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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第3章 少女と二人の王子
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3-4

タイミングがいいのか悪いのか,ノックの主はライクシードだった.

「にぎやかだね,この部屋は.」

王子がほほ笑むと,メイドたちは真っ赤になって頭を下げる.

「申し訳ございません.」

「仕事に戻ります.」

口々に言って,そそくさと部屋から出ていった.

「メイド長には黙っておくよ.」

彼女たちの背中に声をかけると,ライクシードはみゆの向かいの席に座る.

「メイドたちがすまないね,君の朝食をうるさくして.」

残ったメイドは,双子のディアナとエルのみ.

双子以外のメイドは皆,本来の仕事をさぼっていたようだ.

「いいえ,」

そんなことより殿下は誤解されていますよと続けようとして,みゆはちゅうちょする.

なんとまぁ,切り出しにくい話題なのだろう.

「食べていいよ,まだ途中だろう?」

途中どころか,一口も食べていない.

「では遠慮なく,いただきます.」

みゆは本当に,遠慮なく食べ始めた.

昨夕から何も食べておらず,おなかが減っていたので,ぱくぱくと口に運ぶ.

ライクシードが,少しおかしそうに微笑している.

気品あふれる王子様の前で,大口を開けて食事をする女性は珍しいのかもしれない.

「首都神殿に行く前に,君に会ってほしい人がいるのだけど,いいだろうか?」

「はい.誰ですか?」

パンをちぎって,スープに浸す.

「私の兄のバウスだ.神聖公国ラート・リナーゼの第一王子にして次期国王.」

パンを口に入れると,とろけるような至福感が広がった.

あっさりしている中にも深みがあり,深みがあっても重たくなく,それでいて複雑な,

「おいしいかい?」

ライクシードに苦笑されて,みゆはさすがに恥ずかしくなった.

「はい,とても.」

ごまかし笑いで取り繕って,会話を再開させる.

「バウス殿下はどのような方ですか?」

「優秀な人だよ,恐ろしいぐらいに.」

彼の表情に引っかかりを覚えて,みゆは食事の手を止める.

「兄さんには分からないことはないのじゃないか,と本気で思うときがある.」

みゆはライクシードから,劣等感を受け取った.

昔,姉に対して持っていた感情と同じものを.

「いや,怖い人ではないのだけどね.」

怖がらせてしまったと勘違いしたのか,彼は朗らかに笑ってみせた.


朝食を終えると,ライクシードに連れられて,みゆは第一王子の執務室へ向かう.

道中,ライクシードが自分はバウスと二人兄弟で,セシリアと“はとこ(またいとこ)”であることを教えてくれた.

セシリアの祖父と,ライクシードたちの祖父が兄弟であるらしい.

「ラート・セシリアと兄妹だと思っていました.」

素直に驚くと,彼はうれしそうに目を細める.

「あの子が産まれたときから,そばにいるからね.」

ちょうどバウス王子の部屋の前に着いて,会話は終わった.

「兄さん,入りますよ.」

扉をたたき,ライクシードが声をかける.

「あぁ,入って来い.」

部屋の中にいた人物は,ライクシードとよく似た美丈夫だった.

輝く銀の髪は短く,瞳の色は混じりけのない青.

堂々とした,たたずまいにみゆは圧倒された.

「兄さん,彼女がコトー・ミユ.ちがう世界からの訪問者です.」

姿は似ていても,ライクシードとだいぶ雰囲気が異なる.

バウスからは,優しさや暖かさが感じられない.

王子と呼ばれるのにふさわしい威圧感があった.

「初めまして,バウス殿下.古藤みゆと申します.」

軽口など,たたけるわけがない.

みゆはできるかぎり,礼儀正しくあいさつをした.

「落ちついているな.」

予想外の返事に,みゆは彼の顔を見返す.

落ちついている? 誰が?

「ちがう世界からこの世界へ,唐突に飛ばされた割には落ちついているな.」

皮肉な口調でしゃべる.

「取り乱したり,泣いたりしないのか?」

みゆは動揺を悟られないように,表情を消した.

疑われているのだ,名乗っただけで.

「君は,俺たちと同じ人間なのか?」

悪意の視線が,みゆの全身を眺め回す.

「顔には目が二つ,口が一つあるようだが,服の下に第三の目でも隠してないか?」

「兄さん! 失礼ですよ!」

ライクシードが,みゆをかばうように前に立った.

「言葉も通じるなんて,できすぎじゃないか.」

バウスのせりふに,みゆはぎくりとする.

ウィルに教えてもらったのだが,みゆは召喚直後にカイルによって言葉の魔法をかけられた.

魔法の力により,会話はもちろん,読み書きにも不自由しない.

みゆは地球から,カリヴァニア王国を経由して神聖公国に来た.

この世界に来たばかりだと主張しながら,この世界にすでに慣れている.

靴も下着もカリヴァニア王国のもので,地球のものは眼鏡しかない.

バウスの視線が,どんどんとみゆを追いつめていく.

何もかも見透かされそうだ.

「まぁ,いい.」

視線による拘束が,ふっと緩んだ.

「ライク,来い.」

バウスは隣室の扉を指して,ライクシードを呼ぶ.

ライクシードは,みゆを心配そうに見返した.

「私は大丈夫です.」

みゆが笑顔を作ると,彼は安心したように笑み,バウスの後を追った.


「ライク,仕事だ.」

隣室に移動し扉を閉めると,兄はライクシードに命じる.

「ミユを見張れ,目を離すなよ.」

ライクシードは,なぜ? と視線で問いかけた.

「何をたくらんでいるのか分からないが,彼女は不審人物だ.」

「私もそう思いましたが,彼女はまったく普通の女性ですよ.」

いや,普通の女性よりもきゃしゃで,驚くほどに腕が細かった.

彼女に剣を向けたことを,ライクシードは後悔している.

セシリアが見つからなくて気が立っていたとはいえ,やっていいことではなかった.

「セシリアが,ミユは神の影響下にない特殊な気配を持っていると言っていました.」

少女は,奇跡の力を持つ聖女.

「今まで誰からも感じたことのない異質な気配だと.」

兄は少しの間黙ってから,口を開いた.

「彼女とは,あの洞くつのそばで会ったのだろう?」

「はい.」

神に呪われた魔物たちが住むという伝説の王国,カリヴァニア王国へ続く道.

みゆが誤って,洞くつの中に入らなくてよかったと思う.

「呪われた王国からの使者か,――おもしろい.」

にやりと笑うバウスに,ライクシードはぎょっとした.

「まさかそんなことを疑って,第三の目とか言ったのですか!?」

自分の兄ながら,失礼な人だ.

まさか,彼女が化けものに見えるのだろうか.

「たちの悪い冗談はやめてください.それよりもミユの保護をお願いします.」

話を聞いているのかいないのか,兄は考えこむ.

「彼女,俺が尋問してもいいか?」

「駄目です!」

間髪入れずに,ライクシードは反対する.

保護を頼んだのに,なぜ尋問という物騒な話になるのだ.

「あんな小娘,裸にして多少痛みつけてやれば,すぐに洗いざらい白状するさ.」

すっと口をつぐんで,ライクシードは兄をにらみつけた.

この兄は容赦を知らない.

「ミユは私が保護します.セシリアから頼まれていますから.」

おいしそうにパンとシチューを食べていた,みゆの笑顔がよみがえる.

むちを打たれて,彼女が泣き叫ぶ様は見たくない.

ライクシードの怒りが通じたのか,兄はふっとほほ笑んで緊張を解いた.

「彼女は幸運だな,善良なお前に拾われて.」

少しばかにしたように,肩をすくめる.

「分かった,拷問にはかけない.ただし監視はつける.」

まだ不満が残ったが,これは兄としては最大限の譲歩だろう.

「私の客として城に滞在させます.露骨な監視はやめてください.」

表面上は“客”として扱うように,くぎを刺す.

「優しすぎるな.そんな配慮は必要ないと思うぞ.」

兄は不敵に笑った.

「あれは腹に一物を抱えた女だ.油断するなよ,ライク.」

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