表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底呼声  作者: 宣芳まゆり
番外編
PR
39/227

国王と黒猫

「これは,どう読むの?」

ひざの上の幼子が,本の紙面を小さな指で指す.

「これは“高騰”と読む.とても大きくなるという意味だよ.」

国王ドナートは,読書の邪魔をされているにもかかわらず,機嫌がよかった.

幼子はとても愛らしく,行儀がよく,そして頭もよい.

ソファーの上でドナートと一緒に,経済に関する本を読んでいるのだ.

さすがに内容は理解できていないだろうが.

幼子は四年前に,ドナートの住む王城へやって来た.

不思議な魔法を使うカイルという名の男に連れられて,外の世界から来たのだ.

乳飲み子はすくすくと成長し,笑うようになり,歩くようになり,言葉をしゃべるようになった.

カイルが子どもに名前をつけないので,ドナートはとりあえずウィルと呼んでいる.

子どもも,自分の名前はウィルであると思っているようだ.

ウィルはまだ四才だというのに,大人が読むような本を読む.

子ども向けの絵本は,すでに飽きてしまったと言う.

この子は,本当に賢い子どもだ.

もの覚えがよく,何でもすぐにできるようになる.

カイルいわく,知性がほかの子どもより高いのは当然であるらしい.

「次のページ!」

顔を上げて,ウィルがねだってきた.

「あぁ,いいよ.」

ページをめくって,丸い頭をなでてやる.

ウィルをひざの上にのせているために,足がしびれてきたが我慢した.

ドナートは自覚するほどに,ウィルに甘い.

ウィルも,ドナートにはよく懐いている.

あまり会う機会はないが,会えば必ずべったりとくっついてくるのだ.

ドナートは人前では困ったそぶりを見せるが,内心ではウィルがかわいくて仕方がない.

今日も,世話係のメイドが,

「陛下になんという無礼を!?」

と血相を変えるのを横目に,同じソファーにのせてやり,最終的にはひざの上に移動させた.

もしも可能ならば,ドナートは一人で思う.

この子を養子にもらいたい.

けれどそれは,安易に口に出せない願いだった.

ドナートは国王である.

政治的な配慮をせずに自分の感情だけで,養子をもらっていい立場ではない.

ましてや,ドナートに実子はいない.

妻のリズは二度流産し,以後は子をはらむ気配さえない.

もっと子のできやすい女性を妻にするように勧める臣下もいるが,ドナートは断っていた.

跡継ぎのことを心配するよりも,やらねばならぬことがあるからだ.

――私が王国最後の国王になるのかもしれない.

いいや,大丈夫だ! ドナートは心の中で首を振った.

カイルの魔法が,王国を救ってくれる.

幾人もの女性の血を流す,罪深い魔法が…….

いつの間にか,ウィルは本を読むのをやめて,ドナートの顔を見上げていた.

大きな黒の瞳が,じっと見つめている.

「私のことを案じてくれているのか?」

ドナートは,子どもの柔らかい髪をなでた.

「ありがとう.」

ウィルは,にっこりとほほ笑む.

聞き分けのいい,おとなしい子だった.

泣きわめいたり暴れたりせずに,ただ部屋の隅でじっとしているような.

何も自己主張をしない受動的な子どもだった.

「ウィル…….」

だが少年は突然,反旗をひるがえした.

――ミユちゃんのそばにいる.僕にかまわないで.

残された手紙の文字を,ドナートはどれだけ見つめただろう.

子どもは城から出て行った.

ドナートを裏切り,王国を裏切った.

儀式をやり直さなくてはならない.

王国を救うために,この大地に住む人々の命を守るために.

みゆには死んでもらわないと困るのだ.

あぁ,それでも.

ドナートは心のどこかで安心しているのだった.

国よりも,愛する女性を選んだウィルに.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ