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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第4章 思惑の果て
47/227

4-5

ベッドは小さいが,しっかりとした造りだ.

そばには鏡台が置かれて,ブラシや化粧品らしきものが用意されている.

それが,みゆが首都神殿で監禁されている部屋だった.

扉には外側からかぎがかけられて,兵士たちが廊下で見張っている.

「私は,いつまで閉じこめられるのですか?」

扉に向かって問いかける.

「結界は今,どうなっているのですか?」

けれど返事はない.

何も教えるなと命令されているのだろう.

兵士たちは,ひたすらに無言を貫いていた.

扉から離れて,みゆはベッドに戻る.

監禁されてから,今日で四日目である.

みゆはすでに,部屋からの逃走を試みていた.

食事が運ばれる際に扉から逃げ出そうとしたり,ガラスを割って窓から逃げ出そうとしたり.

だが,どれも失敗した.

失敗後は,見張りの兵士は増えて,窓には板を打ちつけられた.

いっときなど兵士たちは部屋の中に入り,みゆを監視したが,

「プライバシーの侵害だわ! せめて女性兵士にしてちょうだい,セクハラよ!」

と,みゆが騒ぎ立てると,おとなしく部屋から出て行った.

プライバシーだのセクハラだの,言葉の意味は分からなかっただろうが.

窓をふさがれてからは,日の光が入らない.

みゆはろうそくの明かりだけを頼りに,昼も夜も陰気に過ごした.

神聖公国は今,どのような騒ぎになっているのだろう.

ウィルとスミは無事なのだろうか.

外界から完全に遮断されて,みゆは情報に飢えていた.

何もできずにベッドでごろごろしていると,がちゃりと扉の開く音がする.

「退屈そうだな.」

あきれたような声が放たれた.

「結界が壊れてからずっと,俺は不眠不休で働いているのに.」

短い銀の髪,鋭いまなざし.

不眠不休と本人が言うように,目が充血している.

「君に会う時間すら作れなかった.こんなにも女に会いたいと思ったのは初めてだ.」

バウスに続いて,サイザーも部屋に入る.

みゆはきゅっと唇を引き結び,彼らと対峙する.

いつわりの平和が終わったのだ.

「君が壊した結界は,昨日修復された.」

王子は鏡台のいすに腰かけて,えらそうに足を組む.

「しかし修復されるまでに,カリヴァニア王国からの侵入を許してしまった.」

ベッドに座っているみゆと視線の高さは同じぐらいだが,彼にはやはり威圧感がある.

「どれだけの数の侵入者が,やって来たのか分からない.」

侵入者はウィルとスミだ,と思った.

バウスが意味深に,にやりと笑む.

「だが,彼らのうちの一人は捕らえた.」

「え?」

彼は懐から,血のついた布を取り出した.

みゆは何も考えられずに,それを引ったくる!

服の一部らしい,黄土色の布.

ウィルは黒一色だが,スミはちがう.

このような色合いの服も着ていたような気がするし,それに深手を負っていた.

布を持つ両手が,ぶるぶると震えだす.

すると,

「君は俺が考える以上に,正直者だな.」

バウスが目を丸くしていた.

けれどすぐに,口もとに皮肉な笑みを見せる.

「呪われた王国からの侵入者は,君の大切な仲間ということか.」

とたんに,みゆは悟る.

はめられた.

少年たちが簡単に捕まるわけがないのに.

バウスはまったく関係のない布を見せて,みゆが興味を示すかどうか試したのだ.

悔しさに歯がみする.

みゆをだますことなど,彼には赤子の手をひねるようなものだ.

「ラート・サイザー,今の反応を見たでしょう? 彼女はカリヴァニア王国の者です.」

バウスは,後ろに立つ老女に話しかける.

「彼女を聖女にすることはあきらめて,城へ引き渡してください.」

サイザーは,くすりとほほ笑んだ.

「ミユが魔物に見えるのですか? 彼女はちがう世界から来た人間ですよ.」

「魔物だろうが人間だろうが,彼女はカリヴァニア王国から来たのです.」

何らかの手段を用いて,洞くつの結界をくぐり抜けたのでしょうと,王子は続ける.

そして禁足の森で,ライクシードとセシリアに出会った.

「この国に入りこみ,仲間を呼び寄せるために結界を壊したのです.」

「殿下,あなたのお話は不愉快です.不信心にも,ほどがあります.」

サイザーは,まゆをつり上げる.

「神に呪われた王国に,私たちと同じ人間が存在すると言うのですか?」

彼女のせりふに,みゆは引っかかった.

「神が人間を呪うとでも? あなたは神の愛が感じられないのですか?」

「誰もカリヴァニア王国へ行って,確かめたことはないでしょう.」

バウスが反論する.

「なんと恐ろしい.魔物しかいない国へ行けと,誰かに命じるのですか?」

「そうではありません.我々はあの国の実際の姿を知らないではありませんか.」

みゆは洞くつのそばにあった,モンスターの石像を思い出す.

つまりカリヴァニア王国は,あのような化けものたちの巣窟だと思われているのだ.

あまりにも事実とかけ離れた認識に,開いた口がふさがらない.

こんな誤解をされているなんて.

「いい加減,ミユの聖女就任に反対するのはやめてください.」

ひたと,サイザーはみゆの顔を見据える.

「城からの許可が下り次第,あなたには神の塔に入って,次代の聖女を産んでもらうわ.」

「断ります!」

生理的な嫌悪感が背中を駆け上がり,みゆは叫んでしまった.

想像するだけで気持ち悪い.

処女のままで一人で塔に入り,子どもを授かるなど.

聖女になることは考えてみたが,妊娠は論外だった.

ふと気づくと,サイザーがとても悲しそうな目をしている.

「あなたも神の塔を恐れるのね.清らかな体のままで子をなすことは,聖女最大の誉れなのに.」

「彼女は結界を壊したのですよ.」

王子が口をはさんだ.

「あなたのおっしゃるとおりに異世界の人間だとしても,すぐさま処刑すべきです.」

生かしておくには危険すぎます,と説得しようとする.

「力の暴走ならば,二度と起こりませんよ.」

彼女は,しれっとした調子で言い返した.

「何を根拠にそう主張するのですか? あなたは自分の年齢にあせっているだけでしょう.」

図星をさされたように,老女の顔がかっと赤くなる.

「自分が死ぬ前に,新しい聖女を用意したい,」

「私を侮辱するのですか?」

声が怒りに震えた.

「そもそもセシリアさえ,聖女として十分な力を持っていれば,」

「あなたこそ,セシリアを侮辱していらっしゃる!」

突然,バウスはいすから立ち上がり,大声を出す.

「力がないことを分かっているのならば,あの子を城へ返してください!」

今にもつかみかかりそうな勢いで,サイザーをにらみつけた.

「神殿の体裁を繕うためだけに,セシリアを聖女に祭り上げて,情けないと思わないのですか.」

彼女も射殺さんばかりに,王子をにらむ.

もはや,みゆのことは無視だった.

しかしバウスはふいに視線を外して,みゆの方に向き直る.

鬼のような形相にみゆはびくついたが,彼はふぅと息を吐いて体から力を抜いた.

「君がライクを利用したのか,あいつが勝手にのぼせ上がったのか,俺は知らない.」

青の瞳は,冷静さを取り戻している.

「だが礼を言う.弟を止めてくれて,ありがとう.」

予想外に感謝されて,みゆはとまどう.

「神殿の兵士たちと切り合った後では,いくら俺でもかばいきれなかった.」

彼はきっと公平な人なのだ.

「二度と彼を,ミユに近づけないでください.聖女をかどわかすなど不らちなマネを,」

「ご迷惑をおかけして,申し訳ございませんでした.」

攻撃的な口調で,バウスは謝罪する.

「ライクシードは部屋で謹慎させていますので,どうかご容赦ください.」

早口で言い切って,王子は部屋から出て行った.

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