裏話
一昨日の夜に,みゆは恋人のウィルを取り戻した.
いつわりの姉弟関係から,やっと抜け出せたのだ.
けれど少年の態度は,あまり変わらない.
弟でも恋人でも,ウィルはとことん優しい.
ただ恋人ならば,甘い口づけが加わるだけだ.
「好きだよ,ミユちゃん.」
ささやく声は,みゆの思考を溶かす.
「君は僕のものだ.何があっても離さない.」
黒の瞳をのぞきこめば,恋人以外何も見えなくなる.
眼鏡はとうに奪われて,心はもっと前から奪われていた.
この暖かい抱擁に,ずっと身を任せていたい.
だが今は,流されるわけにいかなかった.
「ウィル,そろそろスミ君が帰ってくるから.」
スミは,川に水をくみに行っている.
スミが帰ってきたときに,こんな押し倒された状態では恥ずかしすぎる.
「まだ帰ってこないよ.」
ウィルはほほ笑むが,みゆはスミの帰還が気になった.
「スミはきっと,川魚を捕まえてから戻ってくるよ.」
「魚?」
「うん.食べたいでしょう?」
確かに,ヘビに比べれば食べたい.
しかし,どうやって魚を捕まえるのだろうか.
まさか川に入って手づかみで……?
スミもウィルも,みゆから見れば超人的な運動神経の持ち主だが,さすがにそれはないだろう.
となると,わなでも張るのだろうか.
それとも普通に,釣り糸を垂れるのだろうか.
いやいや,きっとやりでぐさーっと刺すのだ.
そんでもって,どこかの芸能人みたいに「捕ったどー!」と雄叫びを上げるのだろう.
ほおにキスを落とされても,みゆの好奇心はむくむくと大きくなる.
そしてついに,
「ねぇねぇ,ウィル.」
口づけを続行する恋人に,待ったをかけた.
「私たちも川へ行かない?」
「え?」
意表をつかれたように,ウィルは目を丸くする.
次に首をかしげた.
「なんで,そんなにわくわくした顔をしているの?」
「う……,」
魚を捕るのはおもしろそうだ,見てみたい,と顔に書いてあるのかもしれない.
言いよどんでいると,ウィルが困った風に苦笑した.
「荷物があるから,僕たちは動けないよ.」
「あ,そっか.」
スミは荷物を預けて,川へ行ったのだ.
みゆたちの仕事は留守を守ることであって,スミを追いかけることではない.
「ごめんなさい,わがままなことを言って.」
ただでさえ旅の足手まといなのに,これ以上迷惑にならないように気をつけねば.
みゆがひそかに決意すると,
「僕の方がわがままだよ.そしてその報いを受けたみたい.」
ウィルがため息を吐いて,みゆの体を解放した.




