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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第13章 回帰する世界
197/227

13-6

ユージーンは馬を走らせて,大神殿から城へ向かった.

城に入ると,ひとりのメイドを捕まえて,姉のいる場所まで案内してもらう.

たどりついた広間では,マリエは大勢の人たちに囲まれて,せわしなく動いていた.

ユージーンは人々の間をぬって,彼女のところまで歩く.

バウスの姿はなかった.

「国境地帯の動乱が首都に来るまで,まだ時間がある.今は,首都リナーゼの門を閉める必要はない.」

「結界が切れた二年前と同じく,流言飛語が飛び交うだろう.正確な情報を,できるだけ多く城から出すべきだ.」

さまざまな会話が,耳に入る.

冷静な人もいるが,いらいらしている人やどなっている人も多い.

「一部の商人が,結界の崩壊に感づいたみたいだ.食料や日用品の値上げをしている.」

「くそっ,目さきの利益だけを追いやがって!」

ユージーンは怖くなってきた.

結界が壊れたと,やっと実感したのかもしれない.

マリエのそばまで行くと,彼女はユージーンに気づいた.

「わざわざ城に来るなんて,どうしたの?」

「相談があるんだ.人から聞かれたくないものなんだけど.」

マリエは即座に,ユージーンを広間の隅に連れていった.

ユージーンはさっそく,百合のことを話す.

「神官長は,結界を破壊した犯人を公表せずに,ラート・ユリを厳罰に処さないでほしいと言っている.」

姉の眼光は鋭く,ユージーンは少しおじけづいた.

「今,ラート・ユリは大神殿の一室に閉じこめている.二,三日中には彼女の力を封じこめるつもりらしい.」

つまり大神殿から出さずに奇跡の力も取り上げるから,それで見逃してほしい.

マリエは考えこんでから,

「ラート・ユリの力を完全に消してから,城と交渉するように伝えて.」

百合の危険な力を野放しにしたままでは取り引きに応じられない,ということだ.

「了解.」

ユージーンが立ち去ろうとすると,入れちがうように中年の男がそばまでやってきた.

「マリエ,君に頼まれていた書類を全部持ってきたよ.」

「ありがとうございます,陛下.」

姉の返答に,ユージーンはえ? と声を上げた.

陛下と呼ばれるのは,国王のみである.

ということはこの男性は国王であり,マリエは彼に使い走りをさせているのか?

ユージーンが嫌な汗を流していると,彼はユージーンに目を留めた.

「君は,見ない顔だね.」

「私の弟のユージーンです.」

マリエが紹介すると,国王はほおをゆるめる.

「初めまして.私は,バウスの父のコウトーラだ.」

「姉が陛下を軽々しく扱って,申し訳ございません!」

ユージーンは恐縮して謝った.

「いいのだよ.」

コウトーラは,おおように笑う.

「今,危機にひんしているこの国を救うためには,息子たちにすべてを任せるのが一番だ.」

彼の瞳には信頼があった.

「私は引っこんでいた方がいい.私には難しいことは,ちっとも分からないからね.」

ひくつな言葉なのに,彼の表情からはひくつさは感じられない.

「けれど部屋に閉じこもっているのも情けないから,雑用を手伝っているのさ.」

彼は状況を理解し,正しく判断していた.

ぴりぴりとした雰囲気の広間で,ひとりだけゆったりとして,笑みを浮かべている.

これが,恐がりで無能と陰口をたたかれている王の本性かもしれなかった.

ユージーンはマリエたちに別れを告げて,城から大神殿に戻り,次は神官長とサイザーに面会した.


遅い目の昼食を取った後で,みゆはサイザーから結界の張り方を教わろうとした.

サイザーは,ウィルとマージに遠慮しているのか,昼食のときは部屋から出ていったのだ.

そして食後に,部屋に戻ってきた.

丸いテーブルをみゆ,ウィル,サイザーで囲んで座る.

みゆの後ろでは,マージがいすに腰かけてキースが立っている.

サイザーがまず,小さな木箱をテーブルの上に置いた.

なんの変哲もない空っぽの箱で,容易にふたが取れる.

「この箱で練習しましょう.」

「はい.」

みゆが返事すると,ウィルが心配そうに口を開いた.

「異世界人のミユちゃんに,僕たちと同じ魔法が使えるの?」

「魔法?」

サイザーは不思議そうに聞き返す.

「えぇ,……魔法ね.」

神聖公国では奇跡の技と言い,カリヴァニア王国では魔法と言う.

さらに百合は,超能力と言っていた.

「ずれが生じるけれど,ユリはうまく調整していた.」

「器用だね.」

ウィルは答える.

「だからミユも,すぐに慣れるわ.」

「でもミユちゃんは,信じられないほどに不器用だよ.」

唐突な悪口に,――ウィルに悪気はなさそうだが,みゆはぎょっとする.

「どんな簡単な料理のときでも,僕はミユちゃんに包丁を持たせたくないもの.」

「だって料理したことがなかったし!」

ゆえに仕方ない,と言い訳すると,サイザーが目を丸くした.

「炊事の経験がない? あなたは,どこかの国の姫君だったの?」

墓穴を掘ったようだ.

みゆは便利なコンビニに慣れきって,料理はほとんどしたことがない.

あの完璧だった姉のかやでさえ,料理は不慣れだった.

彼女は中学生のとき,バレンタインのチョコレート菓子を作ろうとしてひどく失敗した.

「不器用でも努力しますから.この話題は置いといて,魔法の呪文を教えてください.」

「そうね.」

とりあえずといった態で,サイザーはうなずく.

「暗記は得意ですから.」

受験勉強から遠ざかって半年ほどたっているが,みゆは元予備校生だ.

ウィルの使う呪文のうちのいくつかは,ある程度は覚えている.

「言葉をなぞればいい,というわけではないけれど.」

サイザーは不安げにしゃべった.

「最初に,僕が見本を見せるよ.」

ウィルが木箱を手に取る.

「あなたのそでの下で,彼らは眠る.光へ誘いたまえ,我らが神よ.神の栄光は永遠に,世界に降り注ぎ……,」

呪文は延々と続き,ついには箱に赤色の網目模様がついた.

みゆはウィルから箱をもらって,ふたを取ろうとする.

接着剤でくっつけたみたいに,ふたは動かなかった.

サイザーは驚いて,ウィルに問いかける.

「こんな格式ばった祈りを,いつもやっているの?」

「うん.これしか知らないから.」

「そう.――ミユ,もっと楽なものを教えるわ.さきほどのものは,神官長とか学者とかしか使わない.」

なるほど,とみゆは納得した.

ウィルに魔法を教授したのはカイルであり,彼は学者だった.

サイザーは,みゆから箱を受け取る.

赤い模様はすぅっと消えて,箱はたやすく開いた.

つまり結界を壊したのだ.

彼女は再び箱にふたをして,呪文を唱える.

呪文は,ウィルのものより短かった.

「こちらの言葉で練習しなさい.」

サイザーはみゆに箱を寄越した.

「はい.」

今度は,箱の外観は変わっていない.

しかし箱のふたは,微動だにしない.

ウィルが箱を指でつつくと,ふたは離れた.

「すごい.」

ウィルもサイザーも,鮮やかな手並みだ.

だが,感心するばかりではいられない.

結界を崩すとき百合は,私を止められるのはあなただけ,でもあなたは魔法を習っていないから無理と言った.

言いかえれば,みゆが魔法を使いこなせていたら,結界を守ることができた.

なのに実際は,結界を保護するどころか,百合に手玉に取られた.

スミにいたっては,大けがをした.

そして今も,みゆ次第で結界は復活する.

大切な人たちを守るための,力と知識がほしい.

みゆは箱をぎゅっとつかみ,呪文を口ずさみ始めた.

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