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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第2章 決意
18/227

2-2

「ごちそうさまでした.」

食事を終えたみゆは,いつもどおりに手を合わせる.

ウィルは相変わらず上機嫌で,みゆを眺めていた.

「ミユちゃんは,どんな神様を信じているの?」

「え?」

突拍子のない質問だ.

「私は何も信仰していないわよ.」

「いつも食事の前後にお祈りをしているでしょう,それはどんな神様なの?」

「これは,あいさつみたいなもので,」

みゆはほとんど,くせのように,“いただきます”も“ごちそうさまでした”も言う.

「神様に祈っているわけではないわ.」

「あれ? そうなの?」

少年は不思議そうに首をかしげた.

「おかしいな.異世界の神様を信仰する女性を召喚していると聞いたのに.」

「そんな理由があったの?」

ただ偶然に選ばれたと思っていた.

しかしみゆは,神も仏も特に信じていない.

大学合格を祈願して,神社に参拝したこともないはずだ.

だが,神社という単語で思い出す.

父親の親せきに,神主がいたような気がする.

ほとんど血のつながりのない遠い親せきだったと思うが.

「神主さんの親せきがいるからだったの?」

「多分ね.」

ウィルは,あいまいにうなずいた.

「神様の呪いは,別の神様を信じる人たちの血によってあがなわれるんだ.」

「呪い? 血?」

えらく物騒な話だ.

みゆの手をつかんで,少年はにっこりとほほ笑む.

「ミユちゃんには,ミユちゃんにしか使えない魔法がある.」

細い手首の,血管の浮き出る場所に口づけを落とす.

「四年後に海の底に沈む,このカリヴァニア王国を救うのが君の魔法だよ.」

前に少年に,魔法はどのようにして使うのかと聞いた.

少年は答えた,魔法は血で使うのだと.

「私が,魔法を使うの?」

つまりみゆたち日本人は,王国の救世主として召喚されたらしい.

だから城での待遇がいいのだろう.

立派な客室,豪華な食事,専属のメイドまでついている.

しかし四年後に水没すると言われても,まったく真実味がない.

そもそも海はどこにあるのだろう,潮のにおいをかいだことはない.

「でも明日には地球へ帰るのに,何も言われてないわ.」

少年は楽しそうに,くすくすと笑った.

「魔法の準備はしているのだよ.」

みゆの腕を引き寄せて,抱きしめる.

「十日間,この世界の大気に触れて,この世界の食べものを口に入れたでしょう?」

「それが準備だったの?」

「うん,なじませる必要があるんだって.」

少年の腕の強さに,みゆはなぜか不安になってきた.

「それから魔法を使うのは僕.ミユちゃんの血をもって呪いをはらう.」

「私の,血?」

首筋に少年の唇を感じて,ぞくっとする.

「私の血が,どれだけ必要なの?」

声が情けないほどに震えた.

血のにおいをさせる少年,ナイフだらけの部屋,城の人たちのおびえた態度.

「この首を流れる血のすべてが,」

ぺろりとなめられた瞬間,恐怖が爆発した!

「嫌!」

腕をつっぱって逃れようする.

けれど力ずくで,ベッドに押し倒された.

「僕が怖い?」

ひえびえとした声が降ってくる.

黒い猫が,悲しそうに笑っている.

私は殺される?

海の底に沈む王国を救うために?

ウィルの手で?

「ウィルが,私を殺すの?」

声に出したとたん,恐怖よりも悲しみが大きくなった.

ウィルが,私を……?

好きだよと何度もささやいてくれたのに,

「ちがうよ.」

少年はあっけなく否定した.

しかもいたずらが成功した子どものように,無邪気に笑い出す.

みゆはぼう然として,まばたきをした.

目じりにたまっていた涙が落ちる.

「君は殺さない.」

少年の手がほおの涙をぬぐい,みゆの眼鏡を外す.

「好きだから.大切だから,国王陛下の命令よりも.」

瞳にキスをして,切ないほどの笑みを見せた.

「私は,殺さない?」

みゆは,少年の言葉を繰り返す.

そしてあることに気づいて,腕の中から逃げ出した.

「私以外は!? 去年までに,この世界に来た人たちは,」

「僕とカイル師匠で殺した,」

あっさりと,少年は答を告げる.

「王国を救いたいドナート陛下のために.」

「うそ.」

――十日後に,故郷のチキュウへ帰そう.

何かをごまかしているような,国王のほほ笑み.

恋に目隠しされて,みゆはすっかり忘れていた.

何のために召喚されたのか.

ウィルは何者なのか.

「ウィルの仕事は何なの? 黒猫って何をするの?」

声が震える,知りたくない.

「王国の水没を知った人,――裏切り者の暗殺と,」

言わないで,聞きたくない.

「チキュウの人をいけにえにささげるのが,僕の仕事だよ.」

みゆたちが召喚されたのは,殺されるため.

過去に,十四人もの日本人女性が殺された.

田中和恵も加賀由美子も柳田沙織も佐伯晶子も,殺された.

目がからからに乾いて,涙が出ない.

頭が,がんがんする.

何,それ? 理解できない,したくない.

震えていると,少年が優しく抱きしめて,背中をさすってくれた.

なのに,ちっとも暖かくならない.

この手で,どれだけの人を手にかけたのだろうか.

聞いたら,きっと簡単に教えてくれる.

だから聞けない.

これ以上,聞きたくない.

王宮の人たちの,ウィルに対する態度がよく分かった.

少年は,

――僕は,国王陛下の黒猫だから.

国王直属の暗殺者.

不思議な魔法を使う,特別な存在.

「お願い.離して,ウィル.」

そばにいないで.

懇願すると,すぐに少年は離れた.

失われた熱に,みゆはすがりたくなる.

けれどみゆの手を止めたのは,あの大量のナイフ.

ウィルの部屋は,狂人が住むような異常な部屋だった.

少年は人殺し.

でも,みゆは殺さない.

「私はまた,一人だけ助かってしまった.」

同じ車両で事故にあったのに,姉は死んで,私は生き残った.

十四人もの日本人が殺されたのに,私は殺されない.

そして私が殺されないと,この王国が海に沈む.

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