花蓮は少し微妙そうな顔をした。
「止血剤とか風邪薬とかもあるから、量はそこそこになるものの、種類自体は少ない方ではあるわよ?それに、止血剤の半分はあなた専用であることを忘れないようにね」
「……悪かったよ」
確かに怪我だのなんだのするのは基本的に俺なので何も反論できずに謝る。骨折や捻挫をしないのはまだ僥倖かと自己完結させておく。とはいえ、医学の知識がからっきしな自分にとってはその辺りのことにはさっぱりだ。専門家の意見ならとりあえず間違いは無いだろうと思うが。
「それで?」
「あん?」
ちょっとボーっとしてたところに声をかけられて間抜けな声が出てしまった。いかんいかん、帰ってきてどうにも気が抜けてしまった。
「あたしの買い物に付き合ったの、あの二人がいなくて暇だからってだけじゃないんでしょう?」
やれやれ、相変わらずお聡いことで。まあ、話が速くて助かるが。
「そうだな。ひとまず、飯食ってからにしないか?結構歩いたし、急ぐけど急ぐ話でもないからな」
「……和やかな話では、なさそうだけどね」
「まあまあ」
多分内容は分かっているだろう花蓮に肩を竦めると、下の階で食事をとるべくドアへと向かった。
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「さてと、ご飯も食べたし、本題に入るとしましょうか」
部屋に戻り、駆くんとテーブル越しに対面するような形で座る。
「……それで、訊きたいことは何かしら」
「……ああ。柳川のことだ」
やっぱりか。とあたしは心の中で呟く。この四人で旅をしだして数か月(元々彼ら三人でいたところにあたしが無理に参加しただけなのだけど)、彼らは幼馴染だと加入した時に教えてもらった。
「――あいつの病状はどうなんだ」
「………そうね」
少し回答に詰まる。ポットから紅茶を注ぎ、一口飲んで私もまた答える。
「――現状は悪くないわ。あくまで現状は、だけどね」
「…元々かなり病状は悪いのか?」
「?その辺りは訊いていないの?」
「ああ、積極的に話したがらないと思ったからな。佑は知らないけど、少なくとも俺は訊いてない」
なるほど、何とも彼らしいと私は心の中で思う。彼もまた先ほど部屋に戻る
前に淹れてもらったコーヒーを一口飲む。渋面をして口元から離すと脇に備えてあった角砂糖を連投する。
「…………甘すぎやしないの?」
「……ここのコーヒーが苦すぎるだけだ」
ティースプーンを使ってかき混ぜてもう一口飲むのを見届ける。甘さが合ったのか今度はちょっと満足そうな顔で離してソーサーの上に戻す。というよりさっきの昼食の時にはちゃんと砂糖を入れていたのに戻る時には入れ忘れてたのかしら?
「……で、なんて病名…いや、そもそもどんな症状なんだ?」
「少し、難しいわね」
そう切ってあたしは立ち上がって部屋の窓枠の方まで向かう。その眼下には、ざわめきの中で人々が健康に活気に溢れるて往来が途切れることは無い。その状態にどこか耐えられなくて窓枠に腰かける。
「あの子は、ね………… 」
私のその言葉に、彼は絶句した。あたしだってこんな病状は聴いたこともない。ましてや世界に他にいるのかも分からない。故に、解決方法も分からない。あまりのことに言葉が出なくなる。
「そんな病状……あんのかよ……?」
「あたしには分からないわ」
無責任と思われるかもしれないけれど、私はそうとしか言えない。ただ、一言だけ言えることがある。
「治す方法は……恐らく二人でいることよ」
「…どういうことだ?」
「……精密な治療とか検査方法がないから断言はできないけど、二人で一緒にいた後の状態を検査してみると、少し良くなってるの。それでも、悪化する方が少し強いけど、最近は……そうね、拮抗気味といったところかしら」
「……はあ?」
怪訝な顔をされたが、私はそうとしか言えない。
「どうにもね、私にもよく分からないのよ。両親のそばでずっと患者を診たり、自分でもかなりの数の患者を診てかなりの症状を診てきたつもり。でも、今まで診たこと無いのよ」
「だからそれだけじゃ分かんねえって。具体的にどんななんだよ」
その答えにあたしは少し考える。なんとなくわかっているけど、うまく表現する言葉が見当たらない。辛うじて出て来た言葉を伝える。
「ちゃちな表現になっちゃうけど、『愛』…と言ったところかしら」
「……はあ?」
またしても怪訝な顔で返されてしまったが、言ってるこっちにもちょっと気恥ずかしいのだが、こうとしか言いようがないのだ。視線を空へと向ける。抜けるような青空が、眩しくて、眩しくて、どこか憎らしい。
「あの二人には見えない力みたいなものがあるのよ。それが、愛ちゃんへの治癒力に繋がってるの」
「………………そんな馬鹿な…………」
確かに荒唐無稽な話。私だってにわかには信じられない。現状の私も信じられないけど、こうとしか言えない。
「あの二人は、きっと切っても切れない関係なのね」
あたしがそう言うと、駆も妙に納得した感じを見せた。空は、晴れの様相しか見せなかった。
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「うーん…」
「いっぱいあるね~」
雑踏の露店の中を探索して早三十分。色々な商品を冷やかしながら見て回っているが、何となくお眼鏡に適うようなものはなんとなく見当たらない。
「おっと」
「あ…ごめんなさい」
道行く人にぶつかってしまい、少し嫌な顔をされて通り過ぎられる。
「……早く決めよっか」
「…そうだね」
ちょっと微妙な空気になりながらも、僕たちは他のお店の方へと向かった。お店の中は丁寧な装飾のされた少し豪華なアクセサリーショップだった。
「いらっしゃいませ。……?お連れ様はお怪我でもされたのですか?」
「あ…ごめんなさい。生まれつきの病気で……」
愛のその言葉に、店主と思われるおじいさんは柔和な笑みを浮かべた。
「なら、いいものがある。このお店にいる時だけでも使うといい。少し待っていなさい」
そう言っておじいさんはお店の奥へと引っ込んでいった。二人で顔を見合わせて首を傾げて少し待つと、椅子に車輪の様なものを付けたものを押して戻ってきた。
「これは帝都の辺りから最近仕入れた『車椅子』というものだよ。使い方は……まあ、乗ってみれば分かると思うさ」
そう苦笑いを浮かべてその椅子を貸してくれた。とりあえず愛を椅子に座らせる。
「あ…これ動きやすい」
大型の車輪が横についていて、それを手で漕いでゆっくりと移動をする。背もたれの部分には外に向けてグリップがあるので、僕が押して動かすことも可能だ。
「お貸ししてくださってありがとうございます」
「はっはっは。気にせんでええ。まあ、棚にぶつかって物を落とさないようにだけ気を付けてくれればよい。何かあったら声をかけておくれ」
そう言っておじいさんはカウンターへと戻っていった。軽く会釈して店内を見て回る。丁寧な装飾が施されていたり、複雑な模様が描かれていたりと、宝石が普通よりも輝いて見える。
「外の露店のものよりも全然綺麗だね」
「そうね……。どれもすごい凝ってる」
そんな感想を口にしながら見ていると、一際目を引く物があった。思わずそれを手に取り眺める。
「これは……ターコイズかな?」
それはターコイズのペンダント。特に目立った装飾は無いが逆にシンプルで目を引いたのだ。
「へ~石言葉は旅の安全なんだ~。ね、愛。合わせてみてよ」
「へ?うん、もちろんいいよ」
そう言って首に下げると、本人の髪色ともベストマッチしていた。
「うん。すっっごい似合うよ!これ買おうか」
「ふぇ!?でも佑のがないよ?」
「ん?んー……別にいいよ~」
僕がそう言うと、愛はむ―っと顔をしかめた(うん、可愛い)。
「私だけ買うなんてできないよ。それに、花蓮さんと駆くんが二人分って言ってたんだよ?」
「そうだっけ?」
はて、と首を傾げて少し考えてみる。うーん……言われてみればそんなような気も……しなくもないかなー?
そんなことを考えているとふくれっ面(可愛い)になって言ってきた。
「それに、私の方が納得いかないもん。だから、私が佑の分を選ぶ。決まり!」
そう言って手を叩く愛の姿に僕は思わず嘆息して諦める。一度決めたら梃子でも折れないのがいいところ。言いかえれば強情。でも、不思議と嫌味な空気は無くって自然なのでこちらも諦めて従ってしまうのだ。さて、そのように自分を納得させていると、愛は車椅子を自在に操り店内を見て回っている。ちなみにお店は結構広く、多彩な石を扱っている。メジャーなものから聞いたこともないような珍しい種類まで、お値段の方もピンからキリまでと各種取り揃えている。
「うーん……んー……?」
愛は宝石を眺めては首を傾げ、持ち上げては唸っている。なんだか微笑ましいなぁなんて思いながら後ろをついて行く。
「あ、これなんかいいかも。でもどっちがいいかな……」
艶のある黒と銀の狭間の様な色の石。ブレスレットとして作られているものとペンダントトップになっているものの二種類で迷っていた。
「それ、なんて名前の石なの?」
「ヘマタイトって言うんだって」
「綺麗な色だね」
「佑の髪の色みたい」
そう言って笑っていると、カウンターにいたおじいさんが声をかけてきた。
「そいつはこのあたりじゃ少々見つかりにくいものでのう。外に出れば贋作がゴロゴロしておるくらいのものじゃ」
「それは、貴重ですね」
「そいつの難点とすれば、あとは値段じゃな」
その言葉に値札を見てみると目玉が飛び出すと錯覚するほどのお値段だった。少なくとも手持ちでは足りない。
「……結構手持ちもらったつもりなんだけどね」
「いくらこういう町でも、高いものは高いんだね」
と、その会話におじいさんが反応した。
「おや、他にもお友達がいるのかい?」
「はい。今は別行動ですけど、他にも二人。合計四人で旅をしているんです」
「はぁー…たまげた。随分なハンデでも旅する理由…差し支えなければ訊いてもいいかね」
その問いかけに愛は佑の方を向く。目で「好きにすればいいよ」と言うと、彼女は改めて向き直った。
「私が、ゆっくり過ごせる場所を――差別されない場所を探しているんです」
「………………なるほど」
おじいさんはゆっくりと言葉を咀嚼し、うなずく。
「なら、ここから北にある雪原を越えた町を目指すといい。雪原を越えられるかどうかは正直分からぬが、今年はまだ優しい。越えたところの町ならば、終生そんな心配は無くなるじゃろう」
「本当……ですか?」
僕の疑問におじいさんは首肯する。
「数年前にあちらまで宝石売りの行商をしたんじゃが、なかなか良いところじゃったぞ。行くのであれば、荷物くらいなら手配してあげよう」
「そんな……悪いですよ」
そう言って遠慮するも、おじいさんは楽しげに笑った。
「年寄りの気まぐれじゃよ。それとおまけじゃ。君たちの人数4人分……とまでは流石に出来んが、安い方二つならタダにしよう」
「…いいんですか?」
確かめるように再び問いかけるが、おじいさんは優しく微笑む。
「言ったであろう、気まぐれじゃと。さあ、選びたまえ。君たちの連れの分もな」
「「…はい!」」
好意に甘えて再び店内を見て回る。二人で様々な宝石たちを見ていき、二人の分も決まった。
「では、これでよいのじゃな」
「はい。お願いします」
会計を済ませて車椅子をお返しする。愛が体重を半分預けてくるいつもの態勢になる。その様子をおじいさんは微笑ましげに見ていた。
「では、話がまとまったらまた顔を出しておくれ。遅くとも明日には準備をしておくのでな」
「はい」
挨拶をして店を後にする。寄り添って町を歩いて行き、宿屋へと戻っていく。その途中。
「佑」
「ん?どうかしたの、愛」
「このプレゼント、二人に喜んでもらえるかな?」
その問いかけに思わず僕は笑ってしまった。その僕の反応に愛は頬を膨れさせた。
「もう…何で笑うの―?」
「あはは…気にするだけ無駄だよ。だってあの二人だよ?」
「そうなんだけどね」
苦笑いしてそうは言うものの、やっぱりちょっとは不安なのだろう。だからこそ僕は笑った。
「大丈夫。そう思うことに理由なんかいらないんだよ」
「……そうだね。佑の言葉って、本当に根拠も何も無いのに大丈夫って思える」
ようやく柔らかく微笑んでくれた愛に愛しみが浮かんでくる。
「さ、宿に戻ってご飯食べよう。さすがに僕もお腹空いちゃった」
「そうだね。気が付いたらすっかりお昼の時間過ぎちゃってるもんね」
空の太陽の傾きを見ると真上より少し西に傾いている。朝ご飯を食べてから結構な時間が経過しているようだ。いつも通りの会話をしながら、宿へと足を早めながらポケットにしまった大切な贈り物の重みを感じた。
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「ただいま」
「あら、おかえりなさい」
宿屋の部屋に戻ると優雅に紅茶を飲んでいる花蓮さんが迎えてくれた。駆もいるかと思ったけど席を外しているのか姿は無い。
「あれ、駆くんはどこに行ったんですか?」
「駆なら、さっき下に飲み物を取りに行ったわよ。すれ違わなかったかしら?」
「あれー?」
と、頭を掻いていると階段を上る音。そしてカチャリと扉が開いた。
「お、二人ともお帰り。目的のものは買えたのか」
「もちろん。それで、今後のことについて話したいんだけど…」
そこまで言ったところで僕と愛のお腹が豪快に鳴った。そうそう、優先すべきことがもう一つあったんだっけか。愛の方は顔を赤くしちゃているし。
「あらあら」
「ったく……仕方ねえな。なんか下からもらってくるよ。疲れたろ?座って待ってろ」
そう言って返事も聞かずに下へと行ってしまった。その駆の様子に花蓮さんは口元を押さえながらクスクス笑っている。
「本当、彼ってあなたたちには過保護ね」
「…まあ、長い付き合いですからね」
そう返事をしながら僕たちは苦笑いを零す。
「そういえば、宝石買ってきたのよね。どんなものを買ってきたの?」
「まあ、それは駆が戻ってきてからってことで」
それから数分お互いのやっていたことを話していると、駆が盆を二つ持って戻ってきた。
「時間が微妙だったから朝と同じパンと…昼飯のあまりの食材のまかないだってよ」
「ありがと。これだけあれば十分夜まで足りるよ」
話をしながら食事をしていく。先ほどの雑談の続きから始めて先ほどの買い物のことへと話が移った。
「で、結局どんなの買ってきたんだ?」
「私はこれ。ターコイズのペンダント」
言いながら胸元に垂らしたペンダントを見せる。花蓮さんはそれに息を漏らした。
「相当いいものねこれ。羨ましいくらいよ」
「僕が選んだんですからね。で、僕も愛に選んでもらったのがこれ」
袖を捲るとそこには先ほど買ったヘマタイトのブレスレットだ。最後の最後まで愛は悩んでいたのだが、結局これを選んでくれたのだった。
「……なるほど。ヘマタイト…ね」
どこか切なげに花蓮さんは目を細めた。その様子に首を傾げると駆が食い入るように見ていた。
「ほえ?どうかした、駆」
「いや…久遠らしいな、と思ってな。髪の色とかに似ててお前みたいだし」
そう言えばそうかもしれない。髪の色と似てると言われるとは思ってもなかったのでちょっと驚いたけどそう言われて嫌な感じはない。
「それで……愛?」
「うん」
愛に合図をすると肯定が帰ってきた。反対に駆と花蓮さんは首を傾げた。
「ふふふ。はいこれ」
「これって…俺たちのまで買ってきたのか?」
「お金足りたの?」
「これはね、私たちの宝石買ったお店のおじいさんがオマケしてくれたの」
「……オマケでくれるような代物じゃねえぞ」
自分に渡された宝石――イエローブルータイガーアイのブレスレットを眺めながらそう呟いた。
「そうそう。それで、その店主のおじいさんからいいこと聞いたんだ」
「いいこと?」
愛に渡されたパープルフローライトのピアスを耳につけて花蓮さんが問い返してきた。
「うん。この町の北にある雪原を越えた町がいいかもしれないんだって」
「いいかもって…どういうことだ?」
左手首にブレスレットを付けた駆に僕は笑いかける。
「そこなら、多分僕たちがゆっくり過ごせそうな町があるんだって」
「へえ…でも、そこって雪原越えなんでしょう?相当過酷なんじゃないの?」
その意見はごもっともだ。僕と駆、それに花蓮さんはいけるだろう。しかし……
「………」
俯いてしまう愛。そう、それが一番の懸念事項。彼女の体力で一体どこまでの速度で進めるか。雪山でなくて雪原とはいえ過酷なことには変わりないだろう。気力や体力、食糧その他が持つのかどうかが怪しい。
「…でもね」
わずかな沈黙を破ったのは当事者の愛。
「それでも、私は行ってみたい。辛くっても、途中で死んでしまう可能性があっても辛いことを一つもしないで望むものなんて一つも手に入らないから」
その言葉に別の沈黙が降りる。先ほどよりも少し長い沈黙、そして。
「うし!なら行くか」
「……いいの?」
何事も無かったかのように言う駆に愛は少し呆然としたように問い返した。と、一方の駆は呆れたように溜息をついた。
「実家からどれだけ来たと思ってんだよ。ここまで来て『帰れ』なんて無しだぜ?」
ニヤリと笑う駆に思わず苦笑してしまった。そうだ、確かにこいつらしい。なんだかんだでこの親友は付き合ってしまうのだ。
「……はあ。ここまで来て断われるわけ無いでしょう」
溜息がちにこちらもそう答えてくれた。
「……よし。じゃあ早いうちに発とう。時間をかけると辛くなるかもしれない」
「でも、雪国突破の装備何ざ、俺たちゃ一切持ってねえぞ?」
「それも心配いらないよ。そのおじいさんが用意してくれるって。明日には準備を終わらせておいてくれるみたい」
その言葉に花蓮さんは瞠目して苦笑いと共に肩を竦めた。
「……随分と親切ね。親切すぎて怖いくらいよ」
「別れ際に訊いてみたらこっちが用意するのは自分たちの分の食糧くらいでいいって。それ以外は用意してくれるらしいよ」
その言葉に頷いて駆が立ち上がる。
「じゃ、食糧見繕いに行ってくるわ。明日か明後日にでも出るのが目標だな」
「そうね。じゃあ、私たちで買いに行くから」
「ごめん、よろしくお願いね」
そう交わして買い出しに行く二人を見送る。
「……終われるといいね」
「終わるよ。きっと、僕たちが暮らせる場所くらい、この世の中には絶対にあるんだから」
そう言って笑いあう。と、不意に眠気がやってきたのか愛は大あくび。
「少し休もうか?」
「そうだね…そうしようか」
と、ベッドに寝かせようとしたところで――
「えい」
「わっ!」
不意に袖を引っ張られてベッドに寝転ぶ愛の胸に飛び込む形になる。
「…いたずら好きだね」
「佑にだからするんだよ?」
視線を合わせてまた笑いあう。楽しく愛おしい幸せの刹那。留めておきたい
程のこの幸い。
「寝ちゃおうか」
「うん!」
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「ただいまー……って」
「ふう……やれやれ。毎度毎度見せつけてくれるわね。毒気を抜かれるというか、何というか……」
荷物を降ろして頭を掻く。そしてお互いに渡されたアクセサリーを見やる。駆に渡されたのはイエローブルータイガーアイ、それは洞察力を養う。物事を成功へ導く。邪悪な力を跳ね返す、というものなんとも頼ってくれてると感じる。
一方の私。淡い紫のパープルフローライトそれは感情の乱れを防ぐ。集中力を養う。集中力・分析力を高めるというもの。これもまた、私自身を高めなければと思う。
「さて、明日以降の計画ね」
「ま、俺たちが頑張るとしますかね」
苦笑いをしあって地図を開く。
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そして、翌日。僕たちは例のおじいさんのお店へと向かって行った。