表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第2章 決意
21/227

2-5

翌朝,体調を取り戻したみゆは,何か手伝えることはないかと村長たちにたずねた.

何もせずに,ただ滞在させてもらうわけにはいかない.

昨日倒れたとはいえ,みゆは病人ではないのだ.

「それなら,芋の皮むきをお願いするわ.」

村長の妻ヘイテはほほ笑んで,ごつごつした芋と包丁を渡してくれる.

ところが,みゆは困ってしまった.

包丁は,家庭科の授業でしか持ったことがない.

しかもグループ実習だったので,できるかぎり手を抜いていた.

とりあえず芋に包丁を,さくっと差しこんでみると,

「危ないよ,ミユちゃん!」

ウィルが血相を変えて,みゆから包丁を取り上げる.

「こんな包丁の使い方をしたら,けがをするよ.」

「どこの家のお嬢様だったのだい,包丁が使えないなんて.」

ヘイテはあきれた様子で,肩をすくめる.

そして仕方ないわねと笑って,包丁の持ち方から皮のむき方までていねいに教えてくれた.

「ありがとうございます.」

と礼を述べて,みゆは少しでも役に立てるようにがんばった.

だが料理を手伝えば鍋を黒こげにし,窓をぞうきんでふけば水の入ったバケツを倒し,服を繕えば指を針で刺し,すぐさまウィルが包帯を巻く.

手伝いどころか,大迷惑だ.

「ごめんなさい!」

と頭を下げて謝れば,

「いいのよ,一生懸命にやってくれているのだから.」

「誰でも初めのうちは,こんなものさ.」

村長もヘイテも,村長の母のユーナも,笑いながら許してくれる.

しかし,それでもなお失敗ばかりするみゆに,

「まるで笑劇のようね.」

彼らはあきれるを通り越して,おもしろがるようになってしまった.

さらにそれを助長するように,

「どんなひどい料理を作っても,僕が食べるから安心してね.」

ウィルが間違った方向にフォローを入れるから,ますます笑われる.

「ミユのためなら,腹を下すぐらい耐えるのだね?」

村長が笑いをかみ殺しながら聞くと,少年はにっこりとほほ笑む.

「焦げていても生焼けでも,鼻がもげそうなにおいがしても平気だよ.」

「今度こそ,おいしい料理を作るもの!」

むきになって言い返したとたんに,また鍋が吹きこぼれて,ヘイテもユーナも笑い出す.

優しい人たちに囲まれて,声を上げて笑う回数が増えた.

心地よい暮らしに慣れていく自分を,みゆは自覚した.

ウィルは徹底して,弟のふりをしていた.

その距離感が安心で,もの足りない.

自分のわがままな感情に,嫌気がさす.

いつか,お姉ちゃんと呼ばれそうで怖い.

恋人だったウィルが遠くなる.

地球での日々はさらに遠く,みゆは自分が日本人であったことを忘れそうになる.

予備校に行って,お昼ごはんはコンビニで,授業が終われば自習室で勉強して.

家に帰れば一人で冷めた夕食を食べて,自室に戻っても勉強以外にやることがない.

ほぼ毎日電車に乗って,けれど車両に乗りこむ瞬間は,いまだに足に震えが来る.

しかし今は,ヘイテと一緒に食器を洗ったり,ユーナに教わって編みものをしたり.

だが安穏とした日々は,唐突に終わりを告げた.


「追っ手が来たよ.」

村に滞在して四日目,夕食後のテーブルでウィルがささやく.

「迎えうつから,そばにいて.」

みゆは手を引かれ,少年の部屋まで連れられた.

「ウィル,追っ手って?」

すっかりと平和ボケをしていたみゆは,気持ちの切り替えができない.

扉をきっちりと閉めてから,少年は不可思議な笑みを浮かべた.

「城からの追っ手.昼ごろにこの村に侵入して,今はすぐそばにいる.」

みゆは冷たい手で,心臓をわしづかみにされる.

「ど,どこにいるの?」

恐怖にのまれながら,右へ左へ視線を配った.

追っ手? どんな? 忍者みたいな?

「君が呼べば,出て来るかもね.」

くすりと笑んで,少年はみゆを抱き上げた.

「どうやって呼べばいいの?」

ベッドに降ろされると,少年の表情が危険なものに変わる.

「簡単なことだよ,ミユちゃん.」

みゆは,強引に押し倒された!

「ウィル!?」

肩を押さえつけられて,ほおや耳もとにキスをされる.

「やだ! やめて!」

なぜかわき腹をくすぐり始める少年に,みゆはパニックになって叫ぶ.

「追っ手が来ているのでしょう!?」

じたばたともがいて,抵抗していると,

――ドタン!

何かが落ちた大きな音がして,

「何をやっているのですか,先輩!」

別の少年の声が響き渡る.

「俺がいることを分かっているくせに!」

緑の髪の少年が,真っ赤な顔で怒っていた.

「ほら,来た.」

ウィルが笑うと同時に,部屋中の壁,天井,床に不思議な紋様が浮かび上がる.

獲物を捕らえる,きかがく模様のおり.

「結界!?」

おびき出された少年は,後ろへ飛びずさる.

一瞬の差で,複数のナイフが少年のいた場所に突き刺さった!

「ひさしぶりだね,スミ.」

第二射のナイフを片手に持ちながら,ウィルが親しげに声をかける.

「おひさしぶりです,ウィル先輩.」

スミと呼ばれた少年は剣を抜き,真正面に構えた.

肩が上下に動き,少年の荒い呼吸を視覚的に伝える.

状況の激変を,みゆはただ見守った.

この少年には,見覚えがある.

夜の王城で,ウィルの部屋へ案内してくれた少年だ.

「あのときの男の子?」

思いがけない再会に,みゆはとまどう.

「ごめんなさい,ミユさん.」

スミは律儀に謝った.

「俺,ウィル先輩を殺して,あなたを連れ戻すために来ました.」

少年の真剣な表情が,みゆの心を不安に波立たせる.

「私が,儀式のいけにえだから?」

一瞬,つらそうな顔を見せてから,少年は肯定した.

「そうです.」

姉を犠牲にして生き残り,次はひとつの国を犠牲にして生き残るのか.

「我はしもべ,神の栄光に頭垂れるのみ.」

ガシャン! と派手な音を立てて,剣とナイフが交わる.

信じられないことに,ウィルは小さなナイフで剣を弾き返した.

「御身を覆う衣を,そのかけらを恵みたまえ.」

けれどスミの体は退いていない.

ぶんと大きく剣が振るわれ,ウィルは踊るようなステップでかわす.

「彼らのもとへ祝福を,」

この王国は海に沈む.

大地が沈めば,ここに住む人々が死ぬ.

「彼らの誉れは,御神のためにあること!」

天井まで届く火柱が,ぼぉと立つ.

しかしスミは,床に転がって逃れている.

「腕の一本ぐらいはいただきますよ,先輩!」

沈んだ体勢から一気に,ウィルに飛びかかる.

ヘイテが死ぬ.ユーナも死ぬ.村長もカーツ村の人すべてが死ぬ.

「無理だと思うよ,スミ.」

旅の途中で出会った行商人の男も,小さな集落の子どもたちも,宿屋のおかみも主人も.

「どうせ殺されるのなら,俺は!」

かわいい妹のようだったメイドのツィムも,おいしい料理を食べさせてくれた料理長のバースも.

親切だった城の人たちすべてが.

「やめて!」

みゆは殺しあう二人の間に飛びこんだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ