表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第12章 崩壊
191/227

12-20

「なぜ結界を壊しているんだ?」

洞くつの結界に開いた穴をくぐり抜けたライクシードは,顔を真っ青にしている.

祖国が危機にひんしていることを,彼は悟っている.

「あなたのためよ.」

百合はライクシードにすがった.

「洞くつの結界がなければ,あなたは故郷へ帰れる.」

逆に好都合だ,とウィルは思い直した.

「逃げるよ.」

みゆと,そばまで駆け戻ってきたスミとセシリアに,ささやく.

「ユリのことは,ライクシードに任せて.」

力で彼女を押さえつけるのは不可能だ.

結界への攻撃をやめるように説得するしかない.

そして説得ならば,ライクシードが適任だ.

百合と敵対したウィルたちは,この場にいない方がいい.

ライクシードは自分の仕事を分かっているらしく,百合に優しく話しかけている.

よくあんな自分勝手な女性の相手ができるものだ.

彼は本当に忍耐強い.

ウィルはスミとうなずきあって,走り出した.

セシリアはライクシードを気にしていたが,スミが手を引いて走らせる.

みゆは,ウィルが横抱きにしている.

ところが,

「ウィル,結界が…….」

後方から,セシリアが声をかける.

ウィルも感知していた.

話し合いがうまくいっていないのか,結界が崩壊しつつある.

ライクシードを助けるために,戻るべきか.

けれど百合を説きふせるのに,ウィルたちは邪魔でしかない.

さらにドナートの性格を考えると,洞くつの結界が消失しても大丈夫だ.

彼は必ず神聖公国と交渉してから,洞くつをくぐる.

もちろんドナートの命令を聞かずに,強引に洞くつを通り抜ける人たちもいるだろうが.

そういった困った事態に関しては,ドナートと神聖公国の王や王子に対処してもらうしかない.

「逃げるよ.僕たちには,どうしようもない.」

ウィルは走る速度を緩めずに,しゃべった.

すると背後で,百合のわめき声が響き渡る.

ウィルとスミとセシリアは足を止めて,振り返った.

ライクシードが,興奮する百合をなだめている.

「落ちつくんだ,ユリ.そして結界を,もとに戻してくれ.」

頼む,と悲痛な声を出した.

「分かった.」

百合は,ほうけたように答えた.

説得は成功したのか?

ウィルたちは息をのんで,彼女を見つめる.

百合の漆黒の瞳から,涙が落ちる.

「あなたが私の助けにならないことが分かった.誰も,私と娘を守ってくれない.」

洞くつ内に充満していた百合の力が,すとんと消えた.

だが,嫌な予感がする.

百合は力尽きて,壁に体を預ける.

洞くつの薄暗さが増した.

「逃げろ,ライクシード!」

ウィルがさけぶと同時に,地面がどぉん! と下から突きあがる.

「うわぁ!?」

ウィルの体は,みゆを抱いたままで宙に浮いた.

落ちる瞬間,ウィルはみゆをかばう.

しかしセシリアが転がってきて,三人で倒れた.

地面が跳ねるように上下に動く,天井の土が雨みたいに降ってくる.

スミが,遠くへ転がっていく.

ウィルは土に埋もれながら,それでも恋人を守ろうとした.

けれど,無理だ.

死ぬ.

ここで全員,死んでしまう.

ウィルはみゆと,しっかりと抱き合った,そのとき,

「助けて,ミユ!」

セシリアが,みゆに手を伸ばす.

「私たちは死にたくない.」

涙ながらに訴える.

みゆの体が,びくりと震えた.

降り注いでいた土が,不自然に止まる.

代わりに,白い羽が舞う.

大きな一対の翼が,ウィルたちを守るように包む.

みゆのとてつもない力に,ウィルは驚きに言葉がない.

はっと気づいて,彼女から離れる.

翼の外に,――どしゃぶりの土の中に手を伸ばした.

「来い,スミ!」

だが視界がきかない,スミの声も聞こえない.

「こっちよ!」

セシリアがウィルの肩を後ろから押して,腕の方向を変える.

ウィルの手は,スミの手と思われるものに触れた.

たがいにがっしりと握り合う.

ウィルはスミを,こん身の力で引っぱった.

「ぬお,おおお!」

スミは土に埋まっているらしく,なかなか抜けない.

しかも地面が縦に揺れているので,両足の踏ん張りがきかない.

「ウィル,がんばって!」

「スミを助けて!」

みゆとセシリアが左右から抱きついて,ウィルの体を支える.

三人の力を合わせて,スミはずぼっと抜けた.

直後,急に明るくなり,ウィルはたまらずに目をつぶる.

体の均衡を崩して,みゆとセシリアを道連れに背中から倒れた.

スミはウィルの上にのったらしく,げほげほと苦しげにむせている.

「ウィル,スミ君.」

みゆの声がして,ウィルは目を開く.

空に,真昼の太陽が輝いていた.

ウィルの右にみゆが,左にセシリアがいる.

そして見知らぬ人々が心配そうな顔をして,ウィルたちを囲んでいる.

「トティさん.」

スミの安心した表情を見るかぎり,仲間らしい.

「大丈夫か,スミ.」

トティと呼ばれた兵士は,ほかの兵士と協力して,満足に動けないスミを地面に降ろしてくれた.

スミは,右腕がほとんど動かないようだった.

みゆの背中にあった翼は消えて,彼女は不安そうに自分の腹を見ている.

みゆもウィルも,スミもセシリアも,全身が土で汚れている.

ウィルは立ち上がって,あたりを見回す.

ここは神聖公国にある禁足の森の,カリヴァニア王国へ続く洞くつの入り口付近だ.

入り口のあった崖は,崩れている.

魔物をかたどった石像が,半分以上,土に埋もれていた.

二体あったうちの一体しか見当たらないので,もう一体は完全に土の中だろう.

みゆが力を発揮しなければ,その石像と同じく生き埋めになるところだった.

「ライク兄さま!?」

突然セシリアが半狂乱になって,石像近くの土を素手で掘り返す.

「兄さま,返事して!」

ウィルはぎくりとして,ライクシードの気配を探ろうとする.

しかし,

「ミユ様,おけがはないですか? 痛いところはありませんか?」

みゆのそばに,初老の女性とひとりの兵士が寄って来た.

「マージさん.キースさん.」

みゆは親しげに,彼女たちの名前を口にする.

彼女たちも,敵ではなく味方らしい.

ウィルはほっとして,みゆから離れようする.

だが,マージと呼ばれた女性が,ウィルを止める.

「ラート・ウィルですね? ご立派になられて…….」

なぜか,ウィルを感慨深げに見つめる.

理由は検討つかないが,ウィルは首を縦に振った.

次に,ライクシードの姿を求めて歩いた.

森の木々が視界を邪魔したが,四,五十歩ほど離れた場所に,二人の男女が倒れている.

男の方が,ふらふらと起き上がる.

「セシリア,スミ.ライクシードはあそこだ.」

ウィルは,崩れた崖を掘り続ける少女と,少女を止めようとするスミに指をさして教えた.

セシリアは涙にぬれた顔を向けて,一目散に駆け出す.

両手が血まみれになっていた.

ウィルは歩いて,少女についていく.

ライクシードは,周囲を見回しつつ立ち上がった.

彼も,銀の髪から足の先まで土で汚れている.

「兄さま!」

少女が飛びつくと,ライクシードはしっかりと受け止める.

「お前が無事で,よかった.」

ぎゅっと抱きしめて,喜んだ.

それから,ウィルに視線で問いかける.

「全員,生きて脱出できた.僕たちはミユちゃんの力で,そっちはユリの力だね.」

百合は起き上がれずに,はぁはぁと浅く速い呼吸を繰り返している.

顔は真っ赤で,額には玉の汗が浮かんでいた.

「力の使いすぎだよ.」

ウィルは彼女に近づいた.

「僕も子どものころは,たまにそうなった.」

彼女は答えずに,ぜいぜいとあえいでいる.

少し冷たい風が吹く.

新しいにおいを運んでいる風だ.

「世界から,すっかりと結界がなくなったね.」

結界を守る余裕はなかった.

おかげで結界は百合によって,跡形なく破壊された.

洞くつの結界だけではなく,すべての結界が.

従って,神聖公国は結界の守りを失い,カリヴァニア王国は結界のおりから開放された.

これから世界がどうなるのか,ウィルには分からない.

ただ,自分の大切な人々を守るのみだ.

「一応,礼を言っておくよ.君のおかげで,僕はミユちゃんのそばに戻れた.」

百合は何かに思い当たったらしく,両目を見開く.

「私を利用したのね?」

「してないよ.」

ウィルはそっけなく答えて,きびすを返す.

「息子のために,私を裏切ったのね.」

彼女の悲しげな声が耳に届いたが,ウィルはみゆたちのもとへ戻った.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ