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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第12章 崩壊
172/227

12-2

結局,スミとセシリアが戻ってくるより早く,迎えの馬車が来た.

仕方がないので,馬車にふたりの帰りを待ってもらう.

「さきに城へ行きますか? スミが一緒ならば,セシリア様は放っておいてもいいでしょう.」

御者台に座る男が提案する.

みゆがどうしようと悩み始めたとき,くだんの恋人たちは馬に乗って帰ってきた.

仲直りはしたのか? とたずねる必要はない.

ふたりとも赤い顔をして,とても恥ずかしそうな様子だ.

「お騒がせして,申し訳ございません.」

ふたりはこの場にいる全員に対して,謝罪する.

そしてやっと,みゆたちは馬車に乗り,禁足の森を出発した.

「お待たせして,ごめんなさい.」

正面の席に座ったスミは,改めて謝った.

スミとセシリアの乗っていた馬は,トティたちに預けている.

「ううん,仲直りできてよかったね.」

少年は口をつぐんで,耳まで赤くする.

スミの隣に座るセシリアも,もじもじとうつむく.

失言だったようだ.

車内は気まずいムードである.

「セシリアに,ライクシードさんから伝言があるのだけど.」

みゆは,くるっと話題を変えた.

「兄さまから?」

少女は,ぱっと顔を上げる.

「お前の幸せをいつまでも願っている,と.」

「そっか.ありがとう.」

照れてほほ笑んだ.

「ミユさん.」

スミが声をかける.

落ちついた表情に戻っていた.

「神聖公国へ戻ってきた理由を教えてください.」

みゆも居ずまいを正した.

「私は,カリヴァニア王国国王の使者として来たの.」

さらにみゆは,次期王妃である.

首からかけている指輪を見せると,スミはぎょっとした.

王妃のリズがつけていたのを,知っていたらしい.

「大きな立派な宝石ね.」

セシリアも驚いていた.

そんなふたりに対して,みゆはドナートが移住を考えていることを打ち明ける.

神の呪いは解けない,ならば逃げるしかないと.

語り終えると,

「うちの国へ,みんなで来るの?」

セシリアが問いかけた.

「まだ分からない.ドナート陛下は,移住先はどこでも構わないとおっしゃったわ.」

「でもミユが洞くつの結界を切って,まず神聖公国へ来るのよね?」

少女は,何かを確認しようとしている.

「その後で,うちの国に留まるなり,ほかの国へ行くなりするのでしょう?」

「それもまだ決まっていない.船に乗って水の国へ向かうかもしれないし.」

みゆは答えた.

「ただ,水路を使うよりも,洞くつをくぐる可能性の方が高いわ.」

大人数が移動するのだ.

湖を渡って水の国を目指すよりも,洞くつを通り抜けて神聖公国に足を踏み入れる方がたやすい.

「そうよね.」

少女はうなずいた.

「すぐに結界をなくすことはできないの? 誰もが自由に洞くつを行き来できたら,素敵だわ.」

と,笑う.

「へ?」

みゆはあっけに取られた.

「お前なぁ.」

スミはあきれて,片手で頭を押さえる.

「いきなり十万人もの人間が洞くつから出てきたら,どうするんだよ? 大混乱だぞ.」

みゆは,スミの発言に同意した.

「結界を消すのは,バウス殿下や国王陛下の許可を得てからよ.」

しゃべりながら,しかしみゆは不安になった.

さっきから簡単に結界を壊すと口にしているが,自分にできるのか.

過去に一度やったことだが,あのときは無我夢中だった.

もう一回やれと命じられて,同じことが可能だろうか.

みゆはウィルのように,呪文を唱えて魔法を発動させたことはない.

この移住計画は実は,穴だらけではないのか.

考えこんだみゆの前で,スミとセシリアは会話を続けていた.

王女としての自覚を持てだの気楽に考えるなだの,スミが説教している.

ところがセシリアは,みんなが仲よくできるはずとかたくなに主張する.

「だって昔は,スミたちは首都に隠れ住んで,バウス兄さまたちと敵対していたのでしょう?」

けれど今は和解している,と話す.

「だから大丈夫.カリヴァニア王国の人たちと,私たち神聖公国の人たちはうまくやれる.」

楽観論だとみゆは感じたが,同時に,目指すべき理想だとも思った.

「そしてミユもウィルもライク兄さまも,首都で暮らせばいいの.」

「セシリアは,ライクシード殿下に戻ってきてほしいだけだろ.」

スミのせりふに,セシリアは図星だったらしく,むっとほおをふくらませた.

しかしみゆは,なるほどと納得した.

初めから少女は,ライクシードが故郷へ戻ってこれるか確認したかったらしい.

「ライク兄さまのことは置いといて,――移住の件も,ミユを介するより,バウス兄さまとドナート国王が直接,相談した方がいいわ.」

確かに,洞くつの結界がなければ可能だ.

バウスがカリヴァニア王国へ行くことも,ウィルやライクシードやドナートが神聖公国に来ることも.

結界をやぶれば,みゆはウィルと離れずにすむ.

その事実は,みゆをひどく誘惑した.

けれど首を振って,甘えを体外に追い出す.

あの洞くつは,神聖公国という家の玄関みたいなものだ.

家主たちに断らず,玄関のかぎである結界を切るのはトラブルのもとだ.

加えてみゆは,すでに一回,かぎを壊しているのだから.

「スミ君.バウス殿下や国王陛下とは,いつ会えるかな?」

みゆは気持ちを切り替えた.

「城に帰ったら,すぐにおふたりに聞きます.」

「よろしく.それから,ライクシードさんからバウス殿下への手紙も届けたいの.」

ドナート国王の親書も大事だが,心情的に早く渡したいのはこちらの方だった.

「手紙を預かってもいいですか? ただちに殿下に渡しますので.」

「うん.お願い.」

みゆは封筒をかばんから取り出して,少年に預けた.

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