森の中
僕には、大好きな女の子がいる。その子の名前は、柳川愛(やなか めぐ)。僕は彼女のことを愛(めぐ)って呼んでいる。彼女はとても可愛い。掛け値なしに可愛いと僕は思う。けど、彼女は―――――――――
私には、大好きな男の子がいる。その子の名前は、久遠佑(くおん ゆう)。私は彼のことを佑(ゆう)って呼んでいる。彼はとてもカッコいい。掛け値なしにカッコいいと私は思う。けど、私は―――――――――
足が不自由なのだ。
「愛、大丈夫?」
「うん、今のところ大丈夫だよ」
そう言いながら夕暮れの森の中を歩いて行く。足が悪いのに、こんな森を通りたくはなかったけれど、少し無理してでも行かないと食糧や他のものが底を尽きそうだったので仕方なしにこの道を進んでいる。と、そうしたら先を見ていた一人が帰ってきた。
「久遠、この先なら少し開けてて休めそうだ。近くに綺麗な小川もあったし、今日はそこで休んで明日からのことを考えようぜ」
「そうだな。駆たちも疲れてるでしょ?先を見てこっちまで戻ってきてで…」
そう肩を落とす僕に、彼は豪快に笑った。
「はっはっは!気にすんなって、久遠。俺とお前の仲だ。んなこと今更気にもしねえよ」
「……うん、ありがとう、駆」
彼の名前は風追駆(かぜおい かける)。僕の昔からの親友だ。この旅をすることを唯一相談して共犯してくれた一番の親友。それが彼だ。
「いざとなりゃこの辺は木の実も多い。味に飽きなけりゃ、あと二日くらいは平気だろ」
加えてこのサバイバルの強さ、駆がいなければもっと早くこの旅は終わっていただろうと思う。
「その場所で花蓮がテントとか準備してる。行こうぜ」
「うん。愛、足元気を付けてね」
「頑張る」
その言葉に笑んでゆっくりと二人で歩を進める。その少し先を駆が草をナイフで切り払いながら先行していく。10分ほど進むと、自分たちのいつものテントが見えてきた。
「ああ、みんな、こっちよ」
テントの設営を終えた少女がこちらの姿を認めて手を振る。少女の名は花蓮刹那(かれん せつな)。彼女は、立ち寄った町で僕たちの事情を知って着いて来てくれている。医学を少し齧っていたらしく、愛の足の調子を診てくれてたり、僕たちの怪我の手当てもしてくれているので、本当に助かっている。
「とりあえず、この辺りは次の町への中継地点くらいの位置ね。とは言っても、さっきその辺の木に登って視た感じだとあと三分の一っていったところかしら」
「そっか。なら、今日はここでちゃんと休んで明日一気にここを抜けようか」
ひとまずテント近くの木の根元に愛を腰掛けさせる。
「大丈夫?痛くない?」
「うん、気を遣わせてごめんね」
「今更そんなこと気にしないよ」
申し訳なさそうに眉を下げる愛の頭をそっと撫でる。駆と花蓮さんもこっちに来たので明日の日程と野営のことについて話し合う。そうして夕飯を済ませ、花蓮さんが小川に身を清めに行った。
「いつも最後でごめんね、駆」
「ん?身体洗ったりとかの話か?気にすんなって。いくら流水だからって、男の後に入るのは嫌だろ」
泥だらけだから別に一緒かもしれねえけどな、と付け加えて駆は豪快に笑う。
「流石に一緒には入れないからね」
「私の裸は佑にしか見せないよ…?」
「あーはいはい。そんなこと言われなくっても分かってるって。流石にそんな無粋なこと考えねぇよ。……って、花蓮のやつ着替え忘れてねえか?」
ふと駆が視線を巡らせると、花蓮さんの服が畳まれた状態で置かれていた。しかも下着ごと。
「まあ忙しく働いてくれてるしな。…しゃあねえ、ちっと行ってくるわ」
そう言って気楽に立ち上がり小川の方へと向かって行った。
「ねえ佑。駆くん……」
「うん、多分予想通りのオチが待ってるよ」
そう言って苦笑いして数秒後、悲鳴が聞こえ、数分後に二人は一緒に帰ってきたが、駆は頬に赤い紅葉を作り、花蓮さんは怒り満載の顔で帰ってきた。
いつも野宿で体を清められるときには順番が決まっている。まずは花蓮さん、そのあとに僕と愛。最後に駆が済ませるように決まっている。といっても宿と違って石鹸などがあるわけではないので泥や埃を落とす程度になってしまうのだけれど。
「佑…お願い」
頬を少し朱に染め、愛は言う。それに頷き僕は愛の服に手をかける。片袖から手を抜いて僕の肩に手を置く。同じことをもう一度行い、上着を脱がせる。そうすると形の良い艶のある双丘が目に飛び込んでくる。それを押さえる下着を取り外す。そうしてズボンへと手をかける。ストンとズボンが落ち、残るは最後の下着。それをそっと降ろす。すると彼女は生まれたままの姿になった。その状態の彼女を川岸に腰かけさせ、自分も服を脱ぐ。そして彼女の元へ戻り、手を取って水の中を進んでいき足に少し余裕があるところまで進む。そこまで行くと、彼女の長髪の半分以上が水に浮く。淡い、水色ともベージュとも言える腰まである美しい長髪が広がっていく。その髪を痛めないようにそっと濡らして塵や埃を洗い流していく。
「ふふっ…相変わらずくすぐったいよ、佑」
「そうかな?丁寧にやってるつもりなんだけど」
そう答えると愛はそっと笑う。
「うん、だから好き。大好き。佑の手で髪を触ってもらったり、肌に触れられると、すごくドキドキする」
「そう、よかった」
彼女からのその返事に僕も思わず頬が緩む。彼女が愛しい。笑みも、何もかもが美しく繊細で可愛らし
い。ああ、相変わらず僕の語彙力では表現しきれないのが口惜しい。彼女の髪を一房摘み、口付けを贈る。そうするとくすぐったそうに愛は笑う。お返しと言わんばかりにこちらに向き直り、僕の頬に口付けが贈られる。その感覚が何度受けてもなんともこそばゆい。ああ、全身が幸福感に満ちる。
「そろそろ上がろうか。駆が入る時間が遅くなっちゃうし」
「……そうだね。名残惜しいけど」
手を引いて川岸に戻り、入る時と同じように座らせる。着替えの辺りに置いておいたタオルを取り、丁寧に愛の体から水分を拭う。彼女の長髪はどうしても時間がかかってしまうので先に肌着を着てもらう。上を自分で着てもらっている間に自分の着替えを手早く済ませる。上を着替えてもらったので脱いだ時と同様に肩に手を置いてもらう。足を浮かせて下着を通し、ズボンを履かせる。
「大丈夫?」
「うん、戻ろうか」
そうして二人で寄り添いながら、二人の元へと戻っていった。
「お、二人ともお帰り」
戻ってくると、駆が焚き火に薪を入れて火の様子を調節していた。森の真ん中なのでもしも火事になったら大変だが、そんなのを気にした風も無く、薪で焚き火を弄ぶ。
「さて、お前らも戻ってきたし、俺も軽く洗ってくるとするか。二人とも、火の方は任せたぜ」
「うん、任されたよ。……あれ、花蓮さんは?」
愛がこの場にいない人物のことを問いかけると、駆は肩を竦めた。
「もう寝るってさ。見張りになったら起こしてくれって」
「じゃあ…火の番はいつも通り私と佑、花蓮さん、駆くんで大丈夫?」
「おう、三時間で交代な」
そう言って水浴びに行く駆を見送り、火のそばに腰かける。
「暖かいね」
「そうだね」
そこまで冷える季節では無くなったとはいえ、夜は冷える。体を冷やさないようにしないとこの後の行程に狂いが出てしまう。取りあえずはすることもないので寄り添っていると、駆が水浴びから帰ってきた。
「ふぁ……。じゃ、俺は見張りの番まで寝かせてもらうわ。おやすみ、久遠、柳川」
「おやすみ、駆」
「おやすみなさい、駆くん」
軽く手を振ってテントの中に潜り込んでいった。
「……足、疲れてない?」
「ん……むしろ全身かな?正直この森、こんな大変だと思わなかった」
そう言って苦笑いする愛の顔は確かに疲れが滲んで見えた。…まったく、自分のせいでこんなことになってると思いこんじゃって。だから大分無理してここまで来たんだな、と僕は思う。
「休んでてもいいよ。火なら僕が見とくし」
「ううん。佑が起きてるんだもん。私も起きてる」
やれやれ、こうなると聞かないんだよな。意地張っちゃって…。
「どうしても辛かったら寝ていいからね。みんな気にしないし」
「だって……私のせいでこの旅をしてるんだし…駆くんと花蓮さんまで巻き込んじゃって…」
「そのことは気にしない。それに、僕も含めて好きでやってるんだよ?」
「そう…だね、ごめんね、佑」
どこか悲しそうに笑う愛。
――足が悪いのは先天性のものだった。それは誰も、どこにも責められないものだ。なのに、彼女は自分を責めていた。いつか、そんなことを気にしなくても大丈夫になれるといいと、僕は思う。
「とりあえず、次の町で少しゆっくりする予定だし。いろいろと考えるのはそこでもいいんじゃない?」
「そう…だね、うん、そうする」
そうしてようやく柔らかく笑んでくれた。うん、彼女の笑顔はなによりの僕の元気の源になってる。だって現に僕の身体にこんなにも活力がみなぎっている。
その後も他愛のない話をしている内に時間は過ぎて行き、交代の時間となったので花蓮さんを起こしに行く。
「花蓮さん、交代の時間です」
「ん…」
緩く瞼をこすり、数度瞬きすると意識が覚醒してきたようで、目の焦点があってきた。
「……んー……交代の時間?」
「はい、お願いしますね」
「了解。その前に、ちょこっと愛ちゃん借りていいかしら」
彼女がこの言葉を言う時は診療をする時だ。僕は頷いて彼女を連れて一度外に出る。
「流石に診察中は一緒にいれないね~」
普段体を洗ったりする時に全裸姿を見ているのだから気にすることないのかもしれないが、こういうことくらいはいない方が話せるのだと思う。数分火を弄っていると、花蓮さんが出てきた。
「ごめんなさい、交代するわ」
「愛は大丈夫ですか?」
僕のその質問に、花蓮さんは普通に答えた。
「あなたといれば、きっと大丈夫よ。さ、休んで」
その言葉に仕方なく従い、テントに入る。
「愛、どうだったの?」
「ん…大丈夫。問題ないってさ」
そう言って何かを隠したように微笑む。言いたくないのなら、無理に聞くことも無いし、彼女の意思を尊重して何も聞かなかった。
「そっか。じゃあ、おやすみ愛。いい夢を」
「うん、おやすみ佑。素敵な夢を」
そう交わして同じ寝袋に包まる。
次の日。日が高くなる頃には、何のドラマも無く次の町へと到着した。